「岬の兄妹」「さがす」などで知られる片山慎三が監督を務めた映画「雨の中の慾情」が、11月29日に公開される。つげ義春のマンガをもとにした同作では、売れないマンガ家の義男、艶めかしい魅力をたたえる離婚したばかりの女性・福子、自称小説家の伊守が激しい性愛で交わっていく奇妙な共同生活が描かれる。成田凌が義男、中村映里子が福子、森田剛が伊守に扮し、足立智充、中西柚貴、松浦祐也、梁秩誠、李沐薰、伊島空、李杏、竹中直人もキャストに名を連ねた。
同作の公開を記念して、映画ナタリーでは、片山と「岬の兄妹」から片山作品を追い続けているシンガーソングライター・あいみょんの対談をセッティングした。2人が対談するのは、2019年にあいみょんの雑誌連載に片山が登場して以来5年ぶり。映画好きで知られるあいみょんが感じた片山作品の魅力とは? また片山には俳優陣との撮影エピソードや、同作に込めた思いを語ってもらった。
なお、一部作品のネタバレも含まれるため鑑賞前の人は注意してほしい。
取材・文 / 小林千絵撮影 / 梁瀬玉実
片山さんの作品は語りたくなる(あいみょん)
あいみょん 「雨の中の慾情」の公開、楽しみにしていました! 「早く観たいな」と思っていたので、今回対談するにあたって、事前に観させてもらえることになって「いいんかな……」と思いながらも(笑)、うれしかったです。
片山慎三 ありがとうございます。
あいみょん 「ガンニバル」を観るためにディズニープラスにも入ったんですよ! 片山監督の作品は全部チェックしています。
──あいみょんさんは「岬の兄妹」から片山監督の作品をご覧になっているそうですが、どのようなところに魅力を感じていますか?
あいみょん 私は映画が大好きでいろいろな作品をチェックするんですけど、特に好きなものは、観終わったあとの自分にめちゃくちゃ影響を与えてくれたり、生活に支障が出るくらい感情が揺さぶられる作品。「あれは何やったんやろう」「あれってどういうことやったんやろう」って考えてしまうような。「岬の兄妹」は、初めて観たとき衝撃すぎて、めちゃくちゃ口コミしまくりました。とにかく語りたくなった。片山さんは、そういう語りたくなったり、そのあとの生活の中でもずっと頭にこびり付いたりするような作品を作られるなと感じています。
片山 面白い映画でも、映画館を出て、5分くらいで忘れる作品もあるじゃないですか。でも僕の映画は、「面白かったね」だけで終わりたくない。そこは作るときにすごく意識しているところです。
あいみょん 「さがす」も余韻がすごくって。最後に音楽がなくて、チャイムの音だけだった。それが衝撃的やったし、すごくよかった。そのおかげで余韻にも浸れた。「片山さんの映画はエンドロールまでちゃんと自分の作品なんやな、映画に言葉の入った音楽はいらないんや」と思ったんです。私も映画の主題歌を手がけさせてもらうことがあるので、当時スタッフさんにその話をしました。「さがす」は映画の主題歌というものとの向き合い方をめっちゃ考えたきっかけでもありました。
片山 そうだったんですね。
あいみょん はい。今回の「雨の中の慾情」もそうでしたよね。おかげで“最後まで映画だったな”って感じがしました。
片山 ありがとうございます。
頭の中がぐちゃぐちゃになる素晴らしい映画(あいみょん)
──今、お話が出ましたが、改めて「雨の中の慾情」をご覧になった感想を教えてください。
あいみょん 何からしゃべったらいいのかわからなくなるくらい、頭の中がぐちゃぐちゃになりました。でも私の中では、そういう感覚になるのは素晴らしい映画ですし、面白かったです。SF、ラブストーリー、ファンタジー、戦争……といろいろな要素が盛りだくさんで、でもひとつの映画としてまとまっていて面白いなと思いました。観終わってから作品資料も読ませていただいたのですが、その中で片山さんが「観た人それぞれの捉え方があっていい」とおっしゃっていて、間違いないなと思いました。公開されてから、いろいろな感想が挙がると思いますし、私も映画公開後の皆さんのリアクションを見るのが楽しみになりました。
片山 ありがとうございます。自分で作っているので自分は理解しているけど、周りの人がどう理解してくれるかはわからない。だけど、今回はそれでもいいと思ったんですよね。「義男(成田凌)が福子(中村映里子)を好きだった」ということを貫いていれば、この映画はそれだけでいいんじゃないかって思って。
あいみょん そこは最初から最後までブレませんでしたね。
片山 そうなんです。そこだけはブレずに描ければ、それ以外はいろいろなことがあっても、観客は付いて来てくれるんじゃないかと思いました。
──いろいろな要素が詰まった「雨の中の慾情」ですが、あいみょんさんはこの作品をどんな映画だと感じましたか?
あいみょん 寂しい気持ちになる映画やなと思いました。そう感じたのはやっぱり戦争が描かれていたから。それまではちょっと面白おかしいなと感じた部分も一気に切なくなりました。
片山 戦争のシーンは、シナハン(シナリオハンティング)で台湾の金門島という島に行ったときに、入れようと思ったんです。
あいみょん そうだったんですか! 今のお話を聞いて、戦争のシーンがないパターンも観てみたい気もしましたが、個人的には戦争の場面がすごく効いているなと思ったので、あってよかったなと思いました。上から目線みたいになってしまってすみません。
片山 いやいや。戦争のシーンを入れるのはわりと勇気が必要だったので、そう言ってもらえてよかったです。
あいみょん そもそも作品資料を見るまで、撮影をしたのが台湾だって全然わからなかったんですよ。不思議な街並みやから「どこなんやろうな」とは思っていたんですけど、「日本……? じゃないよな?」っていう感じで。その若干の気持ち悪さもなおさらよかったのかもしれない。私、つげ義春さんのマンガ「隣りの女」を持っているのですが、映画「雨の中の慾情」はマンガ「雨の中の慾情」だけじゃなくて、「夏の思いで」「池袋百点会」「隣りの女」の要素も入っていると知って、映画を観たあとに「隣りの女」を読み返したら、街並みの気持ち悪さが一緒やった。そこも再現されているんやと思いました。マンガの舞台は日本なんですけど、よく見たらちょっと気持ち悪い風景なんですよね。
片山 そうそう。なんか気持ち悪さがありますよね。昔の日本を日本で撮ろうとすると、時代劇感が出ちゃうんですよ。しかも日本はどこもアスファルトで。
あいみょん あー、確かに。
片山 でも台湾には昔の日本に近い風景があると聞いていて。地面も土だし、よかったですね。最初に「雨の中の慾情」を映画にしたいという話を聞いたときは「これはなかなか大変だな」と思ったんですが(笑)、“「雨の中の慾情」を台湾で撮る”という企画で話をいただいたので、台湾だったらできるかもと思って、すぐに「やります」と返事をしました。
──あいみょんさんは「隣りの女」をどうして持っていたのでしょう?
あいみょん たまたま持っていたんです。
片山 ご自身で買ったんですか?
あいみょん 誰かからもらった……あ、違う、思い出しました! マンガ家の新井英樹さんにお薦めされて、すぐにネットで買ったんでした。
片山 へえ! 新井英樹さんも映画「雨の中の慾情」を観てくれて、気に入ってくださっているんですよ。
あいみょん ほんまですか!? 今度新井さんとお会いしたときに、この映画の話をします!
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この3人でどうなるんやろう(あいみょん)