第25回東京フィルメックスのコンペティション作品「ソクチョの冬」が11月27日に東京・丸の内TOEIで上映。日系フランス人監督のコウヤ・カムラ(嘉村荒野)が上映後のQ&Aに登壇した。
原作は邦訳もあるエリザ・スア・デュサパンの同名小説。韓国北東部の海辺の町ソクチョ(束草)の小さな民宿で働く女性スアのアイデンティティの探求と受容を繊細に捉えた作品だ。韓国に暮らす彼女には、生まれる前に帰国してしまったフランス人の父がいた。スアの日常が民宿に長期滞在するフランス人アーティストのヤン・ケランとの出会いによって徐々に揺らぐさまがつづられる。ベラ・キムがスア、ロシュディ・ゼムがケランを演じた。
日本とフランスにルーツを持つカムラは、まず日本語で「映画は作ることが一番難しいと思ったけど、最近は、作った映画をオーディエンスに見せることが一番難しいと思います。だから本当にフィルメックスに感謝しています」と伝えた。
劇中のスアと同じように父にフランス人、母に韓国人を持つデュサパンの初長編となる原作に深く共鳴したというカムラ。自分が長編デビュー作として映画化するに至った経緯を「原作を読んで恋に落ちました。そのときは別プロジェクトの脚本を書くことに苦労していて。“人間の蒸発”に関するテーマを考えていたのですが、この小説は蒸発する側とは逆の立場にいる人、フランス人の父に置き去りにされた娘の気持ちを描いていました」と明かす。
さらに「エリザ・スアはフランスと韓国のハーフで、私はフランスと日本のハーフ。だから、このストーリーに親密なものを感じました。小説のスアの経験や彼女が感じる疑問は、自分が経験したことのように共感したのです」と説明。「私の場合、本来は日本語を話せるべきだと思いながら、話せないことを恥ずかしく思う気持ちが少しあります。父は日本人。今日もそこに父が座っていますが(笑)。フレンチコリアンであるエリザに実際に会ってみても、同じような経験をしていて特別なつながりを感じました」と続けた。
観客から影響を受けた作品や監督を聞かれると、カムラは是枝裕和が江角マキコを主演に迎え、前の夫を亡くしてから石川県輪島に嫁いだ女性の喪失と再生を描いた「
また撮影監督のエロディ・タタンから教えられたデンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの室内画からも影響を受けたそうで「彼は常に窓の近くにいる女性の後ろ姿を描いた。女性の顔は見えないんです。モノクロマティックな配色でグレーやブルー、黒みがかったような雰囲気。その強いビジュアルからも影響を受けました」と語った。
観客には鏡を使った女性の身体の描写に言及する人も。銭湯にいるスアを映しながら体の部分だけ鏡に映る別の女性の裸と重なる場面や、スアが鏡を見ながら自分の顔や体の輪郭を筆でなぞっていくシーンに触れ、「女性の多様な身体が映っていた。フェミニズムの視点から見ても興味深い。そのあたりの監督の意図は?」と尋ねる。
この質問に、カムラは「この物語のもっとも重要な部分がアイデンティティの問題でした。それは言語やパスポートに加えて、身体的なこともテーマになっています。私たちは社会の中で“こう見られたい”と考えるし、他人からの助言や押しつけがあると、自分に対して不安になる。体がもっとこうだったらいいのになと思ってしまうこともある」と答える。そして「私自身フェミニストと言えるかわかりませんが、40歳の男性が25歳の女性を主人公にした映画を撮るうえで、周りの意見を聞くのはとても大切でした。本作に関わっている人は撮影監督や作曲家を含めて7割が女性です。意見交換をして豊かに映画をふくらませ、微妙なニュアンスを盛り込むことに努めました」と話した。
原作を知る観客からは、スアの人物造形について「原作ではフランスとのハーフという点がもう少し強調されているように感じた」という指摘も。カムラは「実はフランス語のセリフでは、彼女がほかの韓国人女性より背が高いということを意識させるようなものがかなりあります」と応答しながら、スアのキャスティングの狙いについて「背の高さを持て余していて、周りから浮いている、頭1つ飛び出ている。そういったぎこちなさを醸し出してほしかったのです。あとはロシュディ・ゼムが185cmもあるため、体の大きな西洋の男性に対して、怖気づくことなく、彼と同じぐらいの背の高さで、しっかりと向き合える体格の人を探しました」と明かす。そのうえで映画初出演となったスア役のベラ・キムを「彼女はそれまで演技未経験。実際のところハーフではありませんが、本当に努力して素晴らしい仕事をしてくれたと思います」とたたえた。
第25回東京フィルメックスは12月1日まで丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町にて開催中。「ソクチョの冬」は12月1日の上映も予定している。劇場公開は未定のため続報を待とう。
映画「ソクチョの冬」海外版予告
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