森博之

国境を越えて活躍する日本人 第7回 [バックナンバー]

森博之:トニー・レオン、ワン・イーボーとともに映画「無名」で存在感を発揮、母国で「外人」と呼ばれた経験から得たもの

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なんで俺、トニーさんを自宅に呼んでるんだろう?

──共演者の演技を受けて、ご自身で調整していったこともありましたか?

もちろんありました。ネタバレになってしまうので多くは語れないですが、例えばタン部長を演じたダー・ポン(大鵬)さんとの共演シーンでは、彼をぱっと見たら、とても切ない表情をしていたんです。そんなに悲しい顔するの?と。僕は強気に出たものの、彼の表情を見てもごもごっとなった。それはダー・ポンさんの演技を受けて自然と出てきたものです。

「無名」より、ダー・ポン演じるタン。

「無名」より、ダー・ポン演じるタン。

──実際に相対したからこそ、見えてくるものがあると思うんですが、主演のトニー・レオンさん、ワン・イーボーさんとの共演はいかがでしたか?

まずはトニーさんとのシーンから始まったんです。当然、僕としても大好きなスターが来た!と。「トニー!」「モリー!」と握手して(笑)。

──(笑)

リハーサルをやって、1回チェックするんですが、トニーさんは「森さん、ここ座って!」とどこまでもジェントルマン。「俺はスター!」というのが一切ない、誰に対しても同じ接し方なんです。照明の調整をやっている間に、「今度、石川県に遊びに来てくださいよ!」「行くよ!」なんてやり取りもして、なんで俺、トニーさんを自宅に呼んでるんだろう?って(笑)。でもそれは、監督が意図的に作ってくれた交流の時間だったんです。トニーさんもそれはわかっていたようでした。

「無名」より、トニー・レオン演じるフー。

「無名」より、トニー・レオン演じるフー。

──1番最初に撮影したのはどの場面だったんですか?

渡部がジャンを助けられないかと、フーに相談する場面です。完成したものはあの短さになっていますが、現場では渡部が部屋を出たあともずっとカメラが回っていた。それをモニタで見ていたんですが、トニーさんはふーっとタバコをふかせて、動かずじっとしていました。その“静”の芝居を見たときに、なんだこれはと驚愕しました。煙を使って演技をしているんです。現場に入ってくるときは、気さくな近所のおじさんみたいなのに、いざ撮影が始まると、めちゃくちゃ、かっこいい。

──やはり、大きな刺激を受けましたか?

この人から学べるものは学ぼうと思いました。トニーさんは相手の役者がちゃんと生きるような芝居をするんです。演じていると、あれ?ってそのことに気付く。もちろんできあがったものを見てもそう思いました。何かあからさまなことをやっているわけではないんですが、知らぬ間に引っ張られている。そしてトニーさんがいないシーンまで、渡部の影に彼が演じるフーが存在するようになった。この存在感はいったいなんなんだろう?と。ものすごい人でした。

「無名」より、ワン・イーボー演じるイエ。

「無名」より、ワン・イーボー演じるイエ。

──森さんは、ワン・イーボーさんとの共演シーンも多かったですよね。

撮影初期はワン・イーボーさんとのシーンはなかったので、あまり交流はなかったんです。ただ、彼はいつもセットにいた。

──出演シーンでなくてもですか?

そう。出番がないのにずっといるんです。監督室にいて、モニタを見ている。彼は本当に無口な人。でも、あるとき、僕の横で日本語のセリフをぶつぶつ練習していたと思ったら、「ここを教えてください」と声を掛けてきた。一緒に日本語の練習をしているところはけっこう、カメラに撮られていましたね。

──メイキング映像で拝見しました。

日本語でやろうと、彼は急に監督から言われているんです。恐らく日本語でセリフを話すシーンを撮る3日ほど前に。実際、撮影に入ってみると、やっぱり3日では厳しいなと思いました。でもそれから相当練習したようで、1週間後には、これはいけるというところまで上達していた。母国語ではない言語を急に覚えて、さらに演技をする難しさは知っているので、こんなにしゃべれるようになったんだと本当に驚いたんです。だから「びっくりしました!」と伝えたんですが、それがメイキングで使われていた場面なんです。

撮影の合間もずっと日本語の練習をしていて、すごく努力しているのがわかる。だから、こちらもより何か手伝えないかなと思うし、大丈夫かな?と前のめりになっていくんです。ワン・イーボーさんは、シャイで無口でひたむきで、とにかく一生懸命な人。だから映画の中での渡部とイエの関係性と一緒なんです。どんどん彼を信頼していくし、好きになっていくし、親のような気持ちにもなっていく。渡部がイエに「お前も(満州に)連れて行くつもりだ」と言うシーンがありますが、あれは一緒に来てほしいと、まるで恋人に言うようなものですよね。

──森さんが考えるワン・イーボーさんの魅力ってどんなところにありますか?

問答無用で人を惹き付けてしまうところです。僕の周囲も、映画を観たあとはずっと彼の話ばかり。いや、俺の話は?って(笑)。もし現場で嫌なやつだったら、僕もこんなふうに言わないです。本当にいいやつ。渡部とイエのラストシーンで、彼はタバコを吸っていますが、吸いすぎてそのあと吐いているんです。あの時代のタバコなんで、フィルターがなくて、ものすごくきつい。ニコチンにやられて、声も出なくなりますし、気持ちも悪くなる。それを彼は真面目にガンガン吸っていました。

「無名」より、ワン・イーボー演じるイエ。

「無名」より、ワン・イーボー演じるイエ。

──観るたびに新しい発見がある「無名」ですが、森さんのお気に入りのシーンは?

すべてのシーンに思い入れがあるんですが、強いて挙げるなら渡部が刀を前に正座しているシーンです。実は切腹しようとするものの、思いとどまるという長いシーンだったんです。撮影中は毎日ホテルの大理石の上に正座して、死ぬこととは?と考えていました。撮影された長いバージョンのものは存在しているんですが、僕自身は観ていないんです。観てみたいという意味で、そのシーンを挙げました。

あとは、ボロボロのワンちゃんが蹴られるシーンですね。実家で飼っていた犬と同じ犬種だったということもあって重なってしまって。爆発が起こるシーンはたまらないです……クレジットにも名前が入っていますが、もう特別賞をあげようよと思います。

──あのシーンに心をえぐられた人は少なくないと思います。

「無名」は心を持っていかれる描写がいろんな場面に潜んでいる。この映画はスパイノワールというコピーになっていますが、愛の物語でもあると思うんです。フーもイエも、ジョウ・シュン(周迅)さん演じるチェンもホアン・レイ(黄磊)さん演じるジャンも誰かを愛している。描かれていないですが、渡部がなぜジャンを助けようとしたのか?と考えると感じるものもあります。大義のもとに何かをやろうとしたときに、守りたい誰かのためにという感情もあるはずなんですよ。それは映画として打ち出しているわけではないですが、そういう側面もある作品だと思っています。

「無名」より、ジョウ・シュン演じるチェン。

「無名」より、ジョウ・シュン演じるチェン。

国境なんてない作品、それが僕がやっていきたいチャレンジ

──海外で仕事をするうえで、森さんはどんなことを大切にしていますか?

このコラムのテーマから外れてしまうんですけど、僕は物心ついたときには、海外にいて、ある意味日本が異国だったんです。8歳で帰国して、日本の学校に入ったときには「外人、外人」と呼ばれた。日本人なのに、日本人だと思われなかった。それで、子供ながらに思ったんです、みんな人間じゃんって。国や人種に違いはありますけど、でも人間としてお互い存在していると思うんです。

中国もアメリカもそうですけど、いろんな文化や風習があって、「この国はこうだ」とか「この人はこうだ」なんて決め付けられない。日本だって地域が違えば文化も違うし、ほんの数km離れただけで、なまりも違う。それを考えたときに、一番大事にしなければいけないのはお互いをリスペクトすること。その国で仕事をするのに、その国を尊重しないのはおかしい。まず相手を理解しなければいけないし、相手との違いを受け入れていく。そのうえで、迎合するわけじゃなく、自分はこうだよというのを出していけばいいと思っています。その中で逆に日本が見えてくることもあるんです。

──海外で仕事をする際、喜びを感じる瞬間は?

やっぱり海外で仕事をすると日本で仕事をしているときよりもはるかに自分との違いに触れる機会が多くなる。仕事の進め方も違う。僕はそんな違いを知って行くことが楽しいですね。

──今後ますます国を越えて、作品を作っていく機会が増えていくと思います。森さんが今後チャレンジしたいことを教えてください。

否定され続けているんですが、ラブストーリーをやりたいんです。でも誰も叶えてくれない。僕の通訳をやってくれる方も「50代の恋愛なんて誰が観たいんですか?」って言うんですよ。ひどいじゃないですか。ジャック・ニコルソンの「恋愛小説家」や「恋愛適齢期」を知らんのか!と。大人のラブストーリーがあって何が悪い!と力説しています(笑)。

──(笑)

あとは、ここのところシリアスなものが続いたので、コメディもやりたいですね。ただこれは、来年公開予定の作品でもう叶ったんです。4カ国語を使う現場だったんですが、誰が何語をしゃべるんだっけ?と混乱したり、話しているうちに言葉が混ざっていったり、面白い現場だった。「無名」がそうであったように、今後、多言語の作品も増えていくと思うんです。そんなときには日本語にも字幕を付けてほしいなと思います。国境なんてない作品、これが僕がやっていきたいチャレンジです。

──新作の情報解禁楽しみにお待ちしています。

日本で公開したいですね。皆さん、ご協力お願いします!

森博之(モリヒロユキ)プロフィール

1968年生まれ、東京都出身。アメリカ・ニューヨーク、カナダ・バンクーバーで過ごしたあと、8歳で帰国。1993年に舞台「煙の向こうのもう一つのエントツ」で俳優デビューを果たす。美輪明宏の主演舞台「毛皮のマリー」などに出演したのち、レーシングカート「Rotax MAX Challenge」に参戦。ピープルシアター公演「蝦夷地別件」で俳優復帰し、ドラマ「谜·途」で中国作品に初参加した。その後、ドラマ「長河落日」や、映画「鉄道英雄」などの中国作品に出演。チェン・アルの監督作「無名」では、メインキャラクターの1人渡部を演じている。

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