本作は長野県の町でつつましく暮らす巧と花の親子を軸にした物語。ある日、彼らの家の近くで芸能事務所によるグランピング場の建設計画が浮上する。しかし、このプロジェクトは町の水源に悪影響を及ぼす、ずさんなものだった。大美賀が巧、西川玲が花を演じたほか、小坂竜士、渋谷采郁がキャストに名を連ねている。第80回ヴェネツィア国際映画祭では銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した。
濱口竜介「すごく充実した幸福な制作」
この日は4月26日の封切りを前にした最初で最後の一般試写会に。濱口の出席は叶わず、代わりにビデオメッセージが上映された。濱口は「皆さんの感想がとても気になりますが、その場にいられなくて本当に申し訳なく思っています」と謝りつつ「音楽の石橋英子さんの発案から始まった企画ですが、自分たちとしてもいい仕事ができた感触を持っています。すごく充実した幸福な制作でした」と述懐。そして「なかなか映画の内容は幸せなだけではないところもありますが、皆さんにとって楽しめるものであったらいいと思います」と期待を寄せた。
「悪は存在しない」は濱口の監督作「ドライブ・マイ・カー」の音楽を手がけた石橋が、自身のライブパフォーマンスに用いる映像の制作を濱口に依頼したことから生まれた作品。編集の異なるライブ用のサイレント映画「GIFT(ギフト)」も存在しており、続くトークでは大美賀、北川、山崎それぞれの口から特殊な経緯をたどった制作の舞台裏が明かされた。
主演のオファーはサプライズ
巧を演じた大美賀は俳優の経験はほとんどなく、当初スタッフとして制作の初期段階から参加していたところ、その雰囲気が濱口の目に留まり主演に抜擢された。濱口からは電話で打診があったそうで、大美賀は「濱口さんは『驚かないで聞いてください』と。まだ(撮影に)インする前なのに、なんかやってしまったか……?と。そしたら『出るほうに興味ありませんか?』というサプライズ。当然びっくりしました」と振り返る。
濱口が「ハッピーアワー」など職業俳優ではない一般の人たちと映画を作っていたことも踏まえ、「濱口さんがそう言っているのだから、乗っかったほうが絶対に面白い。濱口さんにとっても新しい試みの一員になれるのは、とてもワクワクしました」と出演を決めた。監督としても活動する大美賀にとっては「濱口さんの現場を最前線で見られるとんでもなく貴重な機会。これ以上の最前線はないですから」と、濱口の演出を体感できることも大きな要因だったという。
スタッフの喜びにつながる現場
撮影現場のスタッフは常に10人前後で、通常の映画の現場と比べると少数での制作体制に。「ハッピーアワー」をはじめ幾度も濱口と現場をともにしている北川は「大きな現場だと末端の人は、自分がその作品にどのように関わっているか感じづらい瞬間もあるんです。少人数という理由だけではないかもしれませんが、濱口さんの現場は、誰もが自分のしていることが作品にどう影響しているのか想像し、自覚しながら撮影が進んでいく。みんなが今何を作品のためにしているのか、明確にわかって仕事ができる。これはスタッフとして、すごく喜びにつながります。そういう場を作ってくれるのが濱口さん」と、魅力的な現場の空気を伝える。
芸能事務所がグランピング場の建設計画を住民に説明する集会のシーンの話題も。そのずさんな計画に住民が次々と厳しい意見を述べる場面であり、数多くいるエキストラの全員には「計画に賛成なのか、反対なのか、中立なのか」といった人物の背景や設定に関する3行ほどのメモが渡されていたそう。北川曰く、カメラは2台回し、20、30分かかるシーンの頭から最後までを通しで何テイクか撮影する方法がとられた。
参加者からは「舞台上で演技をしている人を自分も舞台に入って観るアトラクションのようだった」という感想もあったそうで、北川は「メインキャスト以外の方はシナリオも詳しく知らないはずなので、集会で急に誰かが立ち上がって『あ、あの人がしゃべるのか』とか、そこで初めて知るんです」と、エキストラの生のリアクションが生きたシーンの裏側を明かした。現地のフィルムコミッションの人からは「地元の方がこんなに楽しそうに撮影に参加しているのは初めて」という声もあったそう。
「GIFT」「悪は存在しない」の“編集交換日記”
濱口とは東京芸術大学大学院映像研究科の同期であり、「寝ても覚めても」「ドライブ・マイ・カー」などでもタッグを組んできた編集の山崎。編集作業は素材が同じ「GIFT」から始め、途中から「悪は存在しない」も並行して進められた。2作は登場人物や物語の大筋は共通しているものの、カットの順番やシーンの流れ、使用したテイクなどは大きく異なっており、主に山崎が「GIFT」、濱口が「悪は存在しない」の編集を担当した。
山崎は「お互いの編集を見比べてどこがどう違うか。『GIFT』でこうするなら『悪は存在しない』ではこうしようといった“編集交換日記”みたいな作業でした。『GIFT』で生まれた編集をそのまま『悪は存在しない』に生かした部分もあります」と共同作業を振り返る。さらに、これまで手がけた濱口作品との違いについて「今までは完成形というか『こうなる映画である』という道筋が明確にあった。それが今回、特に『GIFT』はまったくない。試行錯誤の多さは今までなかったものでした。ストーリー展開も寓話のようで、編集の自由度も高かった」と明かした。
「観たことのない映画ができた」
最後に北川は「本当にきれいな自然の中で一番いい光の時間帯で撮影できた映像です。大きいスクリーンで観ていただけたらうれしいです」と話し、山崎も「濱口さんの作品は編集が終わる頃に『観たことのない映画ができた』という感覚が毎回あります。今回もこれまた観たこともない映画が生まれたと本当に感じました」とコメント。すでに10回近く鑑賞しているという大美賀は「集会のシーンの町の人の顔ひとつとっても、観るたびに発見がある。何度でも観るべきところがあるなと思ってます。ぜひ感想を書いていただけたら励みになります」と呼びかけ、イベントを締めくくった。
「悪は存在しない」は東京のBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シモキタ - エキマエ - シネマ「K2」ほか全国で順次ロードショー。なお「K2」では同作の公開を記念した濱口の特集上映が4月19日から25日までの1週間限定で行われる。ラインナップには北川が撮影した「東北記録映画三部作」も含まれている。
映画「悪は存在しない」予告編
関連記事
大美賀均の映画作品
リンク
シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』 @K2shimokita
/
🎊映画『悪は存在しない』
公開まであと一週間!
\
主演・撮影・編集に携わった豪華三名が語る
撮影秘話についてお読みいただけます!
ご鑑賞前に是非、一読を!
▼「映画ナタリー」記事
https://t.co/YsGcQkGzhU