映画ナタリー Power Push -「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」神山健治×岩井俊二インタビュー
光と声が生み出すアニメの新しい実在感
神山健治が監督を務めるオリジナル長編アニメーション「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」が3月18日に封切られる。岡山の美しい自然や幻想的な夢の国などを舞台に、ごく普通の女子高生・森川ココネが、自身の過去につながる大きな事件に巻き込まれていく。主人公ココネを高畑充希が演じ、その脇を満島真之介、古田新太、高橋英樹、江口洋介らが固めた。
映画ナタリーでは、監督の神山と「花とアリス殺人事件」で劇場アニメーションを監督した岩井俊二との対談を実施。ストーリーやアニメーション制作の裏側、映像における光の意義、俳優の声の質などについて語ってもらった。なお現在、岡山出身の女優・桜井日奈子と本作のキャスト前野朋哉との対談も公開中だ。
取材・文 / 伊東弘剛 撮影 / 佐藤友昭
岩井さんの映画の正体をずっと探っていた(神山)
──お二人は雑誌の対談などで面識があるかと思いますが、お会いするのは久々ですか?
神山健治 岩井さんが「花とアリス殺人事件」を作っていた頃が最後なので、おそらく2、3年ぶりですよね?
岩井俊二 そうですね。飲みに行きましょうとお互いに声をかけるんですが、なかなかスケジュールが合わなくて。本当に行きたいんですけどね。
神山 「花とアリス殺人事件」の制作が終わったタイミングで行く予定だったんですけどね。今回こそ行きましょう。
──神山監督がインタビューで岩井監督の作品についてコメントしているのをよく拝見します。
神山 岩井さんの作品が大好きなので、勝手にしゃべらせていただいているという感じです(笑)。
岩井 (笑)。
神山 実写って全部本物だから嘘が映りやすいんだと思うんですよ。逆にアニメはすべてが嘘だから、ちょっと現実っぽいことをすれば、すごく本当っぽく見えるんですよね。そんな中で岩井さんの作品は本当が映っている率が高いように感じていて。「スワロウテイル」を観たときに、日本人が撮った「スター・ウォーズ」のように思えた。架空の世界を実写で撮っているのに、なんでこんなに本当っぽさがあるんだろうって。なぜ岩井さんの作品にだけそういう感じを受けるのか、その正体を僕なりにずっと探っていました。
──岩井監督は、神山監督の作品はご覧になっていますか?
岩井 ええ。どのへんから観始めたんだったかな……確か「攻殻機動隊(STAND ALONE COMPLEX)」のテレビシリーズからかな。その後も拝見してますが、一番印象に残っているのは「東のエデン」ですね。画も大好きだったんですけど、話の作り方が特に。現代のほら話というか、キワキワのところをうまくまとめ上げていく構造が魅力的で。「こんなこと成立すんのかよ」って思って観ているとギュッと収縮して成立していく。その痛快さというのが観ていて楽しかった。
神山 ありがとうございます。
とても緻密に計算されたカタルシスのあるラスト(岩井)
岩井 「東のエデン」だと「ミッション:インポッシブル」的な設計がありつつも、人を食ったようなところで、話が進行していきますよね。観ていて、どこから物語を思い付いたのかわからないところがあって。今回の「ひるね姫」もそうでした。話のスタート地点は、考え始めたきっかけはどこにあったんだろうって。
神山 今回は作り方をいつもと変えたかったし、制作自体を楽しみたかったんですね。「東のエデン」のときもそんなことを思っていて、主人公の滝沢朗を記憶喪失にすることで作り手の僕も記憶喪失になりたかったんです。作品がどうなっていくかわからない状況を綱渡りして行こうという。「ひるね姫」も果たしてうまく組み上がるんだろうか?というライブ感を映画に持たせたかった。アニメってただでさえライブ感がないので。
岩井 現実と夢の話を同時進行させるって、同じ作る側の人間として非常に難しいアイデアだと感じました。夢の中だけの話であれば、途中で現実の話を忘れてその世界に観客を没入させてしまえばいいと思うんですけど、間に現実の物語が入ってくるだけでなく、その現実の物語も知らないうちに進行しているという。夢って片側に現実を置かれてしまうとカロリーがないじゃないですか。だから、これ最後どうやってまとめ上げるのかなと疑問を抱いていたんですけど、同時にどうせまたうまくまとめ上げるんだろうなって思って観ていました(笑)。
神山 (笑)。
岩井 案の定、最後はすごいカタルシスがあって。ラストまでの流れがすごく緻密に計算されていました。
神山 映画は本当は1個しかネタを入れちゃダメだと思うんですけど、かなり危ういバランスでネタを2つ入れてる。先ほど言ったように綱渡りしていこうと思っていましたね。大げさなことを言うと3.11以降、世の中の気分がそれこそ右左がひっくり返るほど変わってしまったように受け取っていて。ゼロ年代ぐらいまでは、個人が体制に歯向かっていく物語がエンタテインメントになっていた。でも今は、弱きを守るヒーローみたいなものは個人の立ち位置からすると単なる偽善者で、敵にしか見えないような状況になっていると思う。そんな感覚の中で今までとは手付きを変えながら、個人の物語を描くことで何が見えてくるかを探りたかった。そして、その中で僕が今まで描いてきたテクノロジーにも切り結んでいこうと考えていました。
岩井 「東のエデン」のときは特殊なスマホが描かれていたのに対し、今回はタブレットやサイドカー付きのバイク(ハーツ)などが登場しますね。ああいうガジェットが普通以上に人間ドラマに入り込んで、擬人的に絡んでくる感じは神山さんっぽいなと思いました。
神山 今までは設定そのものを主軸として描いてきたところがあるんですが、今回は味付けにしました。なるべく個人のドラマにスポットを当てようという意識は持ってましたね。だから、スーパーヒーローじゃない普通の女子高生が主人公になった。
光によって映像と人物とのシンクロ率が変わる(岩井)
──岩井監督もココネと同じ年代の女の子を描いてきていますね。そのとき気を付けることはありますか?
岩井 何か気にしてるんですかね……実写の場合は男子も女子も今回の映画に出てきた世代の子たちを撮ると、特に意識しなくてもチャーミングな部分が映る。猫とかと一緒でね(笑)。
神山 いいですね。アニメは意識して描かないと魅力が出てこない。
岩井 実写では、その魅力的なところを切り取ってあげればいい。萌え系のアニメとかだと、決めポーズなどが用意されていて、観るポイントが決められていると思うんです。でも「ひるね姫」は、そういう様式化された約束事とは違いましたね。女子高生らしいプロポーションというのが随所にあって。実写で若い子たちが時折見せるリアルな美しさを感じました。しかも激しく動くんですよね。絵描きさんたちの並々ならぬ美意識がそれを生み出していると思うんですけど、どのショットも本当にきれいでした。
神山 プロポーションはすごく意識しました。でも岩井さんから受けた一番の影響は光の使い方が生み出すリアリティですね。岩井さんは逆光の使い方が独特で、「スワロウテイル」のときは同一シーンの画を切り返しても逆光にするためにセットを裏にしたという話を聞いて、被写体に全面から光を当てることが映画の1つの嘘なんじゃないかと思えて。
岩井 どの光でお芝居を撮るのかによって、映像と人物とのシンクロ率が変わってくるんですよ。
神山 「花とアリス」でも主人公の2人が浜辺ではしゃぐシーンで、2人とも逆光で捉えるために午前と午後に分けて撮っていたり。どっちにも太陽が映り込んでいるってもう自然光ではありえない。でも嘘なのに本当っぽく見えるというか、そのことにより少女たちが美しくはかなげに映し出されていくんですよね。
岩井 そういう本当っぽさが生じるから照明が必要になってくるんです。それが生まれなくていいんだったら、もうなんでもよくって。普通のバラエティ番組のライティングとにぎにぎしいセットでシリアスな芝居をしても入ってこないですよ。ではどういう場所に連れて行ってどういう光で撮ればいいのか。どうすれば観客が吸い込まれるようなショットが撮れるのか。実写だとそれを、このへんで話してもらっても入ってこないなとか、ここに連れて来ると日陰だけど入ってくるなとか見つけていくんですよ。もっと移動してもらうと、もう真っ暗すぎてわかんないやって感じでね(笑)。そのチューニングがすごく大切。
神山 今までの制作はすべてが作り物のアニメにおける本当っぽい光を前提に作ってきたんですが、今回は岩井さんがやってらっしゃることをアニメでもやってみようと思いました。だからアニメではあまり描かれない逆光を入れてみたり、背景に光が当たっていてキャラクターは陰の中にいる場面を作ったりしました。アニメは、ぺたっとしてるから背景の情報量に負けてしまうキャラクターを明るくして、背景を暗くしていくことがほとんどなんだけど、本作では背景を一番明るくしてキャラクターはもう見えなくてもいいよって画も作って。自然さというか、光が生み出すキャラクターのプロポーションで何を訴えてるかを見せていこうとしました。飲みの席で岩井さんからこっそり聞いたテクニックを使って(笑)、アニメに実在感を持たせようと試みました。
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ストーリー
岡山県倉敷市で父親のモモタローと2人で暮らしている平凡な女子高生・森川ココネ。眠ることが得意なココネは、最近ハートランドという機械作りの国のお姫様エンシェンの夢ばかり見ていた。そんな中、2020年の東京オリンピックを3日後に控える夏の日、突然モモタローが警察に逮捕され、東京に連行されてしまう。父親が悪事を働いたとは思えないココネは、次々と浮かび上がる謎を解決するため、幼なじみのモリオを連れて、東京に向かうことを決意。モリオとともにサイドカー付きのバイク・ハーツに乗り込んだココネは、いつも見ている夢の中に、事態を解決する鍵があることに気付き……。
スタッフ
- 原作・脚本・監督:神山健治
- キャラクター原案:森川聡子
- 作画監督:佐々木敦子、黄瀬和哉
- 演出:堀元宣、河野利幸
- 音楽:下村陽子
- 主題歌:森川ココネ「デイ・ドリーム・ビリーバー」(ワーナーミュージック・ジャパン)
キャスト
- 森川ココネ / エンシェン:高畑充希
- 佐渡モリオ:満島真之介
- 渡辺一郎 / べワン:古田新太
- ジョイ:釘宮理恵
- 佐渡 / ウッキー:高木渉
- 雉田 / タキージ:前野朋哉
- 森川イクミ:清水理沙
- 志島一心 / ハートランド王:高橋英樹
- 森川モモタロー / ピーチ:江口洋介
神山健治(カミヤマケンジ)
1966年3月20日、埼玉県生まれ。高校卒業後、背景・美術スタッフとしてキャリアをスタート。2002年に「ミニパト」で監督デビューを果たす。同年テレビシリーズ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」、2004年に「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」、2007年に「精霊の守り人」を監督。2009年に原作・監督・脚本を兼任したオリジナル作品「東のエデン」は、テレビシリーズから劇場版2作へと展開された。2012年にはフル3DCGアニメーション「009 RE:CYBORG」を監督、2016年に「CYBORG009 CALL OF JUSTICE」で総監督を務めた。
岩井俊二(イワイシュンジ)
1963年1月24日、宮城県生まれ。横浜国立大学卒業後、ミュージックビデオの仕事を始める。1993年、オムニバスドラマ「ifもしも」の中の1本「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を監督。1995年に初の長編映画「Love Letter」を手がけ、その後も「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」など話題作を次々と生み出す。2015年には劇場アニメーション「花とアリス殺人事件」が公開。2016年3月に「リップヴァンウィンクルの花嫁」が封切られ、2017年2月よりショートフィルム「チャンオクの手紙」が配信を開始した。