ハリウッドの俳優には安田さんのようなタイプが多い(吉田)
吉田 僕は安田さんのようなタイプの俳優さんと仕事をするのは初めてだったけれど、宿泊していたホテルを出たときからもう岩男なんですよ。普通の俳優さんは、カットがかかったら自分に戻るじゃないですか。でも、安田さんは岩男を背負った状態で1日を過ごしているから、すごいなと思って。(アイリーン役の)ナッツ・シトイは逆に俺と一緒の性格で、本番まで音楽を聴きながら「イエーイ」ってやっていて、カメラが回った瞬間にボロボロって泣くから、そっちもそっちですごかったけどね。
安田 彼女はオンとオフのスイッチをすぐに切り替えられる。人はそれを「スキル」と呼びますね(笑)。
吉田 ただ、ハリウッドの俳優さんは安田さんのようなタイプが多いんじゃないかな。トム・クルーズも徹底的にやっているし。
安田 ああ、「7月4日に生まれて」のときはすごかったですね。
吉田 そうそう。そういうタイプの俳優さんの場合は、俺はその人が作ってくるものをまず見たい。最初のうちは、半分賭けの部分がありますからね。特に最初のうちは、物語もまだ始まっていないから、安田さんの佇まいや声のトーンでいいのかどうかわからなくて。そこはちょっと賭けでもあったけど、信じたいという気持ちもあったから、安田さんを1回放置しようと思ったんです(笑)。
安田 でも、パチンコ屋のバックヤードで従業員役の山野海さんにキスをするシーンでは、監督は僕の提案したちょっとふざけた感じの芝居に対して「いや、そっちの方向じゃないから」とおっしゃったし、その後の何度もうがいをするところでは、「水を何度も吐くのをザッピングのようにポンポンポンとやろうと思っています」という説明があったので、ちゃんと全体を見てくださっているんだなという印象があります。
吉田 でも、泣きながら「どうして優しくしてくれないの?」と言うアイリーンに岩男が「何言ってるのかわかんねえ!」って怒鳴るシーンでは、撮りながら「安田さんの声がちょっとでかいかな」と最初は思ったんです。ただ、そのときに、ちょっと待てよ、と。そのシーンだけで見るとでかいけど、そこまでの岩男の感情の流れを見たら、安田さんの声のでかさやテンションで正解のような気もすると考え直して。実際それでつないでみたら、バッチリだったんですよね。
安田 僕はあれぐらいでかい声で言わないと、その後の「フィリピンに帰すつもりだ」というセリフが生きないと思ったんです。それに、小さい声で言ったら、岩男が自らの罪や彼女の愛し方、脅えやすべての不幸をアイリーンのせいにしていることに気付きすぎちゃうような気がして。そうじゃなく、なんだかモヤモヤした感情が止まらないという感じにしたほうがいいかなと考えたんです。
あのセックスシーンで泣くとは思わなかった(安田)
──安田さんは、ナッツさんとのお芝居はいかがでしたか。
安田 ナッツはいつもケラケラ笑っているけれど、さっきも言ったように、彼女にはスキルがあるんですよ。
吉田 でも、感覚でやっている印象もすごく強い。そのシーンの意味を真剣に考えてやっているというよりは、映画全体の流れに自分の身を投じてやっていた感じがするから、自分の感情を考えながら芝居をしている安田さんとはやっぱり全然違いましたね。
安田 (※編集部注:このコメントは物語中盤のネタバレ要素を含みます)今お話を伺っていてなるほどと思ったんですけど、監督は僕とナッツの芝居のズレを楽しまれていたんでしょうね。ズレた感じでやってみようと思ってくださったから、助かりました。現場に入って、音を聞いたり、物を見たり、相手を感じないとわからないことがいっぱいありますから。それこそ僕は、「人を殺した現実をどこで認識したんだろう? 穴を掘って埋めてるときなんだろうか?」って頭の中で考えていたんです。でも、なんのことはない、死体を埋めて殺害現場に戻ったら、流れた血の跡が目に入ってきた。その瞬間に、ここだと思って、感情が埋まりました。あと、落書きされた車を見て佇むという別のシーンで、本番直前に救急車のサイレンが偶然聞こえてきて。視覚と音のダブルの衝撃を受けて、そこにいたくなくなったんです。それで本番直前に吉田さんにそのことを告げたら、「いたくなくなったら、そこから歩いて立ち去りましょう」と言ってくださいました。
吉田 ギアがちゃんと入っている安田さんからそう言われたときに、俺も腑に落ちるものがあったんですよね。監督もパーフェクトではないし、全体のバランスを見ていて、役の感情に追いついていないときもある。だからあとから気付くこともあるし、役者さんから教えてもらうこともたくさんあるんですよ。
安田 完成した映画を観たときはうれしかったです。俺はその前のシーンで切られていると思っていたから、採用してくれているのを知ったときは、吉田さんに付いていってよかったなと勝手に思っていました(笑)。
──監督は岩男とアイリーンが初めて体を合わせるシーンで泣いてしまったそうですが。
吉田 撮っているときはそんな感じでもなかったんですよ。この映画で初めてヌードになるナッツにも気を使っていたし。でも、編集をしているときは、ウォン・ウィンツァンさんの音楽との相乗効果もあって……俺もセックスシーンであんなに泣くのは想定外でした(笑)。
安田 僕もあのセックスシーンで泣くとは思わなかった。撮影しているときは、どちらかと言うと、岩男がアイリーンに「Go! フィリピン」って言うところでグッとくると思っていたんだけど、そっちじゃなかった。2人が初めて結ばれるシーンだから、あのどうしようもないセックスのほうが胸にくるんですよ。
──でも、岩男はそのあと、アイリーンにもほかの女性にもお金を投げ付けるように払って、「やらせろ!」と迫りますよね。
安田 あれが僕は切なかったですね。1日の間にアイリーンと一緒にいたいという思いと、早く解放してくれよという感情が交互に押し寄せてきて、精神的にぐちゃぐちゃになったんですけど、あの純愛から堕ちていくくだりでは、芝居ではあるけれど、自分(岩男)の本質はそこにあるということを確認させられちゃったから、ものすごくショックでした。
頭を鈍器で殴られたような衝撃があった(安田)
──岩男は母親のツルに対してもひどい言動をしますが、ツルを演じられた木野花さんとの共演はいかがでしたか。
安田 今回の映画は岩男が物語をずっと引っ張っていって、最後にツルに「よろしく」と言ってバトンを渡すような構成だったので、木野さんとは実はそんなにガッツリ芝居をしてないんですよね。
吉田 そうそう。ツルとアイリーンはけっこう感情をぶつけ合うけれど、岩男はツルが言っていることをいつも無視していますからね(笑)。それに、安田さんが今言ったように、夏のシーンは岩男の見せ場で、ツルが感情をさらけ出して、自分の本性をあらわにするのは最後の冬の雪山のシーンなんだけど、そこには岩男がいなくて。ツルとアイリーンが手をつなぎ合ったところに岩男が感じられる構造になっているんですよ。
──そう言えば、原作者の新井英樹さんもパチンコ屋の客役でカメオ出演されていますね。
吉田 罰ゲームのように出てもらいました(笑)。
安田 すごく嫌がられていましたよね(笑)。
吉田 そう。撮る前は「絶対に出ないから」って言っていたんですよ。なのに、撮り終わったら、俺は別に何も言ってないのに自分の反省点を話し出して、新井さんのマンガをドラマ化した「宮本から君へ」には父親役で出演しているから驚きました(笑)。
安田 でも、新井さんはそのパチンコ屋のシーンの撮影が終わったあとに、「マンガの世界がすごくリアルに再現されている」と喜ばれていて。原作者の方は実写化にナーバスになると思うんですけど、完成した映画も褒めてくださったので、安心しました。
吉田 そこはけっこう自信があったんですよね。喜んでもらえると思ったから、早く現場を見て安心してほしかった。不安はなかったです。
安田 よくよく考えてみるとそうですよね。原作の一番のファンは俺かもしれないと思っている吉田さんが、20年間も愛してきたそのマンガをきっちり映画にするっていうんだから、なんの不安があるんだ!?って話ですよ。
吉田 根拠のない自信があったんです。「冬のシーンは本当に豪雪になるのか?」「ナッツはあの雪山で木野花さんをちゃんとおんぶして歩けるのか?」とか、画は浮かんではいるものの、それを実際に撮れるのかどうかという物理的な心配がありましたけど。結局、与えられた状況で撮りきらなきゃいけないから、現場ではいつも携帯で天気図ばかり見ていましたよ。
安田 そんな吉田さんやスタッフの方々の常に最善を尽くす姿勢には脱帽します。完成した映画を観たときも頭を鈍器で殴られたような衝撃があって、しばらく立ち上がれない感じになりました。普段、そんなふうになることって滅多にないし、そのときの思いを多くの人に届けたいという気持ちになってしまって。でも、うまく言葉にできないから、プロデューサーの方には「がんばって宣伝します」と言う言葉しか出てきませんでした(笑)。
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木野花インタビュー
- 「愛しのアイリーン」
- 2018年9月14日(金)公開
- ストーリー
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年老いた母と認知症の父と地方の山村で暮らす、42歳まで恋愛を知らずに生きてきた男・宍戸岩男は、コツコツ貯めた300万円を手にフィリピンへ花嫁探しに旅立つ。現地で半ばヤケ気味に決めた相手は、貧しい漁村生まれの少女・アイリーン。岩男は彼女を連れて久方ぶりに帰省するが、岩男の母・ツルは、息子が見ず知らずのフィリピーナと結婚したという事実に激昂する。
- スタッフ / キャスト
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監督・脚本:吉田恵輔
原作:新井英樹「愛しのアイリーン」(太田出版刊)
主題歌:奇妙礼太郎「水面の輪舞曲」(ワーナーミュージック・ジャパン / HIP LAND MUSIC CORPORATION)
出演:安田顕、ナッツ・シトイ、木野花、伊勢谷友介、河井青葉、ディオンヌ・モンサント、福士誠治、品川徹、田中要次ほか
※吉田恵輔の吉はつちよしが正式表記
※R15+指定作品
©2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ
- 安田顕(ヤスダケン)
- 1973年12月8日生まれ、北海道出身。演劇ユニット・TEAM NACSに所属し、舞台、映画、ドラマなどを中心に全国的に活動。主演作「俳優 亀岡拓次」のほか、「龍三と七人の子分たち」「映画 みんな!エスパーだよ!」「銀魂」「聖の青春」などに出演し、2018年には「不能犯」「北の桜守」「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」が公開。出演作「ザ・ファブル」が2019年に公開予定。
- 吉田恵輔(ヨシダケイスケ)
- 1975年5月5日生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画制作を開始し、塚本晋也の作品では照明を担当。2006年に「なま夏」を自主制作、本作で同年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリを獲得。監督作に「純喫茶磯辺」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」「銀の匙 Silver Spoon」「ヒメアノ~ル」などがある。2018年には「犬猿」が公開された。
2018年9月13日更新