トラン・アン・ユン、新作は「おなかを空かせて観て」“母の台所”が美的感覚の出発点

トラン・アン・ユンによるマスタークラスが本日10月24日に東京・有楽町micro FOOD&IDEA marketで行われた。

国際交流基金（JF）と第36回東京国際映画祭が共催する「交流ラウンジ」の一環として行われた本イベント。トラン・アン・ユンが約7年ぶりに監督を務めた映画「ポトフ 美食家と料理人」は、同映画祭のガラ・セレクション部門で上映された。

第76回カンヌ国際映画祭でトラン・アン・ユンが最優秀監督賞を受賞した「ポトフ 美食家と料理人」。食を芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が考案したメニューを完璧に再現する料理人ウージェニーが織りなす愛と人生の物語だ。本作について彼は「食べ物に関する映画はずっと撮りたいと思っていました。料理は1つのアートなんです。また、“人生の秋”に差し掛かった夫婦の愛を描いてみたいと思いました。長い時間を一緒に過ごした2人の話は退屈になる場合もありますが、監督として賭けをしました」と語る。

本作では、天才料理人ウージェニーをジュリエット・ビノシュ、ウージェニーへの切なく揺れる思いを抱えた美食家ドダンをブノワ・マジメルが演じた。トラン・アン・ユンは「ビノシュは昔からよく知っている人なんです。このプロジェクトが始まった段階から参加していました。20年ほど前ですがビノシュとマジメルは恋愛関係だった時代があります。私の“マジメルを起用したい”というアイデアにビノシュは、受けてくれないのではと不安に思っていたようです。しかしオファーをすると即OKでした。現場では、（2人の間に）びっくりするような雰囲気が流れていました」と明かす。

冒頭の調理シーンに関してトラン・アン・ユンは「ただ美しいイメージ、見せかけのものは排除しようと思いました。それよりも、人々が調理というアートに勤しんでいる様子を捉えたかった。お肉や野菜が少しずつ姿を変えていく様子をカメラに収めたかったんです。きれいなだけの撮り方はしたくなかった」と述懐。さらに「ぜひおなかを空かせた状態で観てほしいです」と観客に呼びかけ、笑顔を見せた。

続いて話題は彼の妻であるトラン・ヌー・イエン・ケーに。彼女はトラン・アン・ユンの監督作「青いパパイヤの香り」「シクロ」「夏至」などに出演しており、「ポトフ 美食家と料理人」ではアーティスティックディレクションを担った。トラン・アン・ユンは「僕の妻は素晴らしい観察眼を持っています。『この色じゃない』とモニタを見てすぐに察知できるんです」と称賛。また「僕は彼女から学ぶことが多いんです。彼女の言っていることに耳を傾けて、才能を理解することで僕は進化しています。絵や彫刻を制作する彼女は、数日前に個展を開きました。彼女がアートを制作するとき、僕はアシスタントなんです」とエピソードを披露した。

またトラン・アン・ユンは「僕は台所が大好き。それは母が料理していた記憶があるからかもしれません。僕の家族は労働者階級で、両親は洋服を作っていました。どちらかというと、生活環境は美しいわけではありませんでした。唯一美しいなと思ったのは台所です。母が市場で材料を買ってきて、生きている魚や野菜、果物、仏壇に備えるものがあったり……。床が濡れていて光っていました。私の美的感覚の出発点は母の台所なんです」と言葉をつなぐ。

司会から「好きな日本の映画監督は？」と質問されると彼は、「ぐるりのこと。」などで知られる橋口亮輔の名を挙げる。さらに生誕120年を迎える小津安二郎の監督作で好きな作品を尋ねられると「秋日和」と回答し、「（理由は）わかりません。だけど僕にすごく訴えてくるものがあるんです。ひょっとしたら、円熟した原節子さんの姿に感動するのかもしれません」と説明した。

「ポトフ 美食家と料理人」は12月15日より東京のBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開。なお第36回東京国際映画祭は11月1日まで開催される。

映画「ポトフ 美食家と料理人」予告編