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イベントで聞き手を務めたのは評論家の荻上チキ。「欧州危機の影響で研究者としての職にありつけなかった天才学者たちが麻薬の撲滅チームを作るという、ある意味彼らの知識が無駄遣いされる痛快なコメディになっています。ポスドク問題(博士号を取得した研究者が正規の職に就けない状態)に着目した理由はなんでしょうか?」という荻上の質問に、シビリアは「映画の企画を構成していた当時、ローマ大学のそばに住んでいたのですが、大学の研究費の多くが削減されることが大きく報道されたんです。最高の頭脳を持つ人たちの収入が最底辺であるというパラドックスが、ある種のコメディを語るのに最適な素材なのではないかと考えたのがそもそもの出発でした」と答える。
荻上の「とてもシリアスな問題とコメディを結び付ける手法は、監督の中でどのように接点を持ったのでしょうか?」という問いかけに、シビリアは「コメディは出発点が悲惨であればあるほど面白いんですよね」と回答。「イタリアの良質なコメディは第2次世界大戦後に次々と生まれています。当時の世の中がどうだったかというと、圧倒的な貧困状態だった。そんな状況の中でコメディが生まれたということは、イタリア映画の強みです。本作もその系譜に連なるような映画なのかもしれない。過酷な状況や悲惨な現状を笑いに変える、それがイタリアのコメディの本質だと思います」と語った。
荻上は全3部作の第2作にあたる本作を「ある意味アベンジャーズだなと思いました。1作目、2作目で別のヒーローが加わり、それぞれの才能を生かして悪と立ち向かっていくという王道の物語がある。でもそこにインテリジェンスと貧困というギャップの要素が加わったことで、悲哀に満ちたユーモアも漂っている」と分析。さらに彼が「映画を作るにあたっての情報収集はどのようにしていましたか?」と聞くと、シビリアは「専門的なテーマを選んだのでリサーチは欠かせなかったのですが、研究者に会って話を聞いてもちんぷんかんぷんで。一番大変だったのがラテン語です」と振り返り、「今は使われていないラテン語を母国語のように俳優に話させる必要があり、“3週間通えばラテン語が話せるようになる!”という宣伝文句が掲げられたローマ郊外のラテン語学校に俳優を送り込みました」と笑った。
「いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち」は5月26日より、東京のBunkamuraル・シネマほか全国でロードショー。
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リンク
- 「いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち」公式サイト
- 「いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち」予告編
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