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本作は韓国軍のベトナム民間人虐殺に迫るドキュメンタリー。韓国軍人の孫である
「記憶の戦争」は東京・ポレポレ東中野ほか全国で順次公開。
瀬尾夏美(画家、作家)コメント
振り絞るように語られた彼女たちの声に、耳を傾けなくてはならない。
そしてその声を聞いた者たちは、自らに問いかけなければならない。
彼女たちが見たものと、負った傷と、自分は無関係であるのかということを。
「若い世代は何も知らない」──それでいいとは到底思えないのだ。
人間として。
佐々木美佳(映画監督)コメント
オセロの白と黒のように、私たちは加害者にも被害者にもなり得る。映画が記憶したのは韓国軍によるベトナム民間人への虐殺の歴史だ。しかし、時折漏れ聞こえる「日本」という単語に、日本人である私も、アジアの歴史の紛れもない当事者であるとハッとした。
これから私たちは、何を記憶し、隣り合う人々とどう対峙していけばいいのだろう。本作品が日本で上映されることの意味を、私は一観客として、皆と語り合いたいと思った。
伊藤正子(ベトナム研究者)コメント
監督を含め、若い世代の韓国人たちが負の記憶に正面から向き合い、未来につないでいこうとしていることに感動しました。ベトナムにおいても、国家に貢献した兵士らと違い、虐殺の憂き目に遭った民間人には、補償はありません。それらの最も弱い立場の人たちに寄り添おうとする姿勢に学びたいと思います。
今井昭夫(東京外国語大学特任教授)コメント
ベトナム戦争の数多くある痛ましい民間人虐殺事件の一つを丹念に取り上げた貴重なドキュメンタリー。この映画では、日常生活のなかでのベトナム人当事者の証言と祈りの姿が粛々と重ねて描かれているのが印象的。ベトナム戦争における韓国軍の虐殺に対する立場・考え方は韓国でもベトナムでも多様であることをあらためて認識させられた。聴覚障がい者をオーラル・ヒストリーの語り手とする類まれな手法にも感嘆。
坂上香(映画監督)コメント
どの国にも、歴史の汚点がある。
加害側に都合よく歪められた証言が、社会の無関心が、
それをなかったことにしようとする。
ベトナム戦争時、韓国は米国に参戦して派兵した。
映画に登場する、虐殺を否認する軍服姿の老人たちは、この国の合わせ鏡だ。
イギル・ボラ監督は、この絶望を、映像詩のように美しく見せる。
過去の出来事を、リアルに感じさせる。
同時に、今を生きるサバイバーの姿、彼女らに寄り添う加害国の人々、
美しいベトナムの風景や日常を通して、
月夜に咲く一輪の花を見た様な気にさせられる。
平松恵美子(映画監督、脚本家)
韓国人であるイギル・ボラ監督がベトナム戦争で韓国兵に虐殺された民間人の生き残りを取材し、記録していく姿勢に圧倒されました。
記憶を証言する村人たちも、幼くして孤児となった女性、視力を失った者、言葉を話せない者と、これ以上はないほどの弱き者たちで、よくぞ彼らにたどり着き寄り添い、証言を引き出したことに深い敬意を表したいと思います。
齋藤陽道(写真家)コメント
ろうの両親をもつイギル・ボラ監督だからこそ、ベトナム戦争で韓国兵に虐殺された、ろうの民間人の声をすくいとることができた。監督が撮ろうとしなければ歴史の影に埋もれたであろう、その声。手と表情と筆談でつむがれる語りの一分一秒が、同じく手話を言語とする私にとってひどく貴重なもので、目を離すことができなかった。声をすくいあげてくれて、ありがとう。
キム・ボラ(映画監督)コメント
全ての記憶を思慮深い視線で見つめたこの映画は、
恐ろしい記憶を抱えながらも穏やかなベトナムの姿を見せてくれる。
「記憶の戦争」は、つくられた事に感謝したい映画。
鷺木 @totodomeki
非男性の視点と戦争 イギル・ボラ監督が新作 | 毎日新聞 https://t.co/x6JnOtaXC0