奈良橋陽子

国境を越えて活躍する日本人 第2回 [バックナンバー]

奈良橋陽子(後編):MIYAVIや菊地凛子のキャスティング秘話、さらなる夢も語る「映画を作りたい」

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日本にまつわる映画や、日本人俳優が出演する海外作品のキャスティングを担ってきた奈良橋陽子。前回はキャスティングディレクターとして歩むようになった経緯を紹介したが、後編では「太陽の帝国」「ラスト サムライ」「バベル」といった作品から、最近では「不屈の男 アンブロークン」「アースクエイク・バード」「Giri / Haji」「MINAMATA-ミナマタ-」などのキャスティングを担当した彼女に、具体的なエピソードと今後の展望を聞いた。

取材・/ 平井伊都子

カリスマ性があり、強い印象を与えられるMIYAVI

──具体例を挙げてお聞きすると、例えばアンジェリーナ・ジョリー監督作「不屈の男 アンブロークン」に出演したMIYAVIさんは俳優ではなく、本業はミュージシャンですよね。

ミュージシャンは音を聴く力があります。非常に耳の感覚がいいんです。音楽で慣れているから、相手が言ったことを聴いて応えることができる。それは非常に大きな得点になるんです。だからと言って、ミュージシャンが誰でも役者になれるとは思いません。MIYAVIは特別でした。もともと存在感というかカリスマ性があって、非常にオープンな性格。そしてフレキシブルで、素晴らしい才能を持っている人だと思いました。

「不屈の男 アンブロークン」ワールドプレミアにて、左からMIYAVI、アンジェリーナ・ジョリー、ジャック・オコンネル。(写真提供:WENN.com / ゼータ イメージ)

「不屈の男 アンブロークン」ワールドプレミアにて、左からMIYAVI、アンジェリーナ・ジョリー、ジャック・オコンネル。(写真提供:WENN.com / ゼータ イメージ)

──どのような経緯で決まったんでしょうか? アンジェリーナ・ジョリーは監督だけでなくプロデューサーも務めましたが。

プロデューサーにキャスティング案を提出するとき、いつも「私はこの人がいいと思う」と推薦するんです。それで実際にMIYAVIと会ってみたら英語もできる。「これはOKでしょう!」と思いました。しかも彼に「一番好きな女優は誰ですか?」と聞いたら、「アンジェリーナ・ジョリー」だと答えたんです。そのときはまだ、アンジェリーナが監督することをあえて言っていなかったのに。

──運命のようですね。

それでアンジェリーナに彼のデータを送ったら、もう万々歳。(当時ジョリーと夫婦だった)ブラッド(・ピット)さんも一緒だったので、2人でMIYAVIの歌を口ずさみながら「OK!」って(笑)。実際にMIYAVI本人に会ってもらったら決まるかなと思っていたんですが、アンジェリーナはこの時点で起用を決めたようです。MIYAVIは、それぐらい強い印象を与えられる人なんですよ。

──奈良橋さんが「アンブロークン」の脚本を読まれたときに感じたものと、監督が目指すものが一致していたんですね。

はい。アンジェリーナが唯一言ったのは「広げていいよ。別に役者じゃなくてもいいから」と。彼女はそういう思想ですし、私もまったくこだわりません。

──オーディションを得て役が決まり、その後は撮影現場でのケアなどもされるんですか?

MIYAVIのときは、一緒に(ロケ地の)オーストラリアまで行きました。いくつかの映画では、もっと長い間撮影に同行することもあります。「SAYURI」も「バベル」もそうでした。最近の作品で言うと「Giri / Haji」は現場に行きました。今担当しているフランスの作品も、たぶん現場入りすると思います。

「バベル」後、瞬時にハリウッドに注目された菊池凛子

──今までキャスティングディレクターをされてきて、一番困難だったことはなんですか?

2つあります。1つは菊地凛子が出演した「バベル」。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥという、素晴らしい監督の作品ですが、彼は「この役を日本全国から探したい」と言っていたんです。どんな役のキャスティングも簡単には済まさない。だけど、それからが長いんです。「もっと見たい」と半年ほど言い続け、実際に耳が聴こえない、障害を持った方の演技も見たいと。私は絶対に凛子がいい、彼女しかいないんじゃないと思っていたのに、それでも探さないといけなかった。凛子も何度もオーディションをやらされて大変だったと思います。

「バベル」より、菊地凛子。(写真提供:Paramount Pictures / Photofest / Tsutomu Umezawa / ゼータ イメージ)

「バベル」より、菊地凛子。(写真提供:Paramount Pictures / Photofest / Tsutomu Umezawa / ゼータ イメージ)

──それでもやはり菊地凛子さんが選ばれたんですね。もう1つのエピソードも教えてください。

「TOKYO VICE」という作品です。(キャスティングしたのは)1エピソードだけなんですけど、これも難しかった。演出はマイケル・マンという素晴らしい監督。ただ彼の場合、1人の役者が何役も試すやり方で進めていく。それも少し大変でしたね。彼の中にビジョンがはっきりあるんですが、「100人の候補を見たい」ではなく、いいなと思う役者にいろいろな役を何回もやらせてみるんです。なぜかと言うと、マイケル・マンは役者が大好きなんです。それは一番大事なこと。だから最初はちょっと混乱するかもしれませんが、マイケルの現場に入れば、俳優はとても幸せだと思います。

──それもまた大変そうですね……。しかし地道なキャスティング作業のかいあって、菊地凛子さんは「バベル」でアカデミー賞助演女優賞にもノミネートされました。

アメリカってすごいなあと思うのは、例えば凛子の場合「バベル」に出演して、すぐにピックアップされるんです。今、彼女はニコール・キッドマンやケイト・ブランシェットらトップ女優と同じエージェントなんですよ。もちろん私も自信を持って推薦しますけど、いいと思ったらアメリカは本当に展開が早い。

ケイト・ウィンスレット並のトップの演技力を目指して

──ここ数年のハリウッドの動きとして、多様性や包摂性について語られることが多いですが、そのような変化は感じますか?

「この役はどの人種でもいいです」という枠組みが大きく広がっていると思います。そして、日本人俳優も信用を得られるようになっていると思います。

──日本人の役者、あるいは英語圏以外の役者がハリウッドで役をつかむためにもっとも大切なことは、なんだと思われますか?

とにもかくにも演技です。まず、日本の俳優は履歴書に演技の訓練歴を書いていないんですよ。アメリカでは履歴書の最初に必ず、どこで誰に演技を習ったかを書きます。それを見て「こういう演じ方を習ってきたのか」「あの人に教えてもらったのね」と私も参考にします。あとは、演技が日本と少し違うんですよね。日本人の性質として、自分の意見を抑えてしまうところがあります。それはとてもいい教育で、大事なことではあると思います。でも演技では、自分の信条を、リアリティを持って見せないといけない。だから、誰でも演じられるわけではないんです。時間を掛けてあきらめずに何回も挑戦して、ようやく役をつかむ人がいる。そういういうのは私もすごくうれしいです。

──奈良橋さんの目から見て、ハリウッドや海外でお芝居を続けていくための秘訣とは?

これはあえて言いますけど、トップを目指さないと駄目です。最近観たドラマ「メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実」は、キャスト全員に人間味があり、本当に素晴らしい演技なんですよ。特に主演のケイト・ウィンスレットは、本当に上手でした。ちょっとしたシーンもリアリティを持って演じているので、黙っているシーンでも感情の変化を追っていけるんです。だから、ケイト・ウィンスレット並みの演技力がバロメーターで、そこを目指していかないといけないと思います。どの役者も彼女ぐらいやってほしいんです。そういう意味でキャスティングの仕事は「この役者は、この演技ができるか?」というのを見極める目が大事だと思います。

「メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実」より、ケイト・ウィンスレット。(写真提供:HBO / Photofest / ゼータ イメージ)

「メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実」より、ケイト・ウィンスレット。(写真提供:HBO / Photofest / ゼータ イメージ)

速度は落ちても、飛ぶことはやめたくない

──奈良橋さんが今後トライしてみたいことはありますか?

正直に言いますと、実はもう10年以上前から脚本を書き始めているんです。とあるすごい人が応援してくれているんですけど、自分の心から「これだ」というのを呼び出せないとできないんです。今、それを求めて探しているところで。ここでまたもう1つ、何か奥深いものを学ぶんじゃないかなと思っています。

──それは映画ですか? 脚本はもう書き始めているんですね。

ええ。もう何回と校を重ねています。あえて言ってしまうと、アンジェリーナ・ジョリーがプロデューサーなんです。彼女は私の一番の応援者なんですよ。アンジーが一生懸命背中を押してくれて、私が怖気付いていると「こういうストーリーは今の世界にないから、絶対やらないとダメ!」と言われちゃう。今までは私が応援する側で、そういう立場になったのは初めてなんです。だから丁寧に正直に、ちゃんと今の世界に伝える映画を作りたいなあと思っています。

──アメリカには、年齢や経験にかかわらず「自分も応援してもらったから、今度は次の人を応援する」というPay It Forwardみたいなところがありますよね。おそらくアンジェリーナ・ジョリーも。

本当に、そういう精神がありますね。アンジーは特別にそうかもしれません。寛大で素晴らしい人なので。マイケル(・マン)を見ても、高齢でもエネルギッシュにずっとやっている。だから、それぐらい人生を賭けて映画を作ってみたいという思いがあるんです。それと、変化している今の映像業界で、テレビであろうと画面が小さくても「メア・オブ・イーストタウン」みたいな、ああいう素晴らしい演技を見るのが一番の喜びですね。だからやっぱり根本的には、演技ですかね。

──これだけたくさんの作品を作られて、さまざまな映画の制作現場を経験されても、まだ勉強したいとおっしゃるんですね。

とんでもない。まだまだですよ。本当に謙虚になってやっていかないといけないなと思っています。もちろん10年前、20年前のように無我夢中にやるより、今はもっとのんびりやっていますけれど。今、LAにいるでしょ? 日本にずっと留まるかと言われたら、自由を、翼を切られるのは嫌なの。たぶん最後までそうだと思います。だから飛ぶ速度はちょっと落ちるかもしれないけど、飛ぶことはやめたくない。2年ぶりにLAに来たら、車を運転したときのスピード感が最高。あの馬力とスピード感は東京では味わえない。まあ気持ちいい(笑)。この2年間は閉じ込められたみたいな感覚があったので、常に、そういう開放感を求めているのかもしれませんね。

奈良橋陽子(ナラハシヨウコ)

奈良橋陽子

奈良橋陽子

1947年6月17日生まれ、千葉県出身。外交官だった父親の仕事により5歳から16歳までカナダで過ごす。国際基督教大学を卒業し、アメリカの演劇学校に留学。帰国後は演出家としてミュージカル「ヘアー」などに携わり、作詞家としてゴダイゴのヒット曲「ガンダーラ」「銀河鉄道999」などの英語詞を手がける。1987年製作のスティーヴン・スピルバーグ監督作「太陽の帝国」をきっかけに、映画のキャスティングディレクターの道へ。「ヒマラヤ杉に降る雪」「ラスト サムライ」「SAYURI」「バベル」「終戦のエンペラー」「ウルヴァリン:SAMURAI」など、数多くのハリウッド映画に日本人俳優を紹介した。近年の参加作品は「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」やNetflix映画「アースクエイクバード」「ケイト」、Netflixシリーズ「Giri / Haji」など。公開待機作にテトリスを題材とした映画「Tetris(原題)」などがある。監督業も行なっており、1995年に「WINDS OF GOD ウィンズ・オブ・ゴッド」を発表した。俳優養成所・UPS(アップス)の代表を務め、国際的に活躍できる俳優の育成にも取り組んでいる。

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SALLY_9 @sally_2549

Tomohisa Yamashita
Forever in My Heart

Lyrics: Yoko Narahashi,
Tomohisa Yamashita

Yoko Narahashiは奈良橋陽子さん?
ハリウッドと日本を繋ぐ
キャスティングディレクターの?
と思ったら 作詞もされてて
TOKYO VICEも1話だけ
キャスティングされたそうで 🤩

https://t.co/HAQRLGelb6

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