「悪は存在しない」「GIFT」はどう編集された?山崎梓に聞く濱口竜介との共同作業

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濱口竜介の新作「悪は存在しない」が本日5月3日から東京以外の全国のミニシアターでも封切られる。映画ナタリーでは濱口とともに編集を担った山崎梓が、第17回アジア・フィルム・アワードで香港を訪れた際のインタビューをお届け。同じ撮影素材から生まれた、編集の異なるサイレント映像作品「GIFT」も存在しており、2作の編集をめぐる裏側を聞いた。

山崎梓

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「悪は存在しない」ポスタービジュアル

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「ドライブ・マイ・カー」の音楽を手がけた石橋英子が、自身のライブパフォーマンスに用いる映像の制作を濱口に依頼したことから生まれた両作。濱口は自身が慣れ親しんだ従来の制作手法でまず映画を作り、そこから依頼された映像を生み出すことを決めた。編集の実作業は、主に山崎が「GIFT」、濱口が「悪は存在しない」を担い、「GIFT」は山崎の単独、「悪は存在しない」は濱口と山崎のダブルクレジットとなっている。

濱口とのラッシュを見る時間

濱口と同期だった東京芸術大学大学院で映画編集を学び、「寝ても覚めても」「ドライブ・マイ・カー」など幾度もタッグを組んできた山崎。彼女は「濱口さんの映画は、編集を始める前に必ず一緒にラッシュ(未編集の素材)をまとめて見る時間があるんです。今の商業作品は撮影と同時並行で編集部も動いて、早めに仮で映像をつなげてしまうケースが多いんですけど、濱口さんのときは撮影中は一切さわらない。データの整理など下準備だけです」と、濱口と編集する際の特徴を明かす。

「悪は存在しない」場面写真

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今回の場合、山崎は脚本も渡されておらず、物語を知らないまま、15時間を超える素材を数日かけて濱口と一緒に鑑賞した。「初見は、なるべく何も知らない状態で一緒に見たい。素材に触ってしまうと細かいところを見てしまうんです。撮り終えたものをすべて並べてシーン順にぐわっと集中して見ると『あ、この画がすごくいい。好きだな』『このシーンは難しそう、不安だな』といった印象を全体の流れの中で見つけられる。それは細切れで見ていくと、なくなってしまうんですよね」と語る。

テイクごとのOKやNGの差異もなく、「何がいいかはもう1回見てみないとわからないので、あまりNGという概念もないです。技術的にNGのカットを外す場合もありますが、基本的には全部見ます。作り方のシステムの問題もありますが、ほかの作品ではあまりそういうスケジュールになってないんですよ」と説明。なお、濱口自身も劇場パンフレットで、このラッシュを見る時間がその後の編集にもたらしたものの大きさに触れている。

「GIFT」は一切の音声を聴かずに編集

「GIFT」ビジュアル。国内では2023年11月に第24回東京フィルメックス、2024年2月・3月にパルコ主催で公演が行われた。

「GIFT」ビジュアル。国内では2023年11月に第24回東京フィルメックス、2024年2月・3月にパルコ主催で公演が行われた。[拡大]

編集が先に始まったのは「GIFT」。前述の通り、濱口から台本をもらっていない山崎は、その物語を知らぬまま「GIFT」の編集に取り掛かったという。「悪は存在しない」と「GIFT」は、芸能事務所によるグランピング場の建設計画が浮上した長野県の自然豊かな町を舞台にした物語。このプロジェクトは町の水源に悪影響を及ぼすもので、その余波は巧と花という父娘の生活にも及び始める。

山崎は「濱口さんはシナリオありきで撮る監督。そう撮られたものは、私が物語を知らなくても見ているとつかめてくるんですよね。でも、濱口さんも常々『どういう形になるかわからない』とは言っていました(笑)。それでも意外と編集はできるんです。でも探っている時間は長くて、1カ月以上は『これはどうしたものかなあ』とあれこれ編集を試してました」と述懐する。

「悪は存在しない」場面写真

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「悪は存在しない」場面写真

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「GIFT」はサイレントのため、一切の音声を聴かずに編集していたそうで「ラッシュのときも含め、画だけを集中して見るように音は消してました。音の情報がないのでだんだんと画の隅々まで観るようになるんです。画だけしか頼りがないので、起こっていることをすべて観ようとするというか。例えば薪割りのシーンでも、あ、陽が差してきたとか、あそこで煙が上がっているとか、このタイミングで風が吹くんだとか。集中して見ていると、全然飽きないんですよ。木々を見上げるショットも、音がないまま見続けると、フラクタルのように見えてきて。顕微鏡をのぞいているような感覚にもなりました」と思い返す。

互いの編集を見せ合う“セッション”

その後、「GIFT」の編集の途中から濱口の手によって「悪は存在しない」の編集が進められた。2作は登場人物や物語の大筋は共通しているものの、シーンを構成するカットの順番や使用されたテイクが異なる。どちらかにしか存在していないカットやシーンもあり、細かい部分ではかなり違う。山崎は濱口との共同作業をこう振り返る。

第17回アジア・フィルム・アワードで作品賞と音楽賞を受賞した「悪は存在しない」。左から撮影の北川喜雄、編集の山崎梓、企画・音楽の石橋英子、プロデューサーの高田聡。審査委員長の黒沢清(右端)がプレゼンターを務めた。

第17回アジア・フィルム・アワードで作品賞と音楽賞を受賞した「悪は存在しない」。左から撮影の北川喜雄、編集の山崎梓、企画・音楽の石橋英子、プロデューサーの高田聡。審査委員長の黒沢清(右端)がプレゼンターを務めた。[拡大]

「時々、お互いの編集を見せ合うセッションみたいな(笑)。その編集が『悪は存在しない』にあるなら『GIFT』はこうしよう。この編集は『悪は存在しない』に譲ります、と。同じ撮影部による素材なんですけど、例えば同じものを狙ったカットだとしても、撮る時間のわずかな差で陽の光が変わったりするじゃないですか。陽がさんさんと差してフレアが入ってるような明るいテイクは『GIFT』に使って、陰ってきてきちんと画が見えるのは『悪は存在しない』に入れたり。そこに英子さんの音源が届いて、さらにセッションが続く。特に『GIFT』は、ここのカットは長くしておいたほうが英子さんが気持ちよく演奏できるかもしれないなと想像しながら、編集した場面もあります」

時間の流れを編集であまりコントロールしない

山崎が濱口の映画を編集する際、ほかの作品と比べ、より意識するのは編集のコンティニュイティだそう。コンティニュイティはショットとショットのつながりを指す言葉。映画やドラマなど特にストーリーを伝える映像作品では、時間や空間的に矛盾が生じないように見せるのが普通で、例えば意図的な演出ではない「ショット間で突然物が消える」「ショット間に俳優の髪型やメイクが変わる」などは、「コンティニュイティがおかしい」として避けられる。

「悪は存在しない」場面写真

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「濱口さんと一緒にやるとき、コンティニュイティはほかの監督のときよりも気にします。気にするというか、つながるほうの素材を選択する。例えば人がものを拾うとき、全身のショットから手元のショットに切り替わるような編集で、その動きがより滑らかになるような素材を意識して選びます。編集において少し間を飛ばして、スピード感やテンポを生む細かいテクニックはいくらでもできるんですが、濱口さんのときは、時間の流れを編集であまりコントロールしないようにしてますね。特に『悪は存在しない』の場合、音楽ありきで撮っているからか、撮り方がゆったりしている。それを生かしたかったという理由もあると思います」

「悪は存在しない」場面写真

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最後に改めて「悪は存在しない」の魅力を尋ねると、山崎は「今までの作品はすごくリアルな世界。今回の映画は冒頭から童話のような始まり。森の力じゃないですけど、不思議なことが起こってもいいんじゃないかと思える世界。濱口さんの作品を編集するたびに思うことですが、今回も観たこともない映画が生まれたと感じました。ショットも音楽ありきで撮っているので、普段だったらこんな撮り方はしないのでは?と思うような画がいっぱいありました。それはいつもと大きく違うところですね」と語ってくれた。

第17回アジア・フィルム・アワードで作品賞と音楽賞を受賞した「悪は存在しない」は全国で公開中。石橋は「GIFT」のツアーで世界各国を回っており、5月11日に米シカゴでの開催を控えている。キャストには大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁が名を連ねた。

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(c)2023 NEOPA / Fictive

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