笑えるエンタテインメントでありながら、皮肉交じりの知的な洞察で日本社会を描き続けた伊丹十三。このたび監督作の「お葬式」「タンポポ」「マルサの女」など全10作品が4Kデジタルリマスター化された。1月8日から日本映画専門チャンネルでオールメディア独占、テレビ初放送となる。配信では観られない、鮮やかによみがえった伊丹映画を堪能できる絶好の機会。特集では妻であり、多くの作品で主演を務めた宮本信子へのインタビューと、伊丹映画を愛する各界の著名人によるコメントをお届け。亡くなって25年、今こそ伊丹十三の映画が日本には必要だ。
取材・文・撮影 / 奥富敏晴
伊丹十三の回顧上映が11月に台湾・台北金馬映画祭で行われた。4Kデジタルリマスター化された全10作品が上映され、宮本信子は現地での記者会見やQ&Aに出席。台湾の観客との交流を終えた直後、映画祭や4K化への思い、そして伊丹との思い出を尋ねた。
まさか、こういった機会があるとは思ってもみなかったです。4Kにしても、上映してくださるところがないと宝の持ち腐れ。台北金馬映画祭のスタッフの皆様の情熱と行動力のおかげで上映が実現して、何よりたくさんの台湾のお客様に観ていただけて、とっても感謝しています。大きなスクリーンで10本も観てもらえるのは本当に幸せなことです。海外での上映についても、伊丹さんは入念に準備される方でした。英語で話せますから、「タンポポ」の英語字幕も自らアカを入れて直していて。字幕になっても細かなニュアンスを完璧に伝えようとしていましたね。
私、あまり過去を振り返らないんです。作品も頻繁に見返すほうではありませんし、現在の仕事だけにずっと集中してます。でも、今回4Kになった「マルサの女」を観たんですけど、面白かった。すっかり自分が出てるのを忘れちゃうぐらい(笑)。伊丹さんってどういう人?と聞かれても一口では言えない人ですし、言わないほうがいい。言えませんね、複雑で。今ある映画や本で伊丹さんを感じていただければうれしいですし、私がいろいろ言っても……つまりません!
伊丹さんの個性はとても強烈。それでいてエンタテインメントを作り続けたすごい監督だと思います。そして伊丹さんの映画は、どこかしらくすっと笑えて、ちょっと皮肉交じりなところも素敵。彼は、いつも言っていました。「びっくりした」「面白い」「誰にでもわかる」。田舎のおじいちゃん、おばあちゃんが観ても面白いと思えるもの。そういう映画が作りたいんだ、と。社会の問題をいっぱい描きながら、出てくるものは、やっぱりユーモアがあって楽しい。伊丹映画の好きなところです。
映画初主演だった「お葬式」が39歳のとき。それから、本当にいろんな役を演じることができました。女優冥利に尽きますね。「伊丹さん、ありがとう」と伝えたいです。でも決して楽しい現場ではなかったですよ。ゲラゲラ笑いながら作るような環境ではなかった。伊丹さんは厳しいというか、甘くはない人。怒鳴ったり、人を馬鹿にしたりは一切しないけれど要求するものが高い。OKも、なかなかもらえない。だから、みんな必死でした。最近とある現場で「お葬式」に助手として参加されていた方と偶然ご一緒しました。今はチーフとして活躍されていて、私が気付いたら、向こうも照れながら会釈してくれて。最高にうれしい再会でしたね。
若い世代に観てほしい思いはあります。けど、それはおねだりになってしまう。ご覧になった方が口コミで広げてくれたら、本物ですよね。今も伊丹さんの映画の魅力が伝わるか、心に響くかは、やっぱり観てもらわないことにはわからないですから。でも台湾のお客様に届いたのは会場の空気でわかりました。この仕事は、そのときが一番幸せなんですよ。上映後のしらっとした空気はわかりますから。やっぱり作品で示さないと。だからこそ、台北での上映が実現したことが何よりもうれしいんです。日本の方々にも、まず純粋に楽しんでほしい。そのほうが映画も喜ぶと思います。
お友達から連絡があって知ったんですが、朝日新聞の今こそ観たい映画監督の読者ランキング(※)で伊丹さんが1位だったんです。“世界のクロサワ”や小津さんを抑えて(笑)。伊丹監督が今も熱望されている。今こそ新作が観たいと思われている。それは主演女優としてではなく、妻として胸がぎゅっとしました。とてもうれしかった。いろんな意味で今の日本に必要な映画を作れた監督なんだと思います。彼は次に何を作るか読めないところが面白かったから、どういう映画になったかはわかりません。でも、もちろん、私は主役で出てると思います(笑)。
※朝日新聞 be on Saturday(2022年5月14日号)掲載「今こそ!見たい 日本映画の名匠 一度見たら忘れられない」より
- 宮本信子(ミヤモトノブコ)
- 1945年3月27日生まれ、北海道出身。愛知県の高校を卒業後、上京し、俳優としての活動を開始する。ドラマ「あしたの家族」で共演した伊丹十三と1969年に結婚。育児に専念したのち、1984年、伊丹の第1回監督作品「お葬式」で映画初主演を務める。以降、伊丹の監督作品すべてに出演した。2014年には紫綬褒章、2022年には旭日小綬章を受章。近年の出演作には「いちごの唄」「STAND BY ME ドラえもん2」「キネマの神様」「メタモルフォーゼの縁側」「ハウ」などがある。
門戸を開く存在
伊丹十三監督作品には、「『お葬式』日記」「『マルサの女』日記」以下のつぶさに書かれた日記シリーズが付随していて、そこで映画監督とは何をどう考える人なのか、覗きこむことができた。伊丹さんは精神分析学を一般へ紹介する人でもあった。そこから広がる世界を得て、「人間を描く」ということが何を意味するのだか、私は初めて知ることができたのだと思う。伊丹十三とは、いろいろな方向に門戸を開く存在であり、そこからそれぞれの方向へ足を運んでみた末として、私はここにいるのかもしれない。
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伊丹作品は、いつもあこがれ
ナースの乳房を吸う病床の老人のアップから始まる「マルサの女」、死の間際まで美食を追い求める「タンポポ」のエピソードらに象徴されるように、人間のどうしようもない業と欲望を見つめる視点が強固でぶれない。それでいてその眼差しは常に温かく、ユーモアに満ちている。圧倒的なエンタテインメント。そして女性が無性に色っぽい。伊丹作品は、いつもあこがれ。
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「10分どん兵衛」は完全に氏の影響
伊丹十三作品といえば、思い浮かぶのが「タンポポ」です。氏の脳内にある嗜好性がよく見える作品で、何度見ても恥ずかしいし、面白い。私には目で感じるエッセイの様だし、あるいは、良くできたコント作品のようにも見える。凡百の芸人がやるどのスケッチよりも肉体性が感じられ、哀れみがあります。令和時代のどのコンテンツにも人間活動に纏わる原罪が感じられないので、そういう意味でも資料性が高い映像作品だと思います。仮に「食」というテーマで現代のオモシロ系クリエイターにオムニバス作品を作らせても、このような“美味しいお肉”の抉り取りは出来ないのではないでしょうか。(特に井川比佐志さんのチャーハン・スケッチは何度味わっても笑えるし、泣けます)
私は数年前に「10分どん兵衛」なる、食エクストリームな提案をして、話題になったことがあるのですが、それは完全に氏の影響です。「食べる」という行為にある、人間活動の“やむ得ない業”をエロティックに、とびきり哀れに、そして肯定的に捉える。その変態性とダンディズムの全てに影響を受けました。
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懐の深いチャーミングなおじさんでした
誰も踏み込んだことのない領域で、全く新しいタイプの娯楽作品を作ってしまう手腕にはいつも驚かされました。扱われた題材はとても並の監督では映画に仕立て上げられるものでは無かったと思います。そしてそれをきちんとヒットするエンタテインメントにおしあげるのは本当に勇気と覚悟のいることだったと思います。現場での伊丹監督は当時若造だった僕の意見もどんどん取り入れてくれる、懐の深いチャーミングなおじさんでした。
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完全にノックアウトされた
DJ LOVE(ディージェイ・ラブ)
出会いは子供の頃に漠然とテレビで放送されているのを観た時でした。
父が楽しんでいる傍らで幼少期の僕は伊丹監督が描いた力強く生きる人間の生き様を言葉やルールをすっ飛ばして浴びせられたように思います。
それからしばらく経ち色々な映画を自分で選んで鑑賞するようになったとき、幼少期に焼き付けられた記憶を辿り二度目の出会いを果たしました。
再会した伊丹監督作品で巨悪を打ち倒す爽快感に完全にノックアウトされた僕は監督の世界の虜になりました。
中でも最も感銘を受けたのは「タンポポ」です。
喜怒哀楽や人間の本能を「食」をテーマにときには皮肉を交えユーモアたっぷりに描いた大傑作です。
人間の最も普遍的な食べるという行為を題材にしたエピソードがいくつもある作品なので観た人は必ずどこかに共感できたり、新しい価値観を発見できるので何年経っても変わらず愛されているのだと思います。
最後に流れる「完璧」なエンドロールを是非皆さんの目でも確かめていただきたい。
伊丹監督の描く作品には「人」のリアルが詰まっているように思います。
愛すべき「人」、恐ろしい「人」、哀しみを背負った「人」、可笑しい「人」、伊丹監督の描く人間模様は決して色褪せず輝き続けるでしょう。
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伊丹十三の映画たち
全10作品を名ゼリフと振り返る
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