映画プロデューサーの仕事は“実写化する”こと?
紀伊 現場スタッフとして業界に入ることはもちろんできますが、物語を作ってそれを映画にする人たちを生む場所が映画界にないのは、本当に危ない。
岩井 オリジナル作品が作られず二次創作ばかりになったら、「どうしてこの物語を作ったのですか?」と撮影現場で取材しても誰も答えられない。それは原作者に聞いてくださいという話になる。
紀伊 僕は飲み屋さんで仕事を聞かれて、映画のプロデューサーと答えると「実写化?」と言われるんですよ。コミックの実写映画ばかりだから、映画プロデューサーの仕事は“実写化する”ことだと思われてしまうんです。でもプロデューサーは、オリジナル作品を手がけないと力がつかないと思います。オリジナル作品の場合、脚本家によるオリジナルのシナリオがあって、監督と一緒に僕も話し合うわけです。細かい部分も含めて、“この作品に勝ち筋があるのか”を評価し続けないといけない。原作がある場合は、このマンガを映画にしようと決めることや、原作にどれだけ忠実に作れるかを考えるのがプロデュースワーク。なので、自分の頭で考えたり自分の意思で判断したりすることは、オリジナルに比べて少なくなると思うんです。
──映画においてオリジナル脚本の企画がなかなか通らないのは、製作委員会方式の構造にも関係があるのでしょうか。
紀伊 製作委員会は任意組合。映画を事業とした共同製作契約なので、岩井さんファンの大金持ちがいたとしても、個人で製作委員会に入ることはできません。つまり製作委員会メンバーは会社なので、社内稟議を通しやすい企画に投資するわけですよね。そうなると、有名マンガの実写化企画なら「うちの娘もよく読んでるし、いいじゃん」と思うかもしれないけど、オリジナルのシナリオしかなかったら「よくわからない」となる可能性が高い。そういう意味では、構造的にもオリジナルの企画を通すのはやっぱり難しいと思います。
──この状況を打開する方法はあると思いますか?
紀伊 今は昔と違って、プロの機材がなくてもそのレベルに近い映像が撮れる時代になっていますし、“作ること”のコストは減っていますよね。
岩井 昔はどれだけアイデアがあってもプロの撮影機材がなければ、視聴に堪えるクオリティにはならなかった。でも今はスマートフォンの映像ですら4Kですからね。例えば若い子たちで映画を作って、親戚や友達にチケットを売って200人くらい集まったら劇場を借りて上映するというような、結婚披露宴みたいなモデルが最近あるそうですが、意外とこういう場面から新しい映画が生まれてくるかもしれません。
「映画はもうからない」は言い訳
──少し話題を変えます。紀伊さんは以前、日本では「映画はもうからない」という風潮だが海外は違うとおっしゃっていましたね。岩井さんは海外でも映画を制作していますが、映画に対する意識に違いを感じましたか?
岩井 国によって全然違いますが、フランスが一番特殊でした。僕の経験では、フランスでは雇うスタッフのギャランティに失業手当も含んで約1.5倍の金額を支払うんです。過剰にも思えるスタッフ保護政策がありました(笑)。アメリカは組合の力がとにかく強い。監督協会、脚本家協会、俳優の組合、車輌の組合などいろんな団体があって、それぞれのルールを守らないといけないので勉強しました。それに比べて日本はどうかと言えば、昔は労働時間の制限もあまりなかった。ただ、今は労働環境問題が意識されるようになったし、浸透してきたと思う。
紀伊 お金回りの話をすると、海外の映画会社やプロデューサーは「もうかる」と思って映画を作っていると思う。日本は「映画はもうからない」と言う人が多いんです。でもやり方さえ間違えなかったらもうかるはず。なぜか日本の映画業界は「映画はもうからない仕事だ」と言い訳している。そういうのも、イノベーションが起きない理由だと思います。
映画は夢のある世界
──これまでお話しいただいた日本映画界の課題点を改善すべく生まれたのが「K2P Film Fund I」なのですね。
岩井 最初に話を聞いたときは、単純に面白そうだなと思いました。やっぱり思うのは、今本気で面白いものを作ろうとするプロデューサーが映画界には必要だということ。残念ながらそうじゃないプロデューサーも多いですが、そこは目つきでわかりますから。自信がない人もいっぱいいます。
──自信がないというのは、映画の売り上げ面でということでしょうか。
岩井 お金のことでもなく、“迷っている”プロデューサーはたくさんいますね。ビジネスの目線で言えば、ヒットする作品を作ったほうがいいし製作費は節約できたほうがいいので、話はシンプル。そのために、それぞれが自分のできる限りのことをがんばればいいはずなのですが、自分の仕事に対してどこまで自信を持って向き合えているかという問題です。ゲームチェンジャーなプロデューサーって次から次へと出てくるわけじゃない。だからこそ、そういう人が現れたらみんなで一生懸命、神輿の上に乗せて担がないと。「お手並み拝見」とか言ってる場合じゃないんですよね(笑)。だから「K2P Film Fund I」には、“1つの時代があそこで生まれた”と思えるものになると期待していますし、それが10年、20年と続くのがベスト。ちょっと応援するとかじゃなくて、全力で応援しないといけないタイミングですね。
紀伊 目標というか、
──「K2P Film Fund I」のラインナップの1つとして、お二人で新作も準備されているとか。新しいファンドで映画を作るのは、これまでとは違ったものがありますか?
岩井 そうですね。映画って夢のある世界だと思うし、その夢の部分がいい意味でクッションになってくれたらもうちょっと楽に作品を作れる気がしていたんです。だからお金の面で新しいモデルはないのかなと僕自身も模索していました。でも法的なルールもありますし簡単ではない。それでも模索していかないと、新しい局面は誕生しないと思うんです。そういう意味で言うと、オリジナル作品は制作者サイドがとにかく面白いものを作ってお客さんを喜ばせることが前提になりますから、本当にがんばらないといけない。
紀伊 これからのことも、いろいろと構想中です。今は「K2P Film Fund I」についてお話ししていますが、その先も、さらにその先まで考えています。実現すればもっともっと自由な映画製作ができると思う。
岩井 「K2P Film Fund I」は製作委員会方式とは違って、一般の投資家も参入できる。単純に、お客さんが広がるじゃないですか。映画って国民全員を対象にしてるくらいのビジネスだと思うんですけど、Xで作品のアカウントを作ってもフォロワーの数は意外と伸びないんです。映画が、年間で1万人観てくれたら収まるビジネスならいいですけど、全然違いますから。億単位になると、抱えておかないといけないファン層は莫大に必要。いろんなところに知恵や知識を使って、体力のある巨大な映画ファンクラブが映画界に誕生したら、また違うのかもしれません。
紀伊 いいですね。チャンスはいっぱいあると思いますよ。メディアもテクノロジーも変わっているんだから、アナログ時代からの方法を続けるのではなく、しっかり時代にフィットさせようという意思さえあれば、映画界も変えられると思います。
岩井俊二(イワイシュンジ)
1963年1月24日生まれ、宮城県出身。映画監督・小説家・作曲家など多岐にわたる活動を行っている。大学卒業後にミュージックビデオの仕事を始め、1993年にオムニバスドラマ「if もしも」の1作「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で監督を担当。1995年には初の長編映画「Love Letter」を手がけ、その後「スワロウテイル」「四月物語」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」「
iwai Shunji 岩井俊二(@sindyeye) | X
紀伊宗之(キイムネユキ)
1970年1月8日生まれ、兵庫県出身。東映映画興行入社後、劇場勤務を経て株式会社ティ・ジョイへ出向し、シネコンチェーンの立ち上げに従事。国内初のライブビューイングビジネスを立ち上げ、「ゲキシネ」の事業化に関わる。その後東映に異動し、プロデューサーとして「リップヴァンウィンクルの花嫁」「孤狼の血」「犬鳴村」「初恋」「シン・エヴァンゲリオン劇場版」「キリエのうた」「リボルバー・リリー」「シン・仮面ライダー」などを手がけた。2023年4月に東映を退職。同年にK2 Picturesを創業した。
紀伊宗之 (@mun_kii) | X
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