ヒット作はこうして生まれた! Vol. 10 [バックナンバー]
「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」松竹映画宣伝部・松浦由里子インタビュー
“追い花”現象の要因に迫る
2024年3月4日 12:10 27
ヒット作の裏側を関係者に取材する本企画。今回は「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」の配給会社である松竹の映画宣伝部・松浦由里子にインタビューを実施した。公開前から観客の熱量を感じていたという松浦。「泣けるラブストーリー」に軸を置いた宣伝展開や、 “追い花”現象の要因について語ってもらった。
取材・
宣伝の軸は“2人の泣けるラブストーリー”とシンプルなものに
──本日はよろしくお願いします。まずは松浦さんが初めて「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」をご覧になった際の率直な感想を教えてください。
最初は2023年6月頃にラッシュ(仮編集の素材)で観たのですが、声を上げて号泣しました。すごく切なくて。
──そうですよね!
2022年の11月頃に上司から「次はこれを宣伝してほしい」と打診を受けたのですが、最初は「またタイムスリップものか」と思って。女子高生が戦時中の日本にタイムスリップして特攻隊員と恋に落ちるという設定に、少し大人が敬遠してしまうような印象があったんです。でも脚本を読んだらすごく心に響くものがいっぱいあって。原作もすぐ読みましたが、やっぱり素晴らしいなと思いました。
──松浦さんが宣伝を計画されるにあたって考えたことはなんでしょうか?
脚本を読むと戦争について深く考えさせられて、今がどれだけ幸せなのかが伝わるのですが、本作は実話ではなくフィクション。なので声高に「戦争反対」「平和について考えよう」という押し付けがましい宣伝はしないほうがいいと思ったんです。
──あくまでも“ラブストーリー”という打ち出し方に絞ったということですね。
実話ではないぶん、そういった宣伝をやるほど嘘っぽく感じられてしまう。ならば宣伝の軸として“2人の泣けるラブストーリー”や、絶対に叶わないであろう“悲恋”というシンプルなものにしようと。キャストの口からも、戦争についての発言というよりは“今ここにある幸せを感じてほしい”というような伝え方をしてほしいとお願いしたんです。あとはシンプルなキーワードや短い文章だったり、きれいだけれども見れば見るほどに悲しさも伝わるようなビジュアルを意識したりしました。
──なるほど。難しさを感じる部分はございましたか?
トンチンカンな映画に見えないように気を付けましたね。やはり「タイムスリップ」という言葉を使うのはどうなのかな? と思いました。その言葉から、本作が単に“時空を超えたラブストーリー”という意味で伝わってしまうのは避けたかったので「目が覚めると、そこは1945年の日本」というような表現に置き換えました。
「花束みたいな恋をした」のときのような状況を作りたい
──恋愛映画としてはさまざまな種類がある中で、本作をどのような位置付けとして考えていましたか?
あくまでも“普通の女の子”の恋愛映画ですね。高校生のときに「
──そうでしたね、とても話題になっていました!
そのときに多くの若い方が劇場に足を運んでいたのに気付きました。「お父さんとお母さんがカップルのときに観に行っていた」とか「この作品を2人で観に行ったら幸せになれるらしい」というふうにTikTokでも話題になっていて「やっぱりみんな泣けるラブストーリーが観たいんだ!」って思ったんです。日本映画でも「
──なるほど、「花束みたいな恋をした」は社会現象にもなりましたよね。
そうですよね! あの作品のような状況を作り出すことが理想でした。ラブストーリーは女性が好むイメージが強いですけど、男性もグループで観に来てくれることがあります。若い人はなかなか映画館に行かないと言われていますけど、必ずしもそうではなくて。ハマる作品であれば観に来てくれるんだと思います。
──本作では戦闘機が登場するアクションよりも会話のシーンが丁寧に描かれている印象でした。
今の時代、サブスクでたくさんのコンテンツを観ていることもあり若い人たちの目が肥えていて、宣伝だけにだまされないんですよ。だから“本当に泣ける”内容でないと受け入れられない。脚本を読んだ宣伝部の若い女の子たちが席で号泣しているのを見たときに「この作品は本物だな」と思いました。原作者の汐見夏衛先生が「今の若い人たちは共感力が高くて、戦争の話をするのを怖がる部分がある。なので、“恋愛物語”に置き換えることで興味を持ってもらえるようにした」とおっしゃっていました。映画でもその切り口が受け入れられたのではないかと思います。
「今の自分を大事にしよう」というメッセージ
──大ヒットを記録することは予想できましたか?
正直ここまでのヒットは予想していませんでしたが、お客様の熱量がとても高いことは感じていました。人気アイドルが出演する作品のような広がり方というよりは、1人ひとりのファンの熱量が少しずつ高くなっていくような雰囲気でしたね。なので、先行試写や完成披露を行ったときに「もしかしたら」とは思いました。最初にしっかりと作品をスタートラインに立たせれば、ある程度の結果は出るかなと。でもまさかここまでとは……(笑)。
──ここまでのヒットを記録した要因としてほかにはどのようなことが考えられるでしょうか?
なかなか一言では言えませんが、世相に合ったことは大きかったと思います。今、本当に戦争が世界では起きていてSNSでも映像が流れてくる。3、4年前よりは戦争に対する意識が高くなったのではと思います。映画を観た方からも「今の自分を大事にしようと思った」「ごはんが食べられること、好きな人と一緒にいられることが幸せ」というメッセージをいただいて、そういう気持ちがここまでのヒットにつながったのではないでしょうか。
──福山雅治さんの主題歌「想望」を耳にする機会も多かったと思います。
私が劇場に観に行ったときも、エンドロールが終わるまで誰も席を立っていませんでしたね。福山さんのチームとは宣伝を開始した当初から連携させていただきました。ご本人も作品にすごく愛情を持ってくださっていたので、ラジオ番組でも本作について話していただいたり、音楽番組で主演の2人と共演していただいたり、ライブで本編映像を使用していただいたり。そういった相乗効果もあったと思います。
製作陣と宣伝チームが密になって施策を構築
──映画公式のTikTokやInstagramのフォロワーがとても多い印象ですが、宣伝の施策として意識されたことはありますか?
そもそも原作がTikTokでバズった小説なので、XとTikTok、Instagramでは投稿内容を変えるなどSNSの展開は非常に意識していましたね。あとは本編映像を公式で発信して、それを好きなように編集できるようにしたり。そうすると作品ファンの方たちが見事な編集をしてくれたり、音楽までつけてくださったりするんです。もともと原作にそうさせるパワーがあるのはわかっていましたから。
映画公式TikTok:短尺動画で本編映像を投稿
──それはすごいですね!
宣伝の1発目としては長めのメイキング映像を解禁して、ネタバレには注意しつつ「ここまで見せるんだ」と思われるぐらい芝居の様子も出したんです。そのときに「この作品はしっかりと撮られているな」と、「百合と彰がちゃんとここにいる」と公開を楽しみにしてくださる方がとても増えた印象でした。また、公開後にも複数のメイキング映像を解禁することで、映画を観た方に「今でも彼らが生きている」と切ない気持ちから「また彼らに会いに行きたい」と思ってもらう狙いもありました。そういう施策の積み重ねが“追い花”現象にもつながったのかもしれません。
「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」メイキング映像
──映像素材を宣伝でも自由に活用できたのですね。
企画プロデューサーの西(麻美)も「どんどん(映像を)出していきましょう!」と言ってくれました。今回は企画部と宣伝チームが密になって施策を構築するなど、うまく足並みをそろえることができたと思います。キャスティングの段階でも意見を聞いてくれたりしました。昨年の4月・5月に撮影して12月に公開するという早いスケジュール感で動いたからこそ、キャスト・スタッフ含め皆が熱量を維持できたのかなと思います。
今の時代に本作がヒットしたということにこそ大きな意味がある
──本作の舞台挨拶やティーチインなども数多く実施されていますね。
今日(2月21日)もこのあとにティーチインを予定していますが、それを合わせると29回ですね。当初はそこまで意識はせず「そういえばたくさんやっているよな」と感じるぐらいでした。お客様の熱量が高い作品なので、基本的にはお客様とのコミュニケーションを大切にしたいと思ったんです。特に水上さんはこの映画をこの時代に公開する意味を常に強く考えている方なので、自分の言葉で話す機会を多く作れたらいいなと。お客様からの質問でも「彰と百合はまた出会えると思いますか」など熱い気持ちが伝わるものが多くて。きっと百合が現代に生きるキャラクターだからこそ、自分に置き換えて観ていただけているのかなと思います。
──昨年は同時期に「窓ぎわのトットちゃん」「ゴジラ-1.0」など戦争を扱う映画が多く公開されましたが、この映画もその内の1本です。
本作は現代に生きる私たちと同じ感覚を持った人が昭和時代に行って戦争を体験する物語なので、そこが普通の戦争映画とは違うのかなと思います。実際に毎日戦争のニュースを見ていて、慣れてしまったり当たり前に感じ始めてしまうのはいけないことですよね。自分たちが何かを思うことで、少しでも変わることがあるかもしれない。本作を観た方は「百合と彰は次に会ったら絶対に幸せになってほしい」と思うはず。今の時代だからこそ受け入れられたと思いますし、こんなにヒットしたということにこそ大きな意味があるのではないかなと思います。
「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」(全国で公開中)
SNSで話題になった汐見夏衛の同名小説を映画化したラブストーリー。学校も家庭も不満ばかりの女子高校生・百合は、ある日母親と喧嘩して近所の防空壕に逃げこむ。翌朝百合が目覚めると、そこは戦時中の日本だった。偶然通りかかった彰に助けられた百合は、町の人々や彰の仲間たちと出会い、徐々に彼の誠実さに心を惹かれていく。
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原作:汐見夏衛『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』スターツ出版文庫