映画界で活躍した人々の功績や魅力に迫る連載「レジェンドの横顔」第5回では、プロデューサーであり、映画製作・配給会社スターサンズの代表取締役社長でもあった河村光庸をフィーチャー。前編では映画監督・藤井道人に「新聞記者」「ヤクザと家族 The Family」「ヴィレッジ」などでタッグを組んだ河村とのエピソードを語ってもらった。
後編には映画宣伝プロデューサー集団・キコリの一員である石山成人が登場。河村の人となりや映画宣伝に対するこだわり、亡くなる前日のやり取りなどについて聞いた。
取材・
なんかいかがわしい人だな……と思っていた
──石山さんと河村さんの出会いを教えてください。
実は河村さんとは長くて、最初は2012年公開の「
その次が「
──石山さんの河村さんに対する第一印象が、藤井さんと同じですね(笑)。
そうそう。藤井さんのインタビューを聞きながら「同じこと言ってる!」と思いました(笑)。藤井さんはよく河村さんに宮益坂のパン屋に呼ばれた話をしていますが、僕もそうで。基本は全然関係ない話ばっかりなんだけど、その中でわりと大事な話が出てくる。そういうコミュニケーションを取る人でしたね。でもやっぱり、常にいかがわしい(笑)。
70歳のおじいさんと話している感じが全然しない
──(笑)。そんな石山さんが思う、河村さんの魅力とは?
河村さんと藤井さんは親子くらい歳が離れていますが、自分もけっこう開いているんです。でも、70歳のおじいさんと話している感じが全然しない。普通に若い人と話しているような感覚で接していました。そんな感じだから、喧嘩みたいになっちゃっても全然怖くないんです(笑)。
だいたい、70歳くらいの人を怒らせちゃったら怖いじゃないですか。でも河村さんは全然そんなところがないから、仕事中に言い合いになっちゃってもスッキリして、次の日にまた同じように侃々諤々と意見を闘わせられる。「面白いからやらないといけない」という思いが強く、とにかく映画に対して無邪気で、一生懸命な人でしたね。若いクリエイターからも尊敬されるゆえんだと思います。
──いいものを作りたいというエネルギーが強いというか。
藤井さんの作品もそうですが、「
──河村さんは「民衆を信じる」というか、攻めた映画であってもこれを世に出すことで受け入れてくれる人がいる、という前提をお持ちのように感じていました。
本当にそうですね。「ソーシャルグッド」という言い方が当てはまるかなと思いますが、世の中に対して自分はこう役立ちたいとか、映画は人々にこういうインパクトを与えられるんだと信じていた。スターサンズのファンって、泣けるとか笑えるとか単純なものじゃなく、心に刺さってもやもやするような作品を愛していると思います。それが「何かを遺す」ということにつながってくるんですよね。
「とんでもないオヤジがいる」というパワー
──河村さんは宣伝物に対してもこだわりがすごかった、と伺いました。
そうですね。河村さんはやっぱり相当強いイメージを持って映画を作っていたと思います。僕は宣伝プロデューサーですが、スターサンズの作品はほぼ企画段階から関わっています。なぜかというと、河村さんが「制作と宣伝はシームレスにつながっているから1人の人間が見たほうがいい」と言ってくれたから。
──通常、宣伝チームは途中段階から関わることが多いですもんね。
河村さんは映画という“商品”に対して考えがはっきりしていて「最初から宣伝をやるんだよ」という人でしたね。スターサンズ以外に、宣伝の立場から企画・制作に意見を言える場はなかったように思います。
その遺伝子は、藤井さんも受け継いでると感じます。だから一緒に仕事をしていて気持ちがいいんですよね。
──「
普通の現場ではちょっと考えられないことですよね(※通常、別途ポスター撮影用の日程を取ることが多い)。しかも、その場を宣伝が全部仕切らなければならないのかと思いきや、撮影本隊が全面的にサポートしてくれて「石山さんやってください」と進めてくれる。みんなまねしてほしいくらいで(笑)。
──「ヴィレッジ」の本ポスターを見ていても、俳優部の皆さんが役に入っているから圧が違うといいますか。ビジュアルとして強い。
そうした仕事の進め方は、河村さんがもともと映画畑の人じゃないというのも大きいと思います。彼自身がエリマキトカゲとかヨガとかエアロビクスとか出版社とか、いろいろな商売を経験してきたことでマーケティングセンスが培われているから、その視点で慣例化した映画作りを見たときに「これはおかしい」と思ったものをどんどん変えていったんじゃないでしょうか。
しかも、それをやっているのがおじいちゃんだから、みんな許しちゃうみたいなところがあって(笑)。僕くらいの年齢の人が言ったら生意気と思われて通らないようなものを、河村さんは通しちゃう。そのケツを拭くじゃないけど、佐藤順子さんや行実良さんといったプロデューサーが控えている、という役回りがちゃんとできていましたね。「とんでもないオヤジがいる」というのは、良くも悪くも非常にスターサンズ映画のパワーになっていました。
「頼むよ!」
──河村さんの訃報を受けた際のお話も伺ってよろしいでしょうか。
実は僕は河村さんと亡くなる前日に自宅で会っていて、「ヴィレッジ」の打ち合わせをしていました。体調が悪そうだな……と感じて早めに切り上げようとしたのですが、そうしたらビジュアルや作品の中身にどんどん突っ込んでくるんです。それで結果的に遅くなってしまって「じゃあ失礼します」と玄関に向かったら、河村さんが背後から「頼むよ!」と声をかけてきて。そのときは「ずいぶん大きい声を出すなあ」と思ったのですが、今となっては最後のメッセージだったのかなと感じています。
死を悼む一方で「もったいないな」という感情もありますし、今動いているものも含めてたくさんの企画があるのでそれをこれから形にしていかなければという気持ちです。
──石山さんご自身は、どんなものを河村さんから受け継いだと感じていますか?
先ほど軽くお話しした「ソーシャルグッド」という感覚ですね。ウケればいい、売り上げが上がればいいという感覚だとやっぱり人って動かせない。彼なりの正義が世の中に対して強くありましたし、いかがわしいと言いながら(笑)、そういった部分はすごく尊敬しています。僕自身のビジネス感にも影響を与えた存在ですね。
河村さんは映画以外にも発電の事業をやっていて代替エネルギーを研究したり、保育園の運営や赤ちゃん用のアイテムの開発も進めていました。それらはだいたい「世の中がよくなるように」という目的で行っていました。
映画界においては、間違いなく変革者でした。滅びゆく中規模クラスの映画のビジネスモデルを持っていたんですよね。ビッグバジェットとアートハウスの中間の作品は、日本では「市場的に厳しい」とどんどん作られなくなっていった。そんな中で「スターサンズ」というブランドを貫きつつ、賞を獲得し、Netflixとも仕事をしていたわけですから。そうするといい監督や役者が集まってくるんですよね。
「原作が何部売れました」とか「この監督や役者は過去にこういう作品に出ています」といった組み合わせとはまったく違う映画の作り方をしていました。
──インプットも積極的でしたよね。A24の話を注釈なしでできたし、こちらが知っていることをどんどん引き出してくれる。
フットワークが軽かったですよね。最初は「知らない」というところから入るんだけど、若い人が「当たり前じゃん」と思っているようなことでも全然気にせずに聞いてくる人でした。
映画は河村さんがこれまでやってきたどの商売よりも儲からなかったかもしれないけど、すごく面白かったんじゃないかな。彼は「映画こそ自由であるべきだ」という名言を残していますが、自分の考えの発露として映画というメディアが適当だったんだろうなと思います。
いろいろな映画会社がありますが、ハラハラドキドキとか笑える・泣けるだけじゃない映画がちゃんと存在していないといけない。河村さんは常に世の中に対して映画が何をできるかを考えていて、食事の際に聞いたアイデアなどであとから「あっ、あの話だったのか!」と思うようなことがたくさんありました。
河村光庸(カワムラミツノブ)略歴
1949年生まれ。2008年に映画製作・配給会社スターサンズを設立し、「牛の鈴音」「息もできない」などを配給。エグゼクティブプロデューサーを務めた「かぞくのくに」で、著しい功績を上げた映画製作者に贈られる藤本賞の特別賞を受賞した。そのほかの主な製作作品は「あゝ、荒野」「愛しのアイリーン」「新聞記者」「宮本から君へ」「i-新聞記者ドキュメント-」「MOTHER マザー」「ヤクザと家族 The Family」「パンケーキを毒見する」「空白」「ヴィレッジ」など。2022年6月11日、心不全により72歳で死去した。
石山成人(イシヤママサト)
1967年生まれ。1999年に株式会社ギャガ・コミュニケーションズに入社。「キル・ビル」「シカゴ」「オペラ座の怪人」などの作品の宣伝プロデューサーを務め、2005年からは現在所属している宣伝プロデューサー集団キコリへ。スターサンズ作品では、2012年公開の「ピラミッド 5000年の嘘」から関わり、藤井道人監督作品の「新聞記者」では共同プロデューサーとして参加、そして「ヤクザと家族 The Family」「ヴィレッジ」では宣伝プロデューサーを担う。
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これはマジで読んでほしい
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