IMAX公開のために制作されたポスター。左から「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」「Oppenheimer(原題)」「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」。

映画と決算 第6回 [バックナンバー]

IMAXの成長戦略とは?世界中に広がる圧倒的な映画体験

「『Oppenheimer』を上映しているからIMAXで観よう」から「IMAXで何を上映しているか?」へ

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米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子がエンタメ関連企業の決算を読み解く連載第6回。今回はここ10数年で日本の映画館にも浸透し、巨大なスクリーンと最新の音響システムで圧倒的な映画体験を提供してきたIMAXを取り上げる。独自の上映システムを開発したIMAXコーポレーションの歴史と最新決算から、映画の未来を読む。

/ 平井伊都子

IMAXは教育目的の上映からハリウッドへ

世界中でPLF(プレミアム・ラージ・フォーマット)と呼ばれる、IMAXやDolby Cinemaなど大画面や高音質を売りにした上映方式が人気を集めています。日本でも、昨年の「トップガン マーヴェリック」や同じくトム・クルーズ主演の「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」、「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」などの作品をPLF上映で堪能した方も多かったのではないでしょうか? 北米で7月21日に公開されたクリストファー・ノーラン監督の最新作「Oppenheimer(原題)」の公開週興行成績8246万ドル(約120億円)のうち、2110万ドルが411スクリーンのIMAX上映によるもので、全体の26.2%を占めました。そのうち全米19スクリーンで行われたIMAX 70mm上映は、97.5%の座席占有率を記録したそうです(※1)。

「Oppenheimer」場面写真(写真提供:Universal Pictures / Photofest / ゼータ イメージ)

「Oppenheimer」場面写真(写真提供:Universal Pictures / Photofest / ゼータ イメージ)

IMAXコーポレーションは、1967年に映画技術者たちによって設立された映写技術とIMAXカメラの開発を行うカナダの企業です。万国博覧会などで上映するエキシビション映像用技術を手がけ、より大きなスクリーンで、より鮮明に、より快適な映像鑑賞体験を追求してきました(実は世界初のIMAX映写機による上映は1970年の大阪万博です)。そういった技術ファーストの企業理念から大きな変革を遂げたのは、1990年代に投資家が買収し、NASDAQに上場してから。教育機関などと組んだ技術開発から、ハリウッドのスタジオへとパートナーをシフトさせていきました。2009年の「アバター」でIMAXの名が世界中に知れ渡り、ジェームズ・キャメロン監督による3D映像を最高画質と音響で観る“IMAXエクスペリエンス”が、PLF鑑賞体験の始まりと言えるでしょう。その流行は年々、映像技術の向上とともに広がっています。

クリストファー・ノーランは“IMAXの宣伝部長”

IMAX社とIMAXカメラの開発を協働するクリストファー・ノーランと撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマは、3時間に及ぶ「Oppenheimer」全編をIMAXフィルムカメラと65mmフィルムで撮影しました。ノーラン監督は、子どもの頃に美術館で観たIMAXの解像度に魅せられ、「ダークナイト」以降IMAXカメラを使った撮影を行い、「インターステラー」「ダンケルク」「TENET テネット」とIMAXカメラで撮るシーンを増やしていきました。“IMAXの宣伝部長”として最高の映像体験を観客に提供することを自身に課し続けているノーラン監督は、「映像のシャープさ、鮮明さ、奥行きは比類なきものです。最も大事なのは、IMAX 70mmフィルムで映写されるとスクリーンが消えるような感覚を味わえることでした。メガネをかけなくても3Dの感覚を得ることができるのです。巨大なスクリーンが観客の視界を埋め尽くし、観客を映画の世界に没入させることができます」とし、IMAX 70mm上映が彼が考える最適な上映形態だと発言(※2)。その結果、世界30カ所のIMAX 70mm上映劇場に観客が殺到しました。

「Oppenheimer」撮影現場より、監督のクリストファー・ノーラン(中央左)とIMAXカメラを覗く撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ(手前)。(写真提供:Universal Pictures / Photofest / ゼータ イメージ)

「Oppenheimer」撮影現場より、監督のクリストファー・ノーラン(中央左)とIMAXカメラを覗く撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ(手前)。(写真提供:Universal Pictures / Photofest / ゼータ イメージ)

配給のユニバーサル・ピクチャーズは、IMAX 70mmフィルム上映、70mmフィルム上映、IMAXデジタル上映、Dolby Cinemaなど様々な種類のPLF上映形態を提供し、7月21日の北米公開日から3週間は北米2490スクリーン(うち70mm対応は19スクリーン)のIMAXシアターを独占し、上映する契約を結んでいました。そのうち多くのIMAX 70mm対応劇場では、8月末まで上映を延長しました。通常版の鑑賞料金に比べて、IMAXなどのPLF上映は追加料金がかかります。例えば、ノーラン組がテスト上映を行い太鼓判を押したLAにあるUniversal Cinema AMC at CityWalk Hollywoodでは、デジタル上映が17.75ドル(約2583円)、IMAX 70mm上映は24.75ドル(約3601円)となっていますが、北米では現在もIMAX 70mm上映のチケットの売り切れが続いています。ちなみにノーラン監督の好みの座席は、「シネマスコープ(アスペクト比2.35:1)では前方寄りの3列目真ん中あたり。IMAX(1.43:1)だと、センターラインよりも少し後ろの真ん中あたり」とのこと。

ジブリ初のIMAX公開も実現、日本アニメの可能性

「Oppenheimer」公開の翌週7月26日に行われたIMAX社の第二四半期決算発表で、CEOのリチャード・ゲルフォンド氏は満足そうにこう述べました。「映画興行が比類なき文化的・商業的な力として再認識され、IMAXが映画技術の最先端でその地位をますます強固なものにしていることを実証いたしました。IMAXのパラダイムシフトがこれほどまでに顕著になったことはありません」。

「君たちはどう生きるか」ポスタービジュアル (c)2023 Studio Ghibli

「君たちはどう生きるか」ポスタービジュアル (c)2023 Studio Ghibli

「Oppenheimer」に限らず、世界中でIMAXなどのPLF上映が興行成績における割合を増やし続けています。日本でも「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」の公開週末の興行成績のうち20%が48カ所のIMAXスクリーンによるものだったと語っています。IMAX上映はハリウッド大作映画だけでなく各国のローカル作品へもリーチを広げ、IMAXシアター全体の売り上げのうち30%を占めています。世界1638カ所のIMAX上映館のうち779館が中国にあり、「封神演義第一部(Creation of The Gods I:Kingdom of Storms)や「流浪地球2 (The Wandering Earth II)」のヒットにより、IMAXの興行収入は前年比150%以上の伸びを示しています。日本ではスタジオジブリ作品として初めて宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」がIMAXでも同時公開されました。IMAX社は日本のアニメ映画に大きな可能性を見出し、新海誠監督の「すずめの戸締まり」が中国のIMAX上映で大ヒットとした事実を受け、「君たちはどう生きるか」は今後世界市場でもIMAX上映を計画しているそうです。IMAX社にとって日本は世界3位の興行成績と、とても高いPSA(Par Screen Average、1スクリーンあたりの興行収入)の優良市場だということ。北米のおよそ2倍のPSAを記録し、2023年だけでイオンシネマに7スクリーンを増設すると発表しています。投資家たちからも、日本と中国の市場展望に関する質問が多く出ていました。「『Oppenheimer』を上映しているからIMAXで観よう」ではなく、「IMAXで何を上映しているか」への移行がIMAXの成長戦略だとゲルフォンドCEOはまとめていました。

鍵は“プレミアムな体験”

北米で劇場を持つNetflixも、最近Dolby Atmosの導入でリニューアルしたNYのパリスシアターで「ビッグ&ラウド」と題した特別な映像体験を約束する70mm上映の特集を行います。Netflixオリジナル作品の「ROMA / ローマ」やテイラー・スウィフトのドキュメンタリー「ミス・アメリカーナ」から、「2001年宇宙の旅」「地獄の黙示録」「トップガン」といった名作、ジャック・タチの「プレイタイム」やアピチャッポン・ウィーラセタクンの「MEMORIA メモリア」といった日本ならミニシアターで親しまれるような作品など、映画ファンなら「70mm上映で観てみたい!」と思わせる垂涎のラインナップです(※3)。

多様なラインナップを揃えることは、現在もハリウッドで続いている脚本家組合と俳優組合のストライキの影響を軽減する手段でもあります。ストライキが長引くにつれて、大作映画の上映延期の噂も聞こえてくるようになりました。IMAX社の決算発表後のオンライン記者懇談でゲルフォンドCEOは、11月3日に北米公開を予定している「デューン 砂の惑星PART2」について、「配給のワーナー・ブラザースと話し合いを行っていますが、本作は長期間の上映を予定しており、来年以降に同様の上映期間を保証するのが難しい状況です」と予定通りの公開を考えているようです。また、ストリーミングサービスのオリジナル作品の劇場配給の道も開かれ始め、Apple TV+ではリドリー・スコット監督の「ナポレオン」とマーティン・スコセッシ監督の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」はIMAXでの上映を決めています。

「ナポレオン」ビジュアル

「ナポレオン」ビジュアル

そのApple TV+を運営するアップルも、“プレミアム体験”を成長の軸に考えています。8月3日に発表された第二四半期の決算では、App Store、Apple Pay、Apple Card、そしてApple TV+、Apple Music、iCloudの全てを含めたサブスクリプション有料登録者が、全世界で10億件を超えたと発表。パーソナルコンピュータやiPhoneなどのハードと、ソフトのサブスクリプションサービスを二大柱に、今季も好調を印象付けました。6月には、北米での価格が約3500ドル(約51万円)のVRヘッドセット、Vision Proの発売を発表。このヘッドセットは、アップル初の3Dカメラ搭載で写真やビデオが撮影できるとともに、横幅100ft(約30m)ほどの“パーソナル映画館”として機能するようです。発表会にディズニーのボブ・アイガーCEOも列席し、2024年初頭のVision Proの北米発売開始時には、ディズニープラスのサービスも全てVision Proに対応すると発言しました。文字通り、PLFのような臨場感溢れる映像を自宅で、一人でも体験できるようになるとか……。劇場もストリーミングも、飽和状態の市場を勝ち抜くにはプレミアム体験がキーワードになりそうです。

Apple Vision Pro使用イメージ。

Apple Vision Pro使用イメージ。

※1 IMAX_2023_Q2_Financial_Results_Presentation_R3
※2 Christopher Nolan breaks down the best ways to watch a movie, ahead of his 'Oppenheimer' release | Associated Press News
※3 BIG & LOUD | Paris Theater

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平井伊都子

アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)に所属。

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SYO @SyoCinema

面白い記事だった。勉強になる

Apple TV+が劇場上映に力を入れていくというこの記事と合わせて読むとよりワクワクするかも

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IMAXの成長戦略とは?世界中に広がる圧倒的な映画体験 | 映画と決算 第6回 https://t.co/knJAo5eupb

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