土橋章宏が語る「フォードvsフェラーリ」|サラリーマンの悲哀を知る作家が共感、手に汗握る実録企業エンタテインメント

マット・デイモンとクリスチャン・ベールが初共演を果たした「フォードvsフェラーリ」が、1月10日に全国で公開される。“1966年のル・マン24時間レース”で絶対王者フェラーリに挑んだフォードの男たちの知られざる実話を描いた本作。「17歳のカルテ」「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」「LOGAN/ローガン」など、多彩なジャンルでヒットを飛ばしてきたジェームズ・マンゴールドが監督を務めた。

映画ナタリーでは本作の公開を記念し、「超高速!参勤交代」「引っ越し大名三千里」で知られる小説家で脚本家の土橋章宏に映画を鑑賞してもらった。現代社会に通じるサラリーマンの悲哀や根性を時代劇に落とし込んできた土橋は、企業戦争やその内幕が存分に描かれる「フォードvsフェラーリ」をどう観たのか。創作者の視点から映画の魅力に迫るインタビューでは、「下町ロケット」といった意外な単語や会社員時代の思い出話も飛び出した。

取材・文 / 前田かおり 撮影 / 向後真孝

絶対王者に挑んだ2人の男

左からマット・デイモン演じるキャロル・シェルビー、クリスチャン・ベール演じるケン・マイルズ。
Car Designer キャロル・シェルビー(マット・デイモン)

1950年代後半にレーサーとして名を馳せ、アメリカ人として初めてル・マン優勝を成し遂げた人物。心臓の病気によりレーサー引退を余儀なくされ、カーデザイナーに転身し、スポーツカーを製造するシェルビー・アメリカンを設立した。過去の実績を買われ、フォードからル・マン優勝の使命を受ける。

Racing Driver ケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)

アメリカで小さな自動車整備工場を営む英国人レーサー。シェルビーと組んで車の改良を重ねるが、その妥協を許さない荒々しい性格が災いし、フォードの重役と対立してしまう。しかし、レーサーとしての腕前は抜群で家族思いな一面も。同じ目標を持ったシェルビーと固い絆で結ばれていく。

熱い男たちの挑戦が今、始まる!

僕が書くとしたら「ダイハツvsフェラーリ」

──まず、率直な感想から教えていただけますか?

「フォードvsフェラーリ」

実は、絶対に観ようと思っていた映画なんです。だから、お話をいただいたときに「やったあー!」と思ったんですよ(笑)。そして観たら、興奮しました。「家に帰ったらすぐ車のアクセルを踏みたい!」と思いましたよ。

──本作は1966年のル・マン24時間レースで、モータースポーツ界の頂点に立つフェラーリにフォードが戦いを挑んだという実話をもとにしていますが、ご存知でしたか?

土橋章宏

ええ。歴史的にも有名な話なので、それをいったいどう料理するのかと。そこにとても興味が湧きました。ただフォードって、そもそも資金力もあって自動車業界では王様みたいなところだから、僕が書くとしたら「ダイハツvsフェラーリ」とかにするかなって思いましたけど(笑)。ダイハツ、けっこう好きなんです。

──面白いのは、タイトルは「フォードvsフェラーリ」ですが、実際にはフォード社からフェラーリに勝てる車を作ってくれと依頼された男たちの物語が描かれている点ですよね。

シェルビーとマイルズは、ル・マン優勝を目指し車の改良を重ねていく。

キャロル・シェルビーという非常に有名な天才カーデザイナーがフォードに頼まれて作るんですが、これがけっこう燃える。日本で言うと、池井戸潤さんの「下町ロケット」みたいな雰囲気を感じました。作り手の魂というか、自分の力を見せてやろうと戦う。それとシェルビーと凄腕ドライバーであるケン・マイルズとの友情が熱い。まったく対照的な2人で、あまり反りが合いそうにもない。そんな男たちがフェラーリを倒すために協力していくところから始まる。そこがドラマ的な面白さだなと思いました。

──なるほど。「下町ロケット」的というのは、言い得て妙かもしれないですね。

僕はもともと理系なので、どうやってフェラーリに勝てるマシンが完成していくのか、という過程に興味が湧くんです。だから「プロジェクトX(※)」みたいに、車の技術的なことを掘り下げてほしいなとも思いましたが、もっと人間ドラマに力点が置かれているので、どんな人が観ても楽しめるものになっていました。

※「プロジェクトX~挑戦者たち~」:2000年から2005年にかけてNHK総合で放送されたドキュメンタリー番組。日本の社会的事件や巨大プロジェクト、研究開発などに焦点を当て、成功の陰にあった知られざるドラマを伝えた。

大きなプロジェクトなのに、実は小学生の喧嘩

──会社勤めの経験がおありだと、フォード、フェラーリの企業としての描かれ方はどう感じられましたか?

レモ・ジローネ演じるエンツォ・フェラーリ(右)。
トレイシー・レッツ演じるヘンリー・フォード2世。

面白かったです。企業のトップとしてはエンツォ・フェラーリのほうがもちろんかっこいい。創業者で毅然としていて、騎士道精神みたいなものも感じられる。一方、フォード社のフォード2世は、いかにも創業者の祖父から受け継いだ3代目という感じに描かれている(笑)。そんな彼がフェラーリに買収話を持ち掛け、契約寸前まで行ったところをエンツォに反故にされたのを恨みに思って、「ル・マンでフェラーリに勝てる車を作れ」と命じる。大きなプロジェクトなのに、実は小学生の喧嘩みたいなところから始まってるのがおかしくて(笑)。現実にはイタリアの自動車メーカー同士であるフェラーリとフィアットの関係もあったんでしょうけど、映画からはエンツォ・フェラーリの「イタリアの魂は売らないぞ」みたいなところも感じました。

──ライバル企業の存在が物語としての駆動力にもなっていました。

僕も日立(製作所)に勤めていた頃は「ナショナルには負けないぞ」って思ってましたもん。やっぱり開発競争はありましたよ。あと、近所だった東芝の社員とカラオケ合戦やって、どっちがスナックの女の子の気を引けるかとかムキになって競ってみたり(笑)。

──そうだったんですか!?

ハハハ。そうですよ。

──映画は中盤から、フォード社の副社長の横やりが入って、マイルズを外そうと画策します。企業ものだとこういう悪役が必ず登場しますが、どう感じられましたか?

会社員時代にいましたね、何かやろうとすると必ず足を引っ張る人間が(笑)。

──企業あるあるなんですね。

ジョシュ・ルーカス演じるレオ・ビーブ。マイルズを毛嫌いしチームから外そうと画策する。

大抵の場合、実力もないのに高い地位に就いている人が多いですね。で、自分では何も提案していないのに、文句は必ず言うし、人から指図されるのは嫌いで、自分の縄張りは荒らさせないぞという人間。ホント、嫌な思いをさせられたので、脚本や小説の悪役のモデルにどんどん使わせてもらってます(笑)。

──この副社長は徹底的に邪魔して、「フォードvsフェラーリ」がだんだん「フォードvsフォード」に変わってくる面白さがありますよね。

確かに。敵よりもむしろ味方である側に敵がいる。会社勤めをしていると、必ず嫌なやつにネチネチやられるという場面に遭遇するので、それに逆らうのか、はたまたうまくいなすのかってところが主役の見どころになりますね。