羽田圭介が語る「去年の冬、きみと別れ」|思わずダマされた!真の“サスペンス”と映像化の意義

連続する立場の逆転が面白い

──先ほど一言目に「ダマされました!」という感想をいただきましたが、具体的に印象深かった点はありますか?

前半から大小さまざまな規模で繰り返されるのですが、「コントロールしていると思っていた人にコントロールされていた」という立場の逆転が連続するのが面白いと思いました。原作にもあるんですが、やっぱり“見る人”は“見られる人”でもあるんだな、と。何かを知ろうとしたり、何かに首を突っ込もうとしたら、決して自分も無傷ではいられない。言い換えるならば、ある程度のリスクを受け入れない限り、人生の楽しみは何も享受できないんじゃないかなってことを考えながら観ていました。たぶんインターネットを通した他人事の世界を、一切のコストもかけずに傍観しているだけだと、何の起伏もない人生のまま死んでしまうんだろうなって。

──岩田剛典さん演じる記者の耶雲は、猟奇殺人事件の容疑者・木原坂を追い、深みにはまっていくことで、いつしか自分自身や婚約者・百合子を危険にさらしてしまいます。

「去年の冬、きみと別れ」より、岩田剛典演じる耶雲恭介(右)と山本美月演じる松田百合子(左)。

岩田剛典さんの出演作は初めて拝見したんですけど、僕の中でのEXILEや三代目 J Soul Brothers(from EXILE TRIBE)のイメージとは全然違っていると思いました。木原坂役の斎藤工さんが背の高い方なので。特に後半にかけての展開を考えると、前半の耶雲が頼りなければ頼りないほど効いてきますから。ハリウッド映画みたいに、主人公は筋骨隆々の大男である必要はないんだなと思いました。

──耶雲が仕事にのめり込んでいる間に、木原坂の魔の手が百合子にまで迫ります。

男は全員、耶雲の振る舞いに心当たりがあると思うんですよね。特に仕事に集中すると、男って「これは遊びじゃない、俺はデカいことやってんだ!」みたく親しい女性を邪険に扱ったり、“自分が正しい、仕事にまつわるさまざまなわがままも許される大義がある”という振る舞いをしてしまったりする。それでいざ女性の心が離れてしまうと、泣き崩れるんです(笑)。この映画の前半の感想としては、本当に忙しくても、優しさを示してくれる女性をむげにしちゃいけないなってことでした。たとえデカいことをやっていても、そういう存在は大事だぜ、と。

「去年の冬、きみと別れ」より、岩田剛典演じる耶雲恭介(右)と斎藤工演じる木原坂雄大(左)。

──斎藤工さん演じる木原坂はいかがでしたか? 耶雲との緊迫感あるやりとりには手に汗握るものがありました。

斎藤さんの演技もよかったし、前半から描かれる小さな立場の逆転がすごく面白くて。取材する側の恭介が木原坂に質問していたはずなのに、いつの間にか木原坂から恋人について聞き出されているところにドキッとしました。余談ですが、フジテレビのエレベーターで斎藤さんと2人になったことがありました。斎藤さんは気付かれていないと思いますが。あの方は本当に大きかったです。自分が小柄に思えるほどに。

「去年の冬、きみと別れ」より、岩田剛典演じる耶雲恭介(右)と北村一輝演じる小林良樹(左手前)。

──北村一輝さん演じる耶雲の担当編集者・小林の立ち位置は、原作からの大きな変更点と言えますよね。

“見られる側”の人がここにもいたか!と感じるシーンがありました。自分が“見る側”だと思って安心していたら実は見られていた、っていうのはショックというか、もはや恐怖ですよね。この映画の観客を含め、傍観者のつもりでいるあらゆる人々の代表がこの役だと思います。

エンタテインメント性を付与した文学作品

──羽田さんはテレビや雑誌の対談で何度も中村さんとご一緒されていますが、最初に知り合ったきっかけは?

そもそも作家同士ってそんなに交流がないんです。僕も2003年にデビューした頃は、作家の知り合いなんて全然いなくて。でも2010年の秋に、日本の若手作家たちが4泊5日で北京に行って、中国の作家と交流する「日中作家シンポジウム」という催しがあったんです。日本側の団長が中村さんだったので、その年の春に出版社経由で初めてメールをいただきました。それからも西加奈子さんの家に集まる花見などで、年に2、3回はお会いしていますね。そもそもエンタメ小説の世界に比べて、若手の純文学界隈は女性作家が多いんですよ。男の場合、学生なり会社員なりをやりつつ執筆している人が多いから、中村さんと僕は数少ない専業男性純文学作家という共通点がありますね。

──そういった花見のような場では、お互いの作品についてお話を?

小説の話は全然しません。もう、バカみたいな話しかしない。でも中村さんは、作風とご本人が全然違いますね。陽気なイタリア人みたいな方なので「こんなに暗い話を書いてるのか」と信じられないくらいです。

──(笑)。中村さんの作品の特徴や魅力はどんな部分だとお考えですか?

羽田圭介

中村さんは2002年に「銃」で小説家デビューしていますよね。ちょうどその頃に僕は「小説家になるぞ!」と思って、純文学の新人賞バックナンバーを2、3年分読んで、“傾向と対策”めいたことをやろうとしたんです。それで「銃」を手に取ったので、僕の中で「これが純文学なのか」というイメージが強烈に刻み込まれました。でもその後いろいろな作品を読むと、中村さんの作風はけっこう変わってるんじゃないのかなと思えてきて。僕は、中村さんが何をやりたいのか、ご自身の中で整理されて読者にとってもわかりやすくなったのが「掏摸[スリ]」だと考えています。わかりやすいミステリーやサスペンスのようなエンタメ作品ではなくて、ドストエフスキーが19世紀にロシアでやっていた「罪と罰」のような濃度の、エンタテインメント性を付与した文学作品というか。「掏摸[スリ]」を読んでから過去作や芥川賞受賞作(「土の中の子供」)を読むと、「なるほど! こういうことがやりたかったのか」とわかるんです。その少しあとに出版されたのが「去年の冬、きみと別れ」なので、より読者にわかりやすい方向性になっていると思いますね。

「去年の冬、きみと別れ」
2018年3月10日(土)全国公開
「去年の冬、きみと別れ」
ストーリー

結婚を控える記者・耶雲恭介は、“最後の冒険”としてあるスクープに狙いを定めていた。その相手とは、世界的に有名な天才カメラマン・木原坂雄大。猟奇殺人の疑いで一度は逮捕されたものの、姉・朱里の尽力により事故扱いとなり釈放されていた。真実を暴く本を出版しようと、担当編集者・小林良樹の忠告も聞かず木原坂に接近する耶雲。取材にのめり込んでいく耶雲をあざ笑うかのように、彼の婚約者・百合子にまで木原坂の魔の手が迫り……。

スタッフ / キャスト

監督:瀧本智行

原作:中村文則「去年の冬、きみと別れ」(幻冬舎文庫)

主題歌:m-flo「never」(rhythm zone / LDH MUSIC)

出演:岩田剛典、山本美月、斎藤工、浅見れいな、土村芳、北村一輝ほか

岩田剛典インタビュー
羽田圭介(ハダケイスケ)
1985年10月19日生まれ、東京都出身。大学在学中の2003年に「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞したのをきっかけに、数々のテレビ番組にも出演。2016年には「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」を、2017年には「成功者K」を発表した。

2018年3月8日更新