「舟を編む」「町田くんの世界」などで知られる監督・石井裕也が、新たな挑戦としてオール韓国ロケに臨んだ新作「アジアの天使」が7月2日に全国公開される。
主演の池松壮亮をはじめ、「金子文子と朴烈」のチェ・ヒソ、オダギリジョーら日韓キャストが集結。ソウルで偶然出会った日本と韓国の2つの家族が、それぞれの母国語やつたない英語を駆使しながら旅路をともにするさまを追うロードムービーが完成した。
本特集では韓国カルチャーに精通しており、韓国語も独学で習得したAKB48の宮崎美穂にインタビュー。作品を観たうえで韓国の文化を学ぶ身として共感せずにいられない点や、“天使”の正体から考えたアイドルとしての思いなどを語ってもらった。
取材・文 / 金須晶子 撮影 / 西村満
懐かしい風景に「韓国行きたい!」
──この特集では、韓国カルチャーに興味を持つ若い人たちにも作品の魅力を届けたいという意向で、韓国に詳しい宮崎美穂さんにご協力をお願いしました。
そうなんですね! 光栄です。
──日本では定期的に“韓流ブーム”が巻き起こりますが、ちょうど2020年のステイホーム期間あたりから韓国ドラマやK-POPの人気が急速に広まった印象です。
私が所属しているグループでも同年代の子はもちろん、10代の子たちにも韓国好きが多くて。韓国アイドルに刺激を受けてメイクをまねしてみたり、オーディション番組にハマったり、映画やドラマを観たり。これまではヨン様(ペ・ヨンジュン)、KARA、少女時代など「その人 / そのグループが人気」といった流行り方でしたが、今はどのジャンルもまんべんなく人気があるように思います。
──やっぱり身近でもブームを実感しているんですね。この「アジアの天使」は韓国で撮影された作品で、日本と韓国の俳優が共演しました。
ここまで韓国語と日本語、そしてつたない英語が飛び交う映画を観たのは初めてで、ちょっと不思議な感じでした。お互い韓国語あるいは日本語がわからない。だから英語も交えて意思疎通しようと努力する姿に、自分もそういう体験あるなと共感する人は多いんじゃないでしょうか。それに韓国の映画やドラマって物語を予想できることが多いんです。登場人物が交通事故に遭って、助けてくれた人が御曹司で、その人と恋に落ちて、「実は私たち前世でも会っていたよね?」みたいな(笑)。でも、この映画は想像したことが1つも当たらなくて、そこも面白かったです。
──なかなか海外に行けない状況が続いていますが、韓国好きの宮崎さんから見て、これぞ韓国という懐かしい風景もあったのでは?
本当にリアルな韓国の街、現地の人の対応が映し出されていたので、うわあ韓国行きたい!となりました(笑)。例えば市場のシーン。むき出しというか、店舗がきちんと区切られていない雑多な感じ。あの中でカウンターに座ってごはんを食べているのは、なんだか懐かしかったです。あと韓国って電線がぐっちゃぐちゃなんですよ。これが美しい恋愛映画だったら映らないように配慮したカメラ割りになると思うんですけど、この映画ではそういう何気ない景色も差し込まれているのが印象的でした。
──現地の日常がそのまま映し出されていますよね。冒頭で主人公・剛がタクシー運転手にまくしたてられて、「怒ってたのかな?」と不思議がるのも“あるある”なのかなと思いました。
これは本当に“あるある”! 韓国のタクシー運転手さんって、独り言めっちゃ言うし、ラジオに合わせて歌い出したり、自由なんです。「◯◯まで行きたい」と言ってるのに、「ここまででいい?」って途中で降ろされることもあったり(笑)。映画でも剛は「すごい怒ってるじゃん」と思い込んでいたけど、あれが普通。むしろ運転手さんは「ごめんねー」ぐらいのテンションで。そういうやり取りにクスッとなったりもしました。この映画は、もともと日本語で書かれた脚本を韓国語に翻訳したそうですね。ニュアンスが変わってしまいそうなものだけど、韓国語のセリフも自然で。風景も人間も変に作り込まれていないからスッと入ってきました。
“ビール”と“愛”で理解し合える
──宮崎さんは韓国語を独学で学ばれたんですよね。YouTube「みゃおちゃんねる」でも勉強方法を紹介されていました。
はい。「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」など、なじみのある国民的アニメの韓国語版を繰り返し観たり。
──「アジアの天使」は人と人のコミュニケーション、そのために必要な“言葉”についても考えさせられる映画です。宮崎さんは日韓の2つの家族が言葉を超えてわかり合っていく姿をどのようにご覧になりましたか?
言葉の壁ってものすごく高くて厚いじゃないですか。でもこの映画では、日本人は日本語、韓国人は韓国語しかほぼ話していなくて、それが衝撃で。ジェスチャーや英語を使ったりもしていますけど、どんな言葉を使おうと、相手の目を見て伝えようとすること。その気持ちが大事なんだと改めて思いました。相手の言うことを理解したいと思うとき、きっと相手も同じ気持ちでいてくれているはずなので。
──劇中で印象的なセリフはありましたか?
オダギリジョーさん演じるお兄さんのセリフで「『メクチュ チュセヨ(ビールください)』と『サランヘヨ(愛してる)』だけ知っていれば、この国でやっていける」という言葉がありますが、これはあながち間違ってないと思います(笑)。ビールと愛さえあれば言葉を超えられる。これは勉強とか語学力ではなくて、国籍関係なくみんな共通していることだから理解し合えるんですよね。
──ビールと愛は間違いなく全世界の共通認識で、仲良くなるために欠かせない要素ですもんね。宮崎さんが韓国語を勉強する中で、意思疎通できた!と感激した瞬間はありますか?
私が初めて使った韓国語は「オッパ(お兄さん)」。親しみを込めて呼ぶ言葉なので、実の兄妹じゃなくても使います。当時、韓国語がわかる子から「あのスタッフさんに『オッパ』って言ってみて!」と冗談交じりに言われて。どうせ通じないだろうなと思いながら「オッパ」と呼んでみたら、そのスタッフさんが笑ってくれたんです。この言葉にはちゃんと意味があって、それに対して相手がリアクションしてくれたんだと思ったら、なんだかすごくうれしくて。韓国語を勉強するようになってから、間違えていたら恥ずかしいという気持ちが強くなって消極的になってしまった時期もありました。でも今思うのは、とにかく言葉を発することが大切。たどたどしく会話する剛とソルのように、どんなにつたなくてもダサくてもいいし、言葉数が多くなくてもいいから、本当に伝えたいことは言葉にしないと伝わらないですし、相手と意思疎通できたときのうれしさは何にも変えがたいと思います。