どんな形でも映画に関わっていきたい(金子)
──金子監督は長編を撮りたいという意欲をお持ちですか?
金子 「21世紀の女の子」に参加してその気持ちが芽生えました。自分の体験を8分の映画にする作業を通して、映画は切り取る芸術なんだと、とても勉強になりました。長編もやってみたいです。それから、映画の公式SNSのアカウントを動かしている人だったり、ほかのスタッフさんだったり、エンドロールの1人ひとりの名前が今までと全然違って見えるんです。スタッフさん1人ひとりをリスペクトできるようになったし、どんな形でも映画に関わっていきたいという気持ちが強くなってます。
山戸 “金子由里奈”、誕生ですね。
金子 はい、誕生です(笑)。
──では、伊藤さんと山戸監督がこれからの金子監督に望むことを。
伊藤 もっといろんな現場を体験してほしいということはありますけど、金子監督は発想が面白いんですよ。過去の作品で、指をたくさん撮ってたりとか。人の手癖を撮るのが好きみたいで、そういう作品もめちゃくちゃ面白い。他人とは違った角度でものが見られる人っていうのは、とんでもないものを生み出すことが多い気がします。なので、金子監督の長編に出演させていただきたいです。
金子 はっ! ドキドキドキ(笑)。
山戸 これは……「projection」ロングバージョンの予感がします! 私にとって金子監督は、目の中に入れても痛くない孫のような存在なんだと思います。作品という子供が出会わせてくれた。彼女には、ひ孫をいっぱい増やしてほしいですね。今まで、未知の女の子に出会いたいとずっと考えていたのですが、こういう形で映画作家・金子由里奈さんが現出してくれて、本当によかった。金子監督に出会えたからこそ、これからもこういう挑戦を続けてゆくことを確信できました。さっき伊藤さんを「大女優」とおっしゃっていましたし、もう金子監督には「大巨匠」になって暴れ回っていただきたいくらい。これから、孫自慢をいっぱいしたいなという願いが、爆発しています。
映画は最後に待ち受ける芸術(山戸)
──「21世紀の女の子」を観て、監督や俳優など役割を問わず自分も映画に関わりたいと思う人が現れるんじゃないかと思います。そういった人たちに、どんな声をかけてあげたいですか?
金子 映画は仲間がいないと作れないという先入観があると思うんですけど、私は1人でも映画は撮れると思うんです。どこにでも映画になる素材はあると思うし、自分が切り取りたい世界はこういうものなんだと気付いていく作業は、1人でも始められるから。「21世紀の女の子」を観て映画を撮りたいと思ったけど仲間がいない、どうしようと思ってる人は、まずiPhoneを持って散歩するとか、そういうところから始めればいいんじゃないかなって思います。
伊藤 映画は遠くて大きいものと考えている人もいますけど、意外と身近で、寄り添ってくれる存在だと私は思っているんです。「21世紀の女の子」では、各エピソードの冒頭に監督の名前が出ますよね。その瞬間が私には、それぞれの監督の脳内に「コンコン、お邪魔しまーす」と挨拶して入っていく時間のように思えて。
山戸 素晴らしい言葉ですね……。
伊藤 で、監督さんの頭の中を観て「あー、こういう感じだったわ。失礼しまーす」と出て行く感じがすごく楽しかった。映画って本当は自由なものだと思うんです。やりたいと思ったら、とりあえず一発やってみればいいと思います。それこそiPhoneでも映画が作れる時代なんだから、フル活用したらいいんじゃないですかね。
山戸 例えばある職業を目指して、そうはなれなかったとしたら、挫折と呼ばれることになります。けれど映画は、最初に監督を目指していて、もしも叶わなかったしても、たくさんの部署がいつだって新しい感性を求めていて、その思いが無駄になることは絶対にありません。俳優さんも、絵に描いた二枚目のようなロール以外にも、色とりどりの役に演じ手が必要とされていますよね。映画は、ものすごく懐が大きい。この世界を映すために。つまり映画を目指す限り、挫折はないのだと思います。最終就職先には、映画界をオススメしたいと私も思いますね。映画は最後に待ち受ける芸術なんです。