「ONE PIECE FILM RED」ビジュアル

ヒット作はこうして生まれた! Vol. 9 [バックナンバー]

「ONE PIECE FILM RED」プロデューサー・梶本圭インタビュー

Adoという存在、原作の展開、時代背景…すべてのピースがハマった

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ONE PIECE FILM RED」の見放題独占配信が、Prime Videoにてスタートした。2022年8月6日に公開された本作は、同年の興行収入1位を達成したのち2023年1月29日に終映を迎え、国内での興行収入は197億円、観客動員は1427万人を突破したことが発表された。2022年の東映の年間興行収入が歴代最高の325億円であることからも、その大ヒットぶりがわかるだろう。

ヒット作の裏側を関係者に取材する本企画では、「ONE PIECE FILM GOLD」「ONE PIECE STAMPEDE」に続き、「ONE PIECE FILM RED」が3作目のプロデュース作品になる梶本圭(フジテレビ)に話を聞いた。彼によると今作のヒットの要因としては、「ONE PIECE」を知らない新しい層にも届けようとする意識だけでなく、ウタの歌唱キャストを担当したAdoという存在、原作の盛り上がり、時代背景とのリンクなど「すべてのピースがハマった」ことが大きいという。

取材・/ 松本真一

100億という数字を目指すなら、今まで来ていないお客さんにも来てもらわないといけない

──「ONE PIECE FILM RED」は、2022年の興行収入1位。歴代の「ONE PIECE」映画の中でも頭ひとつ抜けたヒットとなりました。

今まで「ONE PIECE」の映画の興行収入は、最大で「ONE PIECE FILM Z」の68億円だったんです。尾田さんも含めた打ち合わせで「次は100億を超えるような映画にしたいね」っていう目標を定めたところから「FILM RED」は始まったんですけど、その倍ぐらいまで積み上がって。想像をはるかに超えた数字になったなと。

──企画の始まりとしては、前作の「ONE PIECE STAMPEDE」が終わってすぐという感じでしょうか?

いえ、2019年2月ぐらいだから「STAMPEDE」公開の半年前からですね。そこから半年ぐらいかけて、脚本の初稿ぐらいまでいったんです。でもそこで尾田さんが「この内容だと100億は難しいんじゃないか」「ゼロにしてもう一度みんなで考え直しましょう」と。原作者としてだけじゃなく、プロデューサーとしての感覚なんでしょうね。なかなかできない判断ではあると思います。

──厳しいですね……。その初稿までの脚本は、梶本さんから見ると面白そうなものでしたか?

はい。でも今までは68億がマックス。「ONE PIECE」が好きな人が観に来て68億なら、残り32億はどうするんだと。100億という数字を目指すにあたっては、今まで来てないお客さんにも来てもらわないとその数字にはならない。そういうところで考えると、今思えば確かにあの内容だと難しかったかもしれないなと。

──言い方は悪いですけど既存の映画の延長というか。

そうですね。もちろん要素としては今までの作品プラスアルファはあったんですけど、それも結局はあくまで「ONE PIECEを好きな人がより興味を持ってくれるのでは」という要素だったかもしれないです。

──では今回は本当に、とにかく「ONE PIECE」ファン以外に届けようという意識が強かったわけですね。

もちろん今まで観に来てくれた人はしっかり来ていただかないといけないっていうのはありつつ、さらに新規の層に届かせるっていう、2つを合わせたもので考えてましたね。

──そこで生まれたのがシャンクスの娘・ウタというキャラクターだった。

1回ゼロになったところで、尾田さんから「今回は敵役の場所に女の子を置いてみたらどうでしょうか」と提案がありました。

──映画の第1報のときに、尾田さんが「映画で伝説のジジイ描くのもう疲れたんだよ!笑 ちょっと女子描かせてくれ!」とコメントされてましたが、女の子を出すのは尾田さんからの提案だったと。

そうです。そこでこれまでとはまったく違う発想が生まれるんじゃないかっていう。

「ONE PIECE FILM RED」公開が決定した際に発表された、尾田栄一郎のコメント。

「ONE PIECE FILM RED」公開が決定した際に発表された、尾田栄一郎のコメント。

──シャンクスの娘という設定も尾田さん案なのでしょうか。

そこは我々からでした。

──シャンクスは原作に大きく関わってくるキャラなので、尾田さんにその提案をするのはプレッシャーがありそうですね。

設定を作る中で、尾田さんからは「僕を困らせるぐらいのものを準備してください」「そういうものを投げかけてください」という注文があったんです。今までの「FILM」シリーズ(「ONE PIECE」劇場版の中でも、尾田が製作総指揮・総合プロデューサーとして関わっているもの)でも何かしら原作とのリンクは欲しいと思ってるし、「原作のこのキャラはまだ掘り下げられるんじゃないか」「原作で通り過ぎたけど、ここの話の隙間で何かあったんじゃないか」とかは、みんなで考えるんですよ。

──「この海賊団の過去はまだ原作に出てきてないですよね」みたいな。

そうですね。そういうのを持ち寄って、「ここを一緒に膨らましませんか」という話は尾田さんにするので、ウタのときも「これぐらいの設定だったら尾田さんも『おお』ってなるんじゃないか」と思いながら準備しました。そして我々が最初に提案した時点では、シャンクスが映画に登場することまでは想定してなかったんです。ルフィとシャンクスが再会できるかどうかっていうのは、さすがに原作でも重要な話だからタッチできないなと。でもシャンクスの娘という設定を尾田さんに出したら「だったらシャンクスを出さないわけにはいかないですよね。どうやって出しましょうか」という提案もいただきました。

──結果的には、シャンクスはちゃんと出番があって、ルフィとは再会こそしてないけど……という絶妙な落としどころでした。

そうですね。そこは脚本の黒岩(勉)さんが素晴らしいアイデアを提案してくれたおかげです。

「ONE PIECE FILM RED」より、シャンクス。

「ONE PIECE FILM RED」より、シャンクス。

尾田さんからの「皆さん、覚悟はできてますか」

──シャンクスに娘がいたことが発覚して、ルフィの幼なじみだったという設定は衝撃が大きいというか、歓迎しないファンも少なからずいたと思います。

はい。でももちろん設定ができた時点で、プラスな反応ばかりだけではないだろうけど、話題を呼ばないと意味がないというのはありました。

当初「謎の少女」とだけ発表されていたウタ。のちに「シャンクスの娘」と明かされた。

当初「謎の少女」とだけ発表されていたウタ。のちに「シャンクスの娘」と明かされた。

──「娘ってどういうこと? 映画を観てみよう」となりますからね。女の子を出すのは尾田さん案、シャンクスの娘という設定は映画側からの提案ということでしたが、ウタの「歌姫」という要素はどちらのアイデアでしょう。

それもこちらからです。でもそこはすごく紛糾したというか。僕は過去2作で尾田さんと一緒にお仕事させていただいたんですけど、音楽へのこだわりが非常に強い方なんですよね。歌をモチーフにすると大変なことになるぞというのは僕らもわかっていましたし、尾田さんからも「皆さん、覚悟はできてますか」って言葉はいただきました(笑)。

──(笑)。

でも新しいことに挑戦していかなくては100億という壁は突破できないということで、みんなで覚悟を決めていこうじゃないかと。

──じゃあ本当に、新しいこと、大変なことにチャレンジして、いい結果が出たわけですね。

そうですね。でも本当に「チャレンジしないとこういう結果にならない」ということも学べました。尾田さん自身が原作でどんどん新しいことにチャレンジしていっています。そこが「ONE PIECE」の魅力の1つであり、みんなが惹き付けられる部分だと思うんですよ。それは映画にも通ずるというか、エンタテインメントを作っていくうえで、我々が見失ってはいけないこと。その原点に戻ってしっかり考えるのが大事だったのかなと。

「こんなにすべてのピースがハマっていくものなのか」

──なるほど。そしてウタの歌唱キャストにAdoさんが起用され、数多くの人気ミュージシャンが楽曲を提供して大きな話題となったことも、本作の大ヒットの理由の1つかと思います。映画の中心となるキャラだけに、選考はかなり難しかったのでは。

まず尾田さんとしては、とにかくみんなが聴いて驚くような歌声を持った人をここに配置したいというのがありまして。ちょうど「うっせぇわ」が世の中にバーッと出てきてた頃にAdoさんの名前が挙がったのかな。その1曲だけだと我々も判断が難しかったんですけど、そのあと彼女がリリースしていく曲を先行して聴かせてもらったら、全然違うテイストでも歌い上げていて、「あ、ものすごく幅のある方なんだ」と。今回は幅だらけのいろんな楽曲を用意しようと思っていたので、これはいけそうだぞと。そしてAdoさんもなかなか謎に包まれた方というか、生活スタイルもウタに似ている部分があったりして。

「ONE PIECE FILM RED」より、ウタ。

「ONE PIECE FILM RED」より、ウタ。

──ウタは配信で人気になった歌姫で、劇中の冒頭でのライブで初めて観客の前に姿を現します。歌唱力、表現力だけではなく、そういったキャラクターもハマっていました。

黒岩さんのこだわりとして、映画では単に「ONE PIECE」の物語を描くだけでなく、現代で起きていること、今の若者や世界が抱えることを脚本にしっかり落とし込みたいっていうことはおっしゃっていました。そういった意味ではAdoさんという歌い手はぴったりでしたね。

──「FILM RED」は、原作ではあまり描かれていない「民衆はいつ海賊に襲われるかという不安を抱えている」ということにも触れられてますよね。その中で、人々はウタの配信を観て元気をもらっているというお話で、非常に現代とリンクしているなと感じました。でもAdoさんありきでプロットができたわけではないんですよね?

そうですね。物語先行で制作していく過程でAdoさんとリンクしました。ちなみに「民衆が海賊に襲われる不安」という民衆から見える海賊像は谷口(悟朗)監督のこだわりポイントの1つですし、これもまた新しい要素ですね。

──Adoさんの起用が決まってから脚本に反映しようとか、こんなに表現力があるなら音楽要素をもっと増やそうみたいな部分もなく?

それはないですね。脚本にも最初から歌う場面は書かれていたので。

──Adoさんのキャラクターありきじゃないとこんな話にならないのでは、でも企画が立ち上がったときはまだAdoさんは世に出ていなかったはず……と不思議に思ってたんですが、全部奇跡的にハマったんですか。すごい。

はい。「こんなにすべてのピースがハマっていくものなのか」というぐらいきれいにいろんなことがそろいました。高い目標があって、そこを目指すために全員が同じ方向を向き、努力した結果でもあります。

──そういう意味では、映画の公開前に原作が「最終章突入」を宣言して盛り上がったのもすごいタイミングでしたよね。

そうなんですよ。こんないいタイミングがあるのかと。それは計算してできるものではないんで。公開までの半年ぐらい、原作ではワノ国編が終わったり、ルフィのギア5が出てきたり、原作がとてつもなく盛り上がっていましたよね。それも映画のヒットの要因になってると思います。

──シャンクスって原作では大きな話と話の間ぐらいにしか登場しないんですが、ちょうどワノ国編が終わって、映画公開直前になる8月1日発売のジャンプで出番があって、しかもウタの曲名にかけたかのように「新時代」という言葉を発してたのが、すごいタイミングでした。映画がこれだけヒットしたのは、最初に言っていた「新しいファンに届かせたい」という思いが叶ったということだと思うんですが、やはりAdoさんの起用は大きかった?

そうですね。Ado さんが出てくれて、しかもAdoさんが歌を7種類も歌うというのは、映画を世の中に広めていくうえではすごく大きな役割をしていただいたなと。「ONE PIECE」ファンはどうしても10代、20代がウイークポイントなんです。少年マンガではあるんですが、連載は25年も続いてるので。でもAdoさんは「うっせぇわ」で世に出てきたときから、幼稚園児から大人までみんなが認知してくれてますからね。

──ウタというキャラも子供に人気がありそうです。

ウタは女の子に強いとは思ってたけど意外と男の子にもハマる子が多いみたいです。僕も小学生の子供がいますが、周りの友達も「3回観に行ったよ」「5回目観に行くよ」みたいな子供がいました。尾田さん自身「子供にもっと知ってほしい」っていう気持ちを持たれている方なんですが、今回の映画をきっかけに子供のファンがものすごく増えましたね。夏休みっていうのも大きかったと思います。

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土日の興行収入を聞いて「これはちょっととんでもないぞ」
(c)尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会

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東郷 秀國 @dde105hide

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