「
MCの笠井信輔に「撮影中の思い出は?」と聞かれると、田中は「クランクインが予定より延びてしまい、春馬くんには1年待っていただきました。彼はその間に殺陣や所作の練習をしていて、現場に入るときには『監督、1年長かったですよ』と。彼と切磋琢磨したことは、僕にとって忘れられないものです」と真摯な思いを口にする。「彼は本当にいいやつで、本当に前向きに現場にいてくれた」「これは春馬くんにもらった賞。彼の思いがたくさんの人たちに届いた、そういうふうに思っています」と語った。
「海辺の映画館―キネマの玉手箱」で賞に輝いた大林宣彦。2020年4月10日に死去した彼に代わり、娘の大林千茱萸がステージに上がった。受け取ったトロフィーをまじまじと眺めた彼女は、満面の笑みを浮かべる。そして今着ているジャケットが大林宣彦のものであることを明かし、懐から彼の遺影を出して台に置いた。
まず大林千茱萸は、大林宣彦の妻で本作プロデューサーの大林恭子からの手紙を代読。「このたびは監督賞のお知らせをいただき大変戸惑いを覚えました」「この場をお借りして監督を支えてくださった本当に多くの方に感謝を申し上げます」と読み上げる。
また「0歳から父の映画に付き合い、映画とともに成長してきた娘の千茱萸さんが私の代わりに挨拶させていただく機会ができましたのも、キネマの神様の演出なのではと思います」「文学や音楽、美術の世界がそれぞれ驚きの表現力で時代をつないできましたように、映画も映画しか持ち得ない映画ならではの映像表現があるのではと大林はいつも楽しそうに映画に向き合ってきました」と文章は続く。最後は若い映画作家への激励の言葉を紡ぎ、「大林とともに過ごした私の63年間はすべて大切なキネマの玉手箱でございます」と結んだ。
会場では「第91回キネマ旬報ベスト・テン」における大林宣彦のスピーチ映像が流される場面も。笠井が大林宣彦を懐かしむように回想すると、大林千茱萸は「姿こそ見えませんが、スクリーンを見ればずっと生きているんです。うちの家では、長い長いロケハンに出ているということになっています。いろんな先輩たちと映画を作っていると思いますよ」と笑みをこぼす。そして「映画がすべての人だった」と述べ、笑顔のまま壇上をあとにした。
「キネマ旬報ベスト・テン」は、1924年度に当時の編集同人の投票によってベストテンを選定したことを発端とする映画賞。映画ナタリーでは表彰式の模様を引き続きレポートする。
関連記事
田中光敏の映画作品
リンク
関連商品
ユミ @N9cUoyBzmtqEZ7F
#天外者 #てんがらもん
3年前の春馬さん❣️#毎日はるまs
#MiuraHaruma #HarumaMiura 三浦春馬
#三浦春馬 #春馬くん #三浦春馬さん 🌸🐎 https://t.co/VBjYk1kbN2