細田守監督作のポスタービジュアル。

“完全オリジナル作品の開拓者”細田守が描いてきたもの

「神話にも通じる普遍性」と「いま現在をどう切りとるか」、氷川竜介が作家性を解説

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細田守の新作長編アニメーション「竜とそばかすの姫」が7月16日に全国で公開される。それに伴い、日本テレビ系「金曜ロードショー」では7月2日から3週にわたって「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「サマーウォーズ」をオンエア。本日7月14日には「時をかける少女」など過去5作品のBlu-ray / DVD期間限定スペシャルプライス版が発売された。

2006年公開の「時をかける少女」以降、3年ごとに長編アニメを発表してきた細田。彼がこれまでの作品で共通して描いてきたこととは? 細田を“完全オリジナル作品の開拓者”と評するアニメ・特撮研究家の氷川竜介に解説してもらった。

/ 氷川竜介

細田守監督作品の全体像と最新作

細田守監督をアニメ映画史に位置づけるなら、「完全オリジナル作品の開拓者」になると思います。これは「スタジオ地図」の命名にも通じるものです。なぜ原作のない「完全オリジナル作品」が大事なのか。ここでは「中身のよく分からないアニメ映画に入場料を払う観客は少ない」とだけ述べておきます。例外はスタジオジブリ作品でしたが、2016年に新海誠監督の「君の名は。」が歴史的ヒットとなったことで、他にも意欲的なアニメ映画が続々と出てくる状況になりました。

そこに至る道筋を考えると、細田守監督が東映アニメーションから独立して2006年の「時をかける少女」を小規模ながらもヒットさせたことが、ひとつの起点と言えます。続く作品の多くが「不思議な青春ストーリー」であることもひとつの表れですし、ジャンルに近いものを築いたとも考えられます。

「時をかける少女」 (c)「時をかける少女」製作委員会2006

「時をかける少女」 (c)「時をかける少女」製作委員会2006

「サマーウォーズ」 (c)2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

「サマーウォーズ」 (c)2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

細田監督自身は以後3年おきに「オリジナル作品」を発表し、2009年の「サマーウォーズ」では全国規模の公開でヒットメーカーとして認知されます。2011年には制作基盤のスタジオ地図が出来たこともあり、テーマは次第に「前例のないもの」となっていきました。2012年の「おおかみこどもの雨と雪」では「母と子」、2015年の「バケモノの子」では「血縁のない父性」、2018年の「未来のミライ」では「4歳児の抱える葛藤」と、誰でも共有できるような関係性を物語化しました。

「おおかみこどもの雨と雪」 (c)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

「おおかみこどもの雨と雪」 (c)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

「バケモノの子」 (c)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

「バケモノの子」 (c)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

特筆すべきは「アニメ表現でなければ到達できない地平」をエンターテインメント映画の枠組みで目指し、芸術性と娯楽性のバランスが取れていること。そしてテーマは言語や文化の差違を超越して、全人類普遍のものとなっています。だからこそ「未来のミライ」が米国アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされ、2021年に公開される最新作「竜とそばかすの姫」がカンヌ国際映画祭へ招聘されたのでしょう。細田作品に限らず、国内ではとかくSNSでの話題や興行成績で映画の評価が決められてしまいがちですが、世界的視野に立てば評価の点でも先陣を切っているのです。

その内外の差は何に起因するのか、見直す必要もあると思います。たとえば「未来のミライ」は「子育てあるあるアニメ」あるいは「ファミリーツリーもの」として受容されましたが、決してそれだけではない神話的な構造を持っています。主人公の4歳児くんちゃんは、ストレスを感じると日常の世界から飛翔して「ここではないどこか」に旅立つ。過去と未来、血縁でつながってはいるが、物理的には目に見えないものを通じて「因果の連鎖」が浮かび上がってくる……。

「未来のミライ」 (c)2018 スタジオ地図

「未来のミライ」 (c)2018 スタジオ地図

5歳まで育てば「言葉が律する世界」に支配されてしまうので、4歳児でないと分からない世界があるはずです。その神秘的体験を、テレビシリーズと同等の短い5つのエピソードで立体的に提示している映画です。特に最終章では「墓穴世界からの帰還」が示されていることで、映画の本質が成長に必要な「通過儀礼」であり、神話で言う英雄譚にも連なることは、明らかです。

「もう一度4歳児に戻って、成長過程を神秘的にリフレインしてみよう」ということだな……と思うものの、実は筆者も「細田家の日記帳かな」みたいな先入観を捨てることで、ようやく分かったのです。やはり本質を見抜くには、アニメーションの伝統に敬意を払い、教養をもって「芸術」として読み解く訓練をしている諸外国の識者が進んでいるのだろうか。そんなことを考えさせてくれる点でも、細田守監督の活動は注目に値しますし、刺激をあたえ続けてくれるものと捉えています。

さて、これから公開される「竜とそばかすの姫」は、「細田守監督の集大成」を宣伝的にも打ち出しています。たしかに仮想世界<U>へ投影された“もうひとりの自分”という設定は「サマーウォーズ」の発展形に見えますし、「竜」の獣人的なキャラクター造形は「おおかみこどもの雨と雪」や「バケモノの子」を連想させます。画面を横切って地面と空を分断する川の構図や高校生活での淡い恋愛模様は「時をかける少女」か、などなど……。表層的にはいくつでも数えあげられることでしょう。

「竜とそばかすの姫」 (c)2021 スタジオ地図

「竜とそばかすの姫」 (c)2021 スタジオ地図

しかし、もっと重要なことがあります。そうした諸要素を集大成することで「この時代に何を示そうとしたか」です。

細田守監督の作家性には共通的な特徴があります。ひとつは「神話にも通じる普遍性」、そしてもうひとつは「いま現在をどう切りとるか」です。

前者の手法は、5作品(「時をかける少女」「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」)を総覧すれば見えてきます。「現在と未来(または過去)」「リアル世界と電脳空間」「人と獣」など対立軸の明らかな世界を配置し、主人公たちを往還させる。違う価値観の世界を体感することで「常識」とスルーされることを見直し、冒険の中で絶望を乗りこえて帰還する。誰かに背中を押されることで、自分でも分からなかった「本当のこと」に気づき、ささやかな成長を遂げる……これは、あらゆるエンターテインメント映画に通じるセオリーであり、その点で神話的なのです。

より大事なのは、個々の物語化を通じて照らし出される「いま現在」のほうです。ことに主人公が乗りこえるべき「問題点」が何なのかです。「竜とそばかすの姫」に関して言えば、インターネット世界の「光と闇」ではないかと推察します。「サマーウォーズ」から12年が過ぎたことでネット社会はよりネイティブに身近になり、体験性も高度化して、まさに「ここではないどこか」が全人類に提供される入り口に来ています。

であれば、ネットは人の可能性を解放するものとして多様性に対して寛容であるのが好ましいはずだ。しかしそれをみんな分かっていながら、現実には「炎上」「バッシング」「誹謗中傷」が横行し、行きすぎた正しさが他者を抑圧する事件が多発しています。そんな負の要素も見すえたうえで、人に内在する普遍的な「真善美」を照らし出し、インターネットも肯定的な世界として再定義したい。

そんな意識を最新作から感じとることが出来ます。さらに今回のコラボレーションは、過去にない新しい挑戦を感じさせるものとなったのも、嬉しいポイントです。米国アカデミー賞ノミネートを通じて、細田守監督が敬愛するディズニー・スタジオのクリエイターたちと出会い、「アナと雪の女王」に通じる国際的なキャラクター“ベル”を獲得したことを筆頭に、建築、フラワーデザイン、美麗な歌唱とさまざまな才能を取りこんで、その連鎖から美意識を研ぎ澄ませたアニメーション世界に結晶化させる。その点では「集大成にして最先端」と呼べる映画が誕生したのではないでしょうか。

「竜とそばかすの姫」 (c)2021 スタジオ地図

「竜とそばかすの姫」 (c)2021 スタジオ地図

映画世界もまた、現実と対置された「異世界」です。扉をくぐり、暗闇の中で光と音をダイレクトに浴びるとき、「映画の中へ」魂が解放される体験は格別なものとなると確信しています。何かと閉塞的な情況が世をおおう一方、「世界全体をみすえた視野」や「これからどう世界を再建するか」の点で、肯定的な希望のパワーをあたえてくれる作品になるかもしれません。公開後の動向に、注目していきたいと思います。

氷川竜介(ヒカワリュウスケ)

1958年生まれ、兵庫県出身。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授、NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)副理事長。文化庁メディア芸術祭審査委員、毎日映画コンクール審査委員などを歴任。第29回東京国際映画祭アニメーション特集「映画監督 細田守の世界」ではプログラミング・アドバイザーを担当。主な編著:「日本アニメーションガイド ロボットアニメ編」(文化庁メディア芸術カレントコンテンツ)、「細田守の世界──希望と奇跡を生むアニメーション」(祥伝社、2015年)など。

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