映画と決算 第1回 [バックナンバー]
Netflixは株価急落でどう変わる?
広告プランの導入、アカウント共有の厳格化……決算報告から2023年の大改革を読み解く
2022年8月2日 12:30 6
今年4月、初めての大幅な会員減を発表し、株価が急落したNetflix。右肩上がりの成長を続け巣ごもり需要で会員数を伸ばし、コロナ禍が収束に向かう中でのショックだった。エンタメ業界の地殻変動を予感させた第1四半期(Q1)の決算発表から3カ月。次なる動きが注目を集めるNetflixは7月19日、投資家向けにQ2の発表を行った。映画ナタリーは米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子がエンタメ各社の最新動向から、映画の未来を占う不定期連載をスタート。初回では変革が迫られるNetflixの決算報告を読み解く。
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最悪の状況は脱した
上場企業が四半期ごとに発表している決算報告。経済メディアなどでは投資情報としての側面がクローズアップされがちですが、アメリカのエンタメ企業の発表には、業界の未来を占う“イースターエッグ”がたくさん含まれています。企業が投資家に対し、「うちの経営は健全で、展望も明るいんですよ」とプレゼンする場でもあるので、これから打つ手をチラ見せし期待を煽る目的があるからです。Netflixなど上場企業の決算報告は企業投資情報ページにアップされていて、投資家による経営陣へのインタビューも公開されています。「イカゲーム」が文字通り世界を風靡した2021年10月の第3四半期決算インタビューでは、CEOと財務担当者がイカゲームのジャージを着て登場しました。
今年4月に行われたNetflixの第1四半期決算発表。ロシア情勢とエンデミックの影響を受け新規会員数が大幅に落ち込み、さらに第2四半期での200万人減を予想したことから、株価は決算発表直後に下落。Netflixは、1日で時価総額約540億ドル、日本円にして約6兆9000億円を失い、2021年11月に690ドル超の高値をつけた株価は180ドル代まで落ち込みました。7月19日に発表された第2四半期決算では、会員数減は100万人に留まり、営業利益や利益率は予想を少し上回りました。それによって株価は上がり、最悪の状況は脱したようです。右肩上がりの成長を続けてきたNetflixですが、巨額の制作費を投入した魅力的なコンテンツで有料会員を増やすビジネスモデルは、「いつまで資金がもつの?」と投資家の間で疑問視されていました。それでもパンデミックの巣ごもり需要による後押しや、「クイーンズ・ギャンビット」や「イカゲーム」の世界的大ヒットなどによって、ビジネスモデルの移行猶予が延び延びになっていたと考えられます。
待ち受ける2つの変革
第1四半期のショッキングな決算を受け、Netflixは2つの大きな変革を打ち出し、第2四半期決算報告ではより具体的な計画が発表されました。株価や時価総額などのお金にまつわる話は経済メディアにおまかせして、ここから先は映画ナタリー読者、エンタメファンに直接関係してくる、近いうちに起こる変化をみていきましょう。
第一の変革は、広告モデルの導入。来年にも、現在のベーシック(日本市場価格990円)、スタンダード(同1490円)、プレミアム(同1980円)よりも低価格の、広告つきプランが誕生します。リード・ヘイスティングCEOはかねてからストリーミングの広告の猥雑さを嫌い、会費で運営するサブスクリプションモデルに固執していましたが、会員の選択肢を増やすこともテレビ改革の一つだと考えるに至ったと告白しています。広告導入にあたり、マイクロソフトを技術・広告販売パートナーに迎え、地上波テレビよりも優れた広告モデルを目指すというのが、Netflixらしい参入方法と言えます。Netflixがいままで起こしてきたエンタテインメントの改革──タブーのないストーリーテリング、シリーズの一気配信、ユーザーの視点に立って考えられたインターフェースや使用感などを考えると、斬新なやり方が期待できそうです。
もう一つは、アカウント共有機能の厳格化。スタンダードより上のプランには、複数の同時視聴可能アカウントを追加することができます。本来は“家庭内での共有”に限られていますが、実態は友人や恋人とアカウントを共有しているユーザーが多く、その数は世界で1億件以上とも言われています。昨年のハロウィンには、ロサンゼルスのNetflix本社前に掲げられているビルボード広告に、この状況を皮肉ったコピーが登場しました。「元カレ元カノを驚かせよう。パスワード変更」。
具体的には、同一世帯外のアカウント追加に上乗せ料金を設定し、すでに南米の数カ国ではテストが行われています。Netflixの会員は世界中どこにいてもサービスを利用できるのが利点の一つですが、技術担当役員はその点も考慮したいと語っています。広告付きプランもアカウント共有方法の変更も、早ければ2022年中、2023年はじめにはいくつかの国で開始されるそうです。
経営陣の注目作品は?
決算報告ではエンタメファンなら気になる最新情報も語られています。コンテンツ最高責任者(CCO)のテッド・サランドス氏は、7月22日より配信されている「グレイマン」を例に挙げ、「通常、このようなアクション大作映画は時間とお金をかけて劇場へ出向かないと観られない作品でした。そして、Netflixにはこの他にも新しいドラマや映画がたくさん控えています。景気が後退すると、視聴者はNetflixの恩恵をさらに強く感じてくれることでしょう」と述べています。それを踏まえ、経営陣が現在注目している作品を挙げていました。
リード・ヘイスティング(CEO)「心と意識と: 幻覚剤は役に立つのか」
テッド・サランドス(コンテンツ最高責任者、共同CEO)「グレイマン」
グレッグ・ピーターズ(プロダクト担当COO)「アンブレラ・アカデミー」
スペンサー・ニューマン(財務担当CFO)「ストレンジャー・シングス 未知の世界」「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」
スペンサー・ワン(財務担当副社長)「Glass Onion: A Knives Out Mystery(ナイブズ・アウト2)」
ほとんどは配信中の作品ですが、注目は財務担当の2人が選んだ「ナイブズ・アウト2」と「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」。「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」は2019年に劇場公開されて大ヒットを記録、Netflixが続編の権利を4億6,900万ドル(約635億円)で獲得しています。「ナイブズ・アウト2」は9月に開催されるトロント国際映画祭でワールド・プレミアを控えていて、今年後半の目玉作品になることでしょう。韓国のドラマシリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」は配信開始から徐々に人気を集め、7月に入り世界視聴時間ランキングの非英語シリーズ部門で2週連続1位を記録しています。韓国作品が強いアジア諸国だけでなく、南米、アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドでもTOP10に入り、「イカゲーム」や「今、私たちの学校は…」など刺激の強い作風ではない作品も世界的人気を集め始めていることに、財務担当者も注目しているのでしょう。
これは何を表しているのか……そんなことを想像するのも、決算報告の楽しみ方です。次回以降、MGMを買収し映画スタジオとして一段と大きくなったAmazonや、Disney+の追い上げが気になるディズニー、「コーダ あいのうた」でストリーミング作品として初のアカデミー賞作品賞を受賞したAppleなどの決算から、最新情報をつかんでいきたいと思います。
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- 平井伊都子
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アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)に所属。
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