第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で脚本賞を受賞した「
本作では、ある郊外の学校で起きた子供同士の喧嘩が社会やメディアを巻き込んで大事になっていくさまが描かれる。安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、田中裕子らがキャストに名を連ね、坂本龍一が音楽を担当。脚本賞のほかに、カンヌ国際映画祭の独立賞の1つクィアパルム賞を日本映画として初めて受賞した。
是枝からトロフィーを受け取った坂元は「実感は正直ありません。まだ夢を見ているのかなと思います」と述べ、受賞当日を振り返り「深夜の4時頃に着信があったんですが、寝ていて気付かずで。ニュースをご覧になった方からショートメールをいただいて、その音で気付きました。あまり感情の起伏がないものですから、『やったー』というよりは、ズシンと重いなと感じて、水を1杯飲みました」と述懐。また「自分の脚本をなかなか評価しづらいですが、(クィアパルム賞の)審査員長のジョン・キャメロン・ミッチェル監督は『誰かの命を救う映画になっている』とおっしゃってくれました。そのようになっているならばこんなにうれしいことはないです」と思いを口にし、「昨日、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督から『おめでとう』というメッセージをいただきまして、タクシーの中で涙が出ました。うれしかったです」と続けた。
本作が子供、親、教師、3つの視点から巧みに描かれているという意見が飛ぶと、坂元は「以前、車を運転しているときに、青になったのに前のトラックが動き出さなかったんです。よそ見をしているのかと思ってクラクションを鳴らしたんですが、動かなかった。ようやく走り出したときに、トラックの前に車椅子の方がいらしたことを知ったんです。自分にはそれが見えなかった。クラクションを鳴らしたことを後悔し続けています」と回想し、「自分が被害者になることには敏感ですが、加害者だと思うことは難しい。加害者が被害者にしていることにいかに気付くことができるか?このことを10年ぐらい考えてきました。それを表現する方法として、3つの視点で描くことを選びました」と言及した。
「自分の映画に関わっているスタッフや役者が褒められるのは本当にうれしい」と笑みをこぼす是枝は、本作のプロットを初めて読んだ日のことを思い返し「物語の中でいったい何が起きているのかわからない。半分過ぎてもわからなかった。わからないのに読むのが止められない。こんな書き方があるんだなと思いました。自分の中にはない物語の語り方だったんです」と伝え、「読んでいる自分が作品によって批評されていく、クラクションを鳴らす側に否応なくなってしまう。ある種の居心地の悪さが最後まで持続するのが面白かった。チャレンジしがいのある脚本だなと思いました」と語った。
坂元は「2010年に『Mother』、2011年に『それでも、生きてゆく』というドラマの脚本を書きました。そのときからずっと加害者というものをどのように描けばよいのか? 加害者はどうすれば被害者の存在に気付くことができるのか?というのが自分のテーマでした。『怪物』では加害者が被害者の存在に気付いていく道のりを描いています。自分なりに現状描けるものがこれです」と言葉に力を込める。
これを横で聞いていた是枝は「(坂元と同じく)初めて書いた脚本を自分もディレクターズ・カンパニーに持って行っているんです。出発点は似ている。でも、1990年代、自分はフジテレビの深夜のドキュメンタリーをやっていて、坂元さんのドラマを観る余裕もない時間を過ごしていました」と述べ、「『それでも、生きてゆく』は自分が圧倒的に打ちのめされた作品でした。自分も関心を持っているモチーフをラブストーリーの連続ドラマという形で、真摯に取り組んでいる。ドラマを通して何ができるのか、作り手が模索していた。演者、演出、脚本が信じられない高いレベルで成立していると思いました。『怪物』は同じ時代に生きて、同じ空気を吸って、でも吐き方が違っていた脚本家と監督が、息を合わせて作った作品です」と説明した。
最後に「次の作品に向き合うとき、どのようにインスピレーションを受けるか?」と問われた坂元は「後ろ向きな話でごめんなさい。けっこうなベテランなんで、カツカツなんです。35年もやっていると何もひらめかない(笑)。ただただパソコンの前に座って、あきらめずに真面目にやる。その時間が何かを生んでくれます」と笑う。そして「正直、これから何が書けるか見えていない。でも、振り返ったときに『怪物』が成長させてくれたなと思えれば」と言い、「是枝さんが自分で脚本を書かずに誰かに依頼することはそう簡単にあることではないと思っています。2回仕事をするというのは偶然ではないですから、『もう1回やりましょう』と言われる、そんな2回目の必然があったら、こんなにうれしいことはないです」とコメント。是枝は「自分も編集をしているときに、ひらめきを待っていても仕方がないと思って、手を動かし続けます。すごくシンパシーを感じました。チャンスがあれば、また坂元さんに脚本をお願いしたいです」と伝えた。
「怪物」は6月2日に東京・TOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開される。
てれびのスキマ/戸部田 誠 @u5u
坂元「自分が被害者になることには敏感ですが、加害者だと思うことは難しい。加害者が被害者にしていることにいかに気付くことができるか?このことを10年ぐらい考えてきました」/「怪物」カンヌのトロフィー受け取った坂元裕二、是枝裕和との“必然”に期待込める https://t.co/gYUvNZvzuV