「多十郎殉愛記」中島貞夫が死去、岩下志麻・北大路欣也・名取裕子・高良健吾が思いつづる

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映画監督の中島貞夫が6月11日夕刻に肺炎のため、京都市内の病院で死去した。88歳だった。1934年8月8日生まれ、千葉・東金市出身の中島は、東京大学に入学後、倉本聰らと東大ギリシャ悲劇研究会を設立。大学卒業後に東映に入社し、1964年「くノ一忍法」で映画監督デビューを果たした。

主な監督作に映画「893愚連隊」「大奥(秘)物語」「日本暗殺秘録」「まむしの兄弟」シリーズ、「木枯し紋次郎」シリーズ、「暴動島根刑務所」「狂った野獣」「沖縄やくざ戦争」「日本の首領」三部作、「真田幸村の謀略」「制覇」「序の舞」「瀬降り物語」「女帝 春日局」「新・極道の妻(おんな)たち」「極道の妻(おんな)たち 危険な賭け」「極道の妻(おんな)たち 決着(けじめ)」がある。20年ぶりに手がけた「多十郎殉愛記」が映画監督としては最後の作品となった。

脚本家としても「人生劇場」「吉原炎上」「将軍家光の乱心・激突」などの作品を執筆。1987年に大阪芸術大学教授、1997年に同大学院教授に就任し、2011年からは立命館大学映像学部客員教授も務めた。

このたびの訃報は東映が発表したもの。同社の代表取締役社長・吉村文雄は「日本を代表する偉大な監督を失ったことは大きな悲しみではありますが、日本映画界に素晴らしい財産を残してくださったことを深く感謝するとともに、衷心からご冥福をお祈り申し上げます」とコメントした。また「極道の妻たち」シリーズで中島とタッグを組んだ岩下志麻は「中島監督とは、テレビ、映画で大変御世話になりまして、心より感謝致しております。いつも優しく、あまりおこったお姿を拝見したことがない、温かな監督さんでした」と述べている。

北大路欣也は「中島監督作品『暴動島根刑務所』、『犬笛』に出演させていただきました。撮影現場では、映画づくりの凄まじい魂をぶつけられました。今もその波動は消えていません」と伝え、名取裕子は「監督は『序の舞』、『春日局』、と言った文学作品の中で男性社会の壁を破ろうとする芯の強い女性をフィルムに残してくださいました。博識でどんな質問にも澱みなくお答えくださり映画にかける情熱が80歳を超えても燃えている映画監督でした。監督と出会えたことに感謝いたします」とつづった。そして、「多十郎殉愛記」で主演を務めた高良健吾は「中島さんの映画に向き合う力を近くで感じる事ができた僕は幸せです。中島さんと過ごした時間、残してきたものは忘れません。大切にします」と語っている。

なお遺族の意向により香典、供花、供物は辞退するとのこと。

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吉村文雄 コメント

この度は中島貞夫監督のご逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
中島監督は、1959年に当社入社後、当社の代表作となる劇映画、またテレビ映画を数多く制作されました。まさに東映の一時代を支えてくださった監督でした。
さらに中島監督は監督業だけでなく大阪芸術大学や立命館大学でも長らく教鞭をとられ、その教室からは熊切和嘉監督、山下敦弘監督、呉美保監督、石井裕也監督など数々の才能を輩出し、邦画界に新しい息吹を与えてくださいました。
個人的には関西で勤務していた1990年代に、エキスポランドのお化け屋敷の監修で中島監督にお世話になった思い出があります。
日本を代表する偉大な監督を失ったことは大きな悲しみではありますが、日本映画界に素晴らしい財産を残してくださったことを深く感謝するとともに、衷心からご冥福をお祈り申し上げます。

岩下志麻 コメント

中島貞夫監督の突然の御訃報に心よりお悔やみ申し上げます。
中島監督とは、テレビ、映画で大変御世話になりまして、心より感謝致しております。
いつも優しく、あまりおこったお姿を拝見したことがない、温かな監督さんでした。
ありがとうございました。
心から御冥福を御祈り申し上げます。

北大路欣也 コメント

中島監督作品「暴動島根刑務所」、「犬笛」に出演させていただきました。
撮影現場では、映画づくりの凄まじい魂をぶつけられました。
今もその波動は消えていません。
感謝の想いで 合掌。

名取裕子 コメント

中島貞夫監督は「序の舞」、「春日局」、と言った文学作品の中で
男性社会の壁を破ろうとする芯の強い女性をフィルムに残してくださいました。
博識でどんな質問にも澱みなくお答えくださり
映画にかける情熱が80歳を超えても燃えている映画監督でした。
監督と出会えたことに感謝いたします。
天国でもあのキラキラした眼差しで
皆を見守ってください。
         合掌

高良健吾 コメント

中島貞夫監督の現場に立てた事。中島監督の生き様、姿勢に触れることができた事。
中島監督と過ごした時間は大切な思い出です。

中島さんがご自宅で手料理を振る舞ってくれた事がありました。
今まで中島さんが親交のあった錚々たる俳優の方々も中島さんのご自宅によく集まっていたと聞いていたので、自分もその一員になれた気がしました。
そこでは、中島さんの歴史、東映の歴史の話をしていただきましたが、当時の映画の現場の熱量を体験してるのかと錯覚するくらい中島さんの話は知的で面白い。楽しい。

中島さんからは、こうらちゃんと呼ばれていました。毎回、呼ばれるたびに嬉しかった。
たまに文ちゃんと呼び間違える事があったのですが、文ちゃんは菅原文太さんの呼び名です。
その呼び間違えさえも、光栄で嬉しかった。

中島さんの現場での言葉の重みはとにかく深くて。シンプルで。
一言の演出が、役を深くしていく経験は初めてでした。
中島さんの映画に向き合う力を近くで感じる事ができた僕は幸せです。
中島さんと過ごした時間、残してきたものは忘れません。大切にします。
今日も中島さんから頂いた椅子に座ってタバコを吸っています。

中島さん。
ゆっくりしてくださいね。
ありがとうございました。

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