ソン・ガンホ×イ・ビョンホン「非常宣言」レビュー、“単なるパニック映画ではない”物語の真髄に迫る

ソン・ガンホとイ・ビョンホンが共演する韓国映画「非常宣言」が1月6日に公開される。

ハン・ジェリムが監督を務める本作では、バイオテロが発生した飛行機をめぐって地上と上空で愛する人のために奮闘する人々の姿が描かれる。地上から飛行機テロを解決しようと奔走するベテラン刑事ク・イノをソン・ガンホ、娘の治療のため飛行機に乗り合わせた乗客パク・ジェヒョクをイ・ビョンホンが演じた。

この特集では、韓国エンタメに精通しているライター・西森路代によるレビューで「非常宣言」の注目ポイントを解説。さらに物語を彩るキャストを紹介し、本作の見どころをたっぷりとお伝えする。

文 / 西森路代(レビュー、コラム)

単なるパニック映画ではなく、人間の心理を描いた映画

韓国で制作された航空パニック映画「非常宣言」。空の密室・飛行機内でハイジャックが起こり、乗客が恐怖にさらされるというものなら、これまでにも世界中でたくさん作られて来たが、この映画が斬新なのは、その密室の中でバイオテロが巻き起こり、飛行機がテロリストの暴力にさらされるだけでなく、目に見えないウイルスの脅威も描かれることで、恐怖の相乗効果が起こっているところだ。

ハワイ・ホノルル行きの飛行機に搭乗するのは、イ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョクと、その娘のスミン。一方、地上でも、飛行機内に迫る危機と重なるように、恐怖が迫ってくる。ソン・ガンホ演じるク・イノ刑事は、動画に上がった飛行機テロの予告動画を追い、犯人と思われる人物の自宅に捜査に向かう。そこでは、血まみれの死体と、ウイルスを正確に増殖させ、潜伏期間を短縮するための動物実験をしたラットの記録映像が発見される。不穏な部屋では、バイオテロリストの異常さを見せつけられ、恐怖がより増幅される。地上にいる人の恐怖も描くことで、密室の飛行機内で、この強烈なウイルスがまき散らされたらどうなるかと、恐怖がまた倍増して感じられるのだ。

ソン・ガンホ演じるク・イノ。

ソン・ガンホ演じるク・イノ。

やがて、休暇を利用してハワイに向かうク・イノ刑事の妻がその飛行機に乗っていることが発覚する。彼は家族を助け出すためにも、犯人の正体をつきとめ、抗ウイルス薬やワクチンを探しに奔走するのだった。

飛行機で起こっている問題は、ウイルスの感染からどうしたら逃れられるかというものだけではなかった。副機長が客室の問題に対応する間に、機長が発症。操縦のコントロールが効かずに、機内が無重力状態となり、人々の体が浮き上がる。

「非常宣言」

「非常宣言」

このシーン、最初は単に飛行機の窓からの光が客席の中側にまで差し込み、乗客が恐怖を感じ始めるところから始まる。そうかと思ったら、一気に人々の髪が逆立ち、無重力状態となり、天井や壁に体を打ち付けられる。航空パニック映画としては後発なだけに、アイデアが練られているのだろう。音楽の使い方や、映像の見せ方によって、これまで見た映像よりも、何倍も恐怖を感じるシーンになっていた。

ク・イノ刑事とパク・ジェヒョクは、同じ空間にいないが、同じ敵(バイオテロリスト)による種類の違った恐怖を味わっている。パク・ジェヒョクは、バイオテロリストと直接対峙し、感染を避け、そして飛行機が無事に着陸し、娘とともに帰還することに向かって突き進まなくてはならない。密室内で感染を恐れながら、人々のエゴとも戦い、父として娘を守る姿は、「新感染 ファイナル・エクスプレス」を思い起こすものがあった。

イ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョク。

イ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョク。

一方のク・イノ刑事が立ち向かうべきなのは、凶悪事件と、自分の妻が無事であってくれるかである。猟奇的で理解不能な犯罪者の住処で出会う恐怖は、過去の「チェイサー」(2008年)のようなスリラー犯罪映画も思い出される。彼が、終盤で行う行動もまた、「父親」として重圧を一手に受けるようなものであり、その重さに「パラサイト 半地下の家族」を思い起こした。

映画の中の恐怖は後半、次のフェーズへと移り変わる。到着地のホノルルで着陸を拒否されると、限られた燃料で、どこかの空港に無事に着陸できるのかというものに……。しかし、飛行機がどこかに着陸すれば、ウイルスはその都市に蔓延してしまう恐れがあり、簡単なことではない。そんな緊迫感の中、機内の人々や、地上の人々の反応──それは誰かを救うために到達する諦観であったり、かと思えばエゴであったり──、を描いていることで、この映画が、単なるパニック映画ではなく、人間の心理を描いた映画であることを知るのである。

韓国では2014年にセウォル号の事故があった。その経験から、事故があったとき、その中にいる乗客は、そして責任のある立場の者はどうすればよかったのか、事件に対処する政府の対応はどうすべきであったのかと、常に振り返っているように見える。この映画からも、そのような過去の経験が無関係ではないことが見えてくるのである。

「非常宣言」

「非常宣言」

ソン・ガンホ×イ・ビョンホンのタッグは4度!
豪華キャスト陣にご注目を

主演した「パラサイト 半地下の家族」がカンヌ国際映画祭、アカデミー賞で数々の賞に輝き、また是枝裕和監督作「ベイビー・ブローカー」でカンヌ国際映画祭の男優賞を獲得したソン・ガンホ。そして、今や韓国映画だけでなく、「G.I.ジョー」シリーズや「マグニフィセント・セブン」など、ハリウッドでも活躍するイ・ビョンホン。2人は、本作で4度目の共演となる。
初めての共演は、2000年のパク・チャヌク作品「JSA」であったが、韓国と北朝鮮の境目にある共同警備区域に配置された南北の軍人をそれぞれが演じ、本来なら交わることはない2人の交流が描かれていた。
「グッド・バッド・ウィアード」(2008年)は、キム・ジウン監督による、韓国のウェスタン映画。1930年代の満州を舞台に、地図を巡って男たちがバトルを繰り広げる。この映画は「いいヤツ、悪いヤツ、変なヤツ」という意味の原題がついているが、ソン・ガンホは変なヤツで、イ・ビョンホンは悪いヤツである。
3回目の共演「密偵」(2016年)は、1920年代の日本統治下の朝鮮半島が舞台。ソン・ガンホは日本の警察官イ・ジョンチュル役で、独立運動団体「義烈団」の団長をイ・ビョンホンが演じている。元は義烈団を監視する命を受けていたジョンチュルだが、団長に出会い、やがて「義烈団」の計画に呑み込まれていく。
4度目の本作では、地上と空中で離れてはいるが、同じ敵に立ち向かうという意味、そして父として背負ったものがあるという意味では、2人の見えない絆が感じられる一作となっていた。
国土交通省大臣を演じたチョン・ドヨンは、2007年のイ・チャンドン監督の「シークレット・サンシャイン」で第60回カンヌ国際映画祭の女優賞を受賞している。「無頼漢 渇いた罪」(2015年)では、本作に副機長役で出演のキム・ナムギルと共演。殺人犯の恋人と刑事のスリリングな恋を演じた。
そのキム・ナムギルはドラマ「善徳女王」(2009年)でブレイク。「殺人者の記憶法」(2017年)では、ソル・ギョングを相手に不気味な存在感を示した。
映画が始まってすぐに空港で不穏な行動を繰り返すリュ・ジンソク役のイム・シワンは、ボーイバンドZE:Aのメンバーとしてデビューし、日本でもリメイクされたドラマ「ミセン -未生-」(2014)で主演。映画「名もなき野良犬の輪舞」(2017年)では、ソル・ギョングと愛憎の物語に出演した。ソン・ガンホとは「弁護人」(2013年)でも共演している。