映画と働く 第10回 [バックナンバー]
美術デザイナー:三ツ松けいこ「脚本を超えたものを用意して挑みたい」
是枝裕和、西川美和作品の常連スタッフが目指す、“かゆいところに手が届く美術”
2021年8月26日 19:30 1
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
今回は映像作品の美術デザイナーとして活躍する三ツ松けいこにインタビューを実施した。「
取材・
「映画美術は、映って2割」
──まずは映画美術を志したきっかけから伺いたいです。
高校卒業後、専門学校に入る前に山本政志監督の「
──なるほど。映画美術の仕事についても教えてください。どの段階から作品に参加して、現場ではどのように動くのでしょうか?
大まかに分けるとセットを作ったり、建物の構造を考えたりするのが美術の仕事で、飾り物やソファなどの家具を用意するのが装飾部。持ち物は小道具担当の方が用意します。最初は小道具の助手として入らせてもらって、先輩やほかの部署の方にいろいろ教えてもらいました。現場での立ち位置や自分が前に出ていくタイミングなどは、実際にその場にいないと覚えられないんですよね。小道具担当は撮影の最初から最後までいるので、現場のことがよくわかるんです。
──現場に携わりながら学びを重ねていったんですね。新人時代の忘れられない現場はありますか?
「
注1:「白痴」「害虫」「ワンダフルライフ」「刑務所の中」などを手がけた美術監督。「血と骨」で第28回日本アカデミー賞の優秀美術賞に輝いた。諏訪敦彦監督作「2/デュオ」や山本政志監督作「JUNK FOOD/ジャンク フード」などではプロデュースを担当した。
──確かに、家の中に置いてあるものなどからもキャラクターの人間性が伝わってくることが多いです。
そうですよね。そうしないと人物像ができあがらない気がしています。作品に入る前にまず監督に伺うのは、キャラクターの生活や出身、家族構成、趣味などの脚本に書かれていない部分。ものの置き方のくせにも本人の性格や歴史が出るので、重要視して作り込んでいます。私は人間ドラマ的な作品に携わることが多いからそういう育ちになっているんだと思っています。
始めるときは覚悟を決める
──2005年の西川美和監督作「
まずは脚本を読んで、ある程度自分の中で想像します。そして監督に希望を伺いながらさらにイメージを膨らませ、撮影場所が決まったらデザインを起こしていきます。美術デザイナーの仕事は責任感がグンと肩にのしかかってくる感じがして、最初は本当に緊張していました。担当分けはするけれど全部を見る必要があるので無我夢中。最近はほかのスタッフに任せることを覚えましたが、気持ちは今でも同じで、始めるときは覚悟を決めています。
──近年は西川監督、是枝裕和監督の作品にたびたび参加されています。美術に関して、お二人からはどんな希望がありますか。
西川監督は脚本の描写が細かくて、小道具や場所について書かれていることも多いです。具体的なイメージを提示してくれるので「
──いろいろな方の協力が、あのリアリティにつながったんですね。
もう足りたかな?と思っても、実際はまだまだで。あんなにものを飾ることはなかなかないんじゃないかと感じています(笑)。
──俳優からも「美術が演技をするうえでの助けになった」という話を聞くことがあります。これまで仕事をともにされた俳優で印象深い方はいらっしゃいますか?
ある映画でご一緒した
脚本を超えたものを用意して挑みたい
──履歴書の「あなたにとって映画美術とは?」という項目には、「毎回新しいお題を与えてくれる、ふれあいの場所」と答えていただきました。その理由を聞かせてください。
自分は作家ではなく、脚本というお題から発想したものを作る。それがないと私は作ることができないと気付いたことがあったんです。いろんな人とのコミュニケーションの場という意味で、“ふれあいの場所”でもあります。映画の現場はまったく同じチームでやることはないので、毎回刺激をもらっています。
──お仕事をされるうえで決めている“自分ルール”があれば教えてください。
“かゆいところに手が届く美術”にしたいと考えています。「美術部はドラえもんじゃないんだよ!」という人もいますが(笑)、こういうものがあったらどうか?と脚本を超えたものを用意して挑みたい。自分が携わっていない作品でも、印象的なものは「いいお部屋だな」「よくこんなものを作ったな」と観てしまいますね。
──なるほど。日常的に使っている、相棒のような仕事道具はありますか?
相棒と言えるほどのものではありませんが、スケッチブックとクロッキー帳。スケジュールや香盤表などは冊子にまとめると愛着が湧くので、ここ何年かは毎回作るようにしています。
──さまざまな作品に参加されているうえで、すごいと感じた同業者の方はいらっしゃいますか。
自分ができないことをやっている人はみんなすごいと感じるので選べなくて……。その部門ごとのプロが集結していますし、スタッフの皆さんは全員素晴らしい。
──今後組んで見たい映画人には、“海外の監督(インディーズ映画)”を挙げていただきました。
ASEAN文化交流・協力事業(アニメーション・映画分野)でワークショップに参加したときに、海外の若者から大きな刺激をもらいました。海外の方とはまだご一緒したことがないので、これから自主映画を撮りたいと考えている人とか、いろんな方と組んでみたいですね。
三ツ松けいこ(ミツマツケイコ)
1972年生まれ、千葉県出身。日活芸術学院を卒業後、「勝手にしやがれ!」「Helpless」「白痴」「美しい夏キリシマ」など多くの映画作品に参加。2005年公開「ゆれる」以降は美術デザイナーとして、是枝裕和や西川美和、瀬々敬久らの監督作に多く携わっている。「万引き家族」は第71回カンヌ国際映画祭のパルムドールを筆頭に国内外の映画賞に多数輝き、自身も第42回日本アカデミー賞の優秀美術賞を受賞した。
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