ホラーやゾンビをこよなく愛する著名人にお薦め作品を紹介してもらうリレー連載「今宵も悪夢を」。集まった案内人たちは身の毛もよだつ恐怖、忍び寄るスリル、しびれるほどの刺激がちりばめられたホラー世界へ読者を誘っていく。
第4回で声優・
文
一生パスカル・ロジェについていこうと決めた
先日、ホラー映画好きの同志として話して盛り上がった方が、「一つだけ観てはいけない作品があるんだよ」と声をひそめた。そんな作品がまだこの世にあるのかと期待してタイトルを訊けば、パスカル・ロジェの「マーターズ」と言うから私は大声を出してひっくり返った。それは私が一番愛してやまないホラー映画ではないか! 殺戮シーンがエグい? 拷問シーンがキツい? たしかにそうだが、「マーターズ」の本質はそこではない。これは、心に傷を抱える者への“救い”の映画なのだ。
とはいえ私が「マーターズ」にたどり着いたのは、痛々しいゴア描写があると聞いたから。どれほどゴアゴアしいのかな~♪とご機嫌で観始めたが、驚くことにエンドロールが流れる頃の私は涙していた。
何故泣いているのかは自分でもよくわからなかった。ただ、ラストシーンにどこか神々しさを感じたのはよく覚えている。
胸打たれたその理由を探すため、ロジェ監督の他作品も網羅した。そして2019年に日本公開された「ゴーストランドの惨劇」を観た折、私は確信したのだ。“パスカル・ロジェの作品は救いを描いている”ということを。
監督の作品では女性が酷い目に遭うことが多く、世間では「ロジェは女性をいたぶって楽しむ変態監督」などと評されることもある。だがそうではないのだと、私は声を大にして言いたい。
ロジェ監督が描く女性たちは、必ず自らの意志を貫き、先へ進んでゆく。監督自身も、女性を勇敢な存在と捉えているとインタビューなどで語っている。日常の悩みや苦しみを悪として映し、彼女たちがそれを乗り越える姿を描いているのだと。
たしかに現実にも酷い暴力(精神的なものも含め)はゴロゴロ存在している。私もその被害に遭ったことがあるからこそ、ハッとさせられた。
「マーターズ」において、どれほど過酷な体験をしても折れない主人公・アンナの姿は、弱者を虐げようとする者に屈するな、何度でも立ち上がれるのだというメッセージだ。初めて観たとき、悲壮なラストにもかかわらず涙がこぼれたのは、自然とそれを感じ取っていたのだと今ならわかる。
強大な暴力を舞台装置として、成長、感動、その先に救いを見出すホラーを撮るなんてとんでもない人だ。私は一生パスカル・ロジェについていこうと決めた。
サブスク配信が始まったこの機会にとことんおすすめしていきたい。ゴアだけのホラーでしょ?と敬遠せずに触れてほしい。「マーターズ」のみならずだが、ロジェ監督の作品は、傷を抱えた人にこそ刺さる可能性を秘めているのだ。
……というわけで、このたびコラムを担当させていただくことになった声優の野水伊織です。
映画沼に浸かり始めてまだ6年目のにわか映画好きマンですが、「怖いは楽しい」を合言葉にガンバル・デ・アルマス! どうぞよろしくお願いいたします!
野水伊織(ノミズイオリ)
北海道出身、声優。2009年放送のアニメ「そらのおとしもの」で本格的に声優としてのキャリアをスタートさせ、以降テレビアニメ「デート・ア・ライブ」「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」、ゲーム「艦隊これくしょん-艦これ-」に参加している。現在は配信番組「まろに☆え~るのYouTube LIVE」に出演中。
「マーターズ」(2007年製作)
始まりは1970年初頭のフランス。傷だらけで衰弱しきった姿の少女、リュシーが路上で発見される。何者かによって廃墟に監禁され、拷問と虐待を受けたらしい彼女は事件の詳細を一切語ろうとしない。施設に入り、同年代の少女アンナの介護により穏やかな日常を取り戻していくリュシー。しかし15年後、ある家の玄関には猟銃を構えた彼女の姿があった。監督はパスカル・ロジェが務め、
「マーターズ」配信中
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野水伊織 @nomizuiori
#映画ナタリー さんでのリレーコラム、更新されました!
散々聞いているかと思いますが、やはり初回は一推しの作品を。
選者 / 野水伊織「マーターズ」 | 今宵も悪夢を 第4夜 https://t.co/nAnEmBFo8i