土屋太鳳が“前代未聞の凶悪事件を起こす継母役”という新境地に挑戦した「哀愁しんでれら」が、2月5日に全国公開を迎える。
本作はたった一晩で怒涛の不幸に襲われた女性が、偶然命を助けた開業医と結婚し幸せを手に入れる禁断の“裏”おとぎ話サスペンス。田中圭がルックス、財力、人当たり、社会的ステータスのすべてを兼ね備えた夫役で脇を固め、ファッションインスタグラマーのCOCOが娘役でスクリーンデビューを飾った。映画ナタリーでは、100万人近いフォロワーを誇る“婚活ツイッタラー”しぬこに寄稿を依頼。現在進行形で幸せを追い求める彼女が、お姫様の“その後の人生”を描く現代版シンデレラストーリーの衝撃と魅力に迫った。
レビュー / しぬこ 文 / 奥富敏晴
“めでたしめでたし”の向こう側
小さな頃、お姫様の映画や絵本を見て育ってきた私は、いつか大人になったら王子様が迎えに来てくれて、結婚して、いつまでも幸せに暮らせると思って生きてきた。
でもそんな夢は、大学を卒業し、大人になり、周りの友人たちがどんどん結婚していくにつれ消えた。私の世界では王子様がガラスの靴を持って迎えに来てくれることはないと知った。
「女の子はだれでも漠然とした恐怖を抱えている、私は幸せになれるのだろうか」
このセリフから映画は始まる。
その通りだな、と思った。
結婚は一つの人生の分岐点だからこそ、この選択によって幸せになれるのかわからず怖いのだ。だから、女の子たちは王子様という絶対に幸せを与えてくれるような存在に憧れてしまう。だって、王子様と結婚したお姫様たちの物語はすべて、末長く幸せに暮らしました。で、終わるから。
この映画が描くのは、幸せを手に入れたお姫様のその先の物語だ。
今まで私が読んできた物語のお姫様は本当に末長く幸せに暮らしていたのだろうか……、たった一夜、一緒に踊っただけの相手と結婚して、その先もうまくいったのだろうか……。
結婚ってゴールインっていうくせにスタートだから困る。
王子様だと思っていた大悟(田中圭)は、夫になったときに少しずつ周りの人間を小馬鹿にする態度を見せ、いい母親になれと理想を押し付けてくる。
結婚前は可愛かったヒカリ(COCO)も自分のためになら平気で嘘を吐き、敵だと思った人間に対しては攻撃性すら見せてくるので、何が本当で何が嘘か分からない……。
大悟の歪みやヒカリの嘘に気が付きながらも、小春(土屋太鳳)は幸せな家庭を作るために、自分が我慢すればいい方向に進むと、2人への違和感から目をそらして生活を続ける。たとえそれで自分が壊れていくとしても……。
この3人のいびつさに対して、周囲の人たちは口を揃えて「素敵な旦那様だね」「幸せな結婚だね」と、褒めてくる。
一体、この人たちは何を基準に幸せって決めつけているのだろうか……と、映画を見終わった私は困惑した。
プリンセスたちの物語はいつも
「幸せに暮らしました めでたしめでたし」で終わる。
でも、この幸せは誰が決めているのだろうか
本当は周りが勝手に決めつけていただけなのではないか。
小春の起こした凶悪な事件は、他者から見ると嫌悪感を抱かせ、歪んだものに見えるかもしれない。それでも彼女が自分の母親像を守るため、幸せを守るために選んだ結末は、彼女にとってまっすぐと進んだ結果だったのだと思う。
- しぬこ
- 2年の婚活の末、これといった成果を出すことなく終えた未婚女性。最近は男よりもゲームに夢中になっている、はやく助けてほしい。幽霊よりも「誰かいい人いるの?」の言葉の方が怖い。
パブリックイメージを覆す!土屋太鳳の怪演
「清純」──きよらかでけがれのないこと。清楚で純真なさま。2010年代後半、数々のティーンムービーで華々しく活躍した土屋太鳳を形容する言葉として「清純派女優」という言葉に異論を投げかける人は少ないだろう。連続テレビ小説「まれ」で見せた芯の強い溌剌としたヒロインの姿は、そのまま土屋の女優像にも当てはまる。そんな彼女が、ただひたすら幸せを求めるがゆえに狂気に絡め取られる小春役で新境地を開拓した。本作がキャリアにおいて重要な1作となることは間違いない。
しかし、土屋が最初に脚本を読んで感じたのは「嫌悪感と疑問」だった。演じる役が自身のイメージを大きく左右する俳優ならば、凶悪事件を起こすこの役を「なぜ私に?」と思うのは当然かもしれない。土屋は「覚悟できないまま取り組む物語ではない」と出演を3度断った末に、4回目のオファーでついに承諾。「この物語は生まれたがってる」「脚本の中で小春が泣いている」とは、出演を決めたときの彼女の心境だ。幸せを手にしたはずの小春が“泣いている”物語とは? その怪演に注目を。
狂気に走る大人たち、他人事ではない“モンペ”の誕生
いつの時代も生まれてきた子供の幸せを願わずにはいられないのが親というもの。世間一般の常識を超えて不条理な要求を学校にする“モンスターペアレント”という言葉は、ここ十数年の間ですっかり社会に浸透した。子供のためを思って行動するうちに、いつの間にか周囲の迷惑を顧みなくなる保護者たち。多くの人は「自分だけはそうはならない」と、どこか他人事に感じるはず。劇中、田中圭演じる大悟もそんな親を「完全に“モンペ”」と当然のように非難する。
監督の渡部亮平が映画を着想したのは、子供のために「運動会をやり直せ!」と小学校の校長に包丁を突き付けた保護者が逮捕されたニュースがきっかけだった。“モンペ”というレッテルを貼るのは簡単だが、渡部は「その奇行に至るには、とても大きな家族愛があったのでは」「家族愛さえあればどんな家族もモンスターになりうるのではないか」と考え始める。愛する人のために何かしてあげたい──はたから見れば、それが異常な結果だったとしても。誰もがなり得る可能性を秘めた“狂った家族”の誕生と恐怖を見届けてほしい。
日本映画界待望!渡部亮平が放つオリジナル脚本での商業デビュー作
2012年「かしこい狗は、吠えずに笑う」で日本のインディペンデント映画界を沸騰させた渡部亮平。現在33歳という若さながら、これまでに映画「3月のライオン」「ビブリア古書堂の事件手帖」「麻雀放浪記2020」の脚本に参加。満を持して放つ9年ぶりの長編、そして商業映画監督デビュー作が「哀愁しんでれら」だ。25歳で執筆した本作の脚本は、TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016でグランプリを獲得。そのセンセーショナルな結末から、最終審査でも物議を醸した1作だった。脚本を読んだ田中圭は出演を即決。新人監督としては全国250館を超える異例の規模で公開を迎える。製作陣の“内容の面白さで真っ向勝負したい”という思いが、今後の日本映画界を担うであろう逸材に託された。