ホラーを語るリレー連載「今宵も悪夢を」 第16夜 [バックナンバー]
選者 / 野水伊織「ザ・ヴォイド 変異世界」
1980年代に回帰する、ぬくもりあるボディホラー
2022年5月6日 21:00 5
ホラーやゾンビをこよなく愛する著名人らにお薦め作品を紹介してもらうリレー連載「今宵も悪夢を」。集まった案内人たちは身の毛もよだつ恐怖、忍び寄るスリル、しびれるほどの刺激がちりばめられたホラー世界へ読者を誘っていく。
第16夜は、肉体の変容を描く“ボディホラー”に惹かれてやまない
文
ぬるぬるテラテラ妖しく光る肉体、ぎこちなく動く触手
子どもの時分フランツ・カフカの「変身」を読み、「朝起きたら虫になっていた」というその話に震えた。自分の身体が全く別のものに変わってしまうのは、絶対に嫌だし恐ろしい。
それなのにデヴィッド・クローネンバーグの「ビデオドローム」を観て以来、どういうわけだか肉体の変容を描いたボディホラーに惹かれて仕方ない。
ドロドロに蕩けた肉が絡み合う様は、恐ろしさのみならずエロティシズムを孕んでいる。他人の体内に入り込んだような、セックスにも近しいような、危ういバランスで成り立っているように感じる。実際その肉塊のど真ん中に居る登場人物たちは、皆総じて恍惚とした表情を浮かべているのだ。
「ああはなりたくない」という思いと高鳴る鼓動の二律背反が、いけないものを観ているような背徳感を煽るから、まぁタチが悪い。
スチュアート・ゴードン監督「フロム・ビヨンド」、ブライアン・ユズナ監督「ソサエティー」などのグチャドロインモラルパーティーを経て、私はすっかりその虜となってしまった。この辺りは廃盤かつ配信も無いので、物理的な意味で人には勧めにくいのが残念なくらいだ。
そうして私に刺さるまだ観ぬボディホラーは無いものかと探していたところ、「これは観ましたか?」と、「サイコ・ゴアマン」つながりで勧めてもらい「ザ・ヴォイド 変異世界」と出会った。
主人公の保安官は、道で倒れていた男を病院に連れて行く。すると謎の白装束集団が病院を取り囲み、病院内には謎のクリーチャーが現れる……。という、文字に起こすとトンデモあらすじの作品だ。
先に挙げた作品群と比べると、グチャドロ的な粘度は低いしボディホラー色もそこまで強くはない。だが、人々が変容したクリーチャーのビジュアルや動きには目を見張るものがある。クラウドファンディングで資金を集め、クリーチャーはアナログの手法でつくったという。
ぬるぬるテラテラ妖しく光る肉体、ぎこちなく動く触手。まさに「フロム・ビヨンド」やフランク・ヘネンロッター監督「バスケット・ケース」などの80年代のホラー映画に回帰する生き物に仕上がっている。
特にクライマックスに登場する、とある人物が変容した姿がことさらに良い! 濡れた瞳の粘液まみれのゴリラを四つん這いで歩かせたような姿なのだ。その人物のことを考えると、「こんなモンになっちまって……」という想いもあり、少し切なくなるのもポイントが高い。
いやー、00年代以降の作品でこうしたアナログのぬくもりあるホラーに出会うと、無条件で大好きになってしまうなぁ。
なんだかんだすっかりアナログクリーチャーの魅力を語ることになってしまったが、肉体の変容というジャンルも間違いなく包括している。
監督を務めた
最後の最後に訪れる、ルチオ・フルチ監督「ビヨンド」のようなラストシーンには慄くぞ。
野水伊織(ノミズイオリ)
北海道出身、声優。2009年放送のアニメ「そらのおとしもの」で本格的に声優としてのキャリアをスタートさせ、以降テレビアニメ「デート・ア・ライブ」「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」、ゲーム「艦隊これくしょん-艦これ-」に参加している。現在は配信番組「まろに☆え~るのYouTube LIVE」に出演中。
「ザ・ヴォイド 変異世界」(2016年製作)
ある夜、パトロールに出ていた保安官ダニエルは、血まみれの姿で道路に立っている男を見つける。男を追い、人里離れた田舎の病院にたどり着くと、そこには「人間ではないもの」に変身しようとしている患者と病院関係者がいた。さらに病院は、大型ナイフを持った白装束のカルト集団に包囲されてしまう。
監督・脚本は「IT」シリーズに携わったジェレミー・ギレスピー、「サイコ・ゴアマン」を手がけたスティーヴン・コスタンスキが担当。出演には
「ザ・ヴォイド 変異世界」DVD販売中、デジタル配信中
税込価格:DVD 4180円
発売元:彩プロ
販売元:TCエンタテインメント
※「ザ・ヴォイド 変異世界」はR15+指定作品
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野水伊織 @nomizuiori
#映画ナタリー さんでのリレー連載コラム #今宵も悪夢を 第16夜は、『ザ・ヴォイド 変異世界』について書かせていただきました!
私がグチャドロボディホラーが好きな理由と、アナログ手法のクリーチャーはイイぞ!というお話です。
『サイコ・ゴアマン』の監督コスタンスキ氏の作でもあるのでぜひ! https://t.co/lOTztzJFrF