映画と働く 第7回 [バックナンバー]
アクション監督:谷垣健治(後編)「安全な現場で危なく見える映像を」
ドニー・イェンの現場で学んだポリシー、そして今後の日本アクション界に必要なこととは
2021年1月11日 20:00 19
“るろ剣の人”って決めつけられるのも嫌
──この仕事を辞めたいと思ったことはありますか?
基本的にはないですね。日本の現場に疲れてしまうことはあるけど、そうするとたまたま中国映画から誘いがあって、そっちでリセットできたり。そして中国の現場はいい加減だなあ!とストレスが溜まった頃に、香港映画に呼んでもらえたり。毎回同じ国で同じようなスタッフと作品を作り続けていたら息が詰まるかもしれないけど、いいタイミングで河岸を変えて空気を入れ替えることができていると思います。
──国を越えて仕事することで、経験を積めるだけでなく気分を変える効果もあるんですね。
そうですね。僕は“名前で仕事する”ようにはなりたくないなと思っているんです。むしろ僕のことを誰も知らないところで、アクション畑を耕す気持ちでいたいというか。子供の頃から転校生だったので、ずっとアウトサイダーとしてやってきたんですよ。だから日本の現場では遠慮のない香港人のように振る舞って、香港では几帳面な日本人のふりをして……という都合のいいやり方をしています(笑)。どれも本当の自分ですけどね。京都で新参者として「るろ剣」の1作目を撮ったとき「衣装を汚しちゃいけない、刀をぶつけちゃいけない」という空気があったので、「ふざけんなよ……見てろよ!」と、いい意味での発奮材料になりました。でも続編でまた京都に来たときに「よっ! 谷垣さん、今度は何企んでるの?」なんて親しみを込めて言われてしまうと、「ここもちょっと生きづらくなってきたな……」と感じるわけです。ひねくれてますね(笑)。
──日本のアクション業界で、もう谷垣さんのことを知らない人はいないのでは……?
いやいやいや、そうでもないです! でも“るろ剣の人”って決めつけられるのも嫌なんですよね。そうすると日本では結局“るろ剣っぽい”企画しか来なくなるので。それが、中国ってすごいですよ。「
──その手応えの理由を伺えますか。
──谷垣さんにとってCGは便利なものですか? それとも扱うのが難しいものでしょうか。
例えば4階から3階に飛び降りるアクションシーンがあるとしますよね。実際に飛び降りる動きはするんだけど、ギリギリの位置にCGで欄干を足したり、有刺鉄線を付けたり、飛んでくる銃弾を付け足す……というのがCGの1つの使い方かな。行為自体はプラクティカルにやるけど、CGで要素を追加することによって、より危なく見せることができる。あとはリアリティについての考え方も重要です。例えば僕が役所広司さんくらいの大物俳優だとするじゃないですか。そこで「本当の刀で頭めがけてかかってきてよ、俺は絶対避けるから」って言ったとしても普通本気では刺しに行けないですよね……刀の見かけはリアルでも、相手の気持ちはリアルになれないでしょう。
──斬りかかる側は、プレッシャーで気が気じゃないと思います。
ですよね。僕が斬る側だとしても、絶対に本身では頭を狙えませんよ。でもそこで、当たっても痛くないラバー刀を使えば、リアルな気持ちを作って頭に斬りかかることができる。そして映像上でCG加工1つ追加すれば、本身に見せることができるんです。リアルにすべきは小道具ではなく、役者の気持ちだと思います。
今、日本にスタントマンがまったく足りない!
──単身香港に渡った谷垣さんほどの行動力がある人はそういないと思うのですが、将来アクション監督になりたいと思っている人は、どう行動すべきでしょうか?
アクション部がほかの部署に比べて特殊なのは、カメラの前にも後ろにも立つポジションだということです。あと演出部に次いで直接役者に演出をする部署でもあります。アクション監督だけではなくスタントマンも、役者に芝居を伝えたりする必要がありますから。そういう意味では、やっぱり芝居のこと、そしてアクションのことを知る必要があると思います。スタントマンとして経験を積むことですね。スタントマンではなく、武道出身のアクション監督もいますが、武道や格闘技と映画の作法はまったく違うのでなかなか難しいと思います。最初からアクション監督を目指してもいいけど、僕らは行き着いた果てがアクション監督だっただけで、最初はジャッキー・チェンになりかったんですよね。プロ野球の世界でも、最初から「野球監督になりたい」っていう人はほとんどいないじゃないですか。
──まずスタントマンになってからアクション監督になるのが正攻法ですかね。
そうですね。そもそも今、スタントマンのなり方自体があまり確立していないと思うんです。アクションクラブに入るか、新宿スポーツセンターでみんなが練習しているところにたまたま居合わせて「一緒にやらないか」って声を掛けられるか、もともと俳優だった人がアクション練習に来てスタントに興味を持つくらいで。これは今後きちんと形にして発表する予定ですが、アクション関係者を集結させた一種のギルドみたいなものを作りたいと思っています(※取材後、アクション業界に携わるクリエイターとプレイヤーのための団体「JAPAN ACTION GUILD」の発足が発表された。参照:谷垣健治ら発起の団体「ジャパン・アクション・ギルド」がYouTubeチャンネル開設)。今は、例えば体育大学を卒業してからスタントの世界に就職するような道は、ほとんどありません。そういうスポーツエリートの人は、脳内のビジョンを体で表現する能力が高くて、スタントマンにもすごく向いていると思います。こう見えて意外に頭脳労働ですから(笑)。そういう人たちのための道が確立できるといいなと考えていて。それも月謝を取るのではなく、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで、現場で給料をもらいながらノウハウを学べるべきだと思うんです。
──現場に直通する道があるべきだと。
日本のサッカーって、若い頃から月謝を払いながら練習をして、プロになったりしますよね。でもヨーロッパでは、ユースの頃からいくらかの給料をもらって、自分の技術で飯を食うという経験をしているわけです。月謝制だと、お金を払った時点でそこにいる資格が得られるから、それに満足して成長スピードも落ちる気がするんですよね。……まあ、長い目で見てそういうことを考えています。じゃないと今、本当にスタントマンが少ないんですよ。僕と大内(貴仁)と下村(勇二)の現場がかぶったら、もう終わりです。人がいないです(笑)。
カナダのスタントマンは、世界で一番もらっている
──言える範囲で構わないのですが、スタントマンやアクション監督のお給料は作品単位なのですか?
作品単位です。アクション監督は人によって差が大きいですが、スタントマンで言うと、僕の現場では月に50万から100万円という感じですかね。それに比べるとカナダでやったときはいろいろと目から鱗でした。カナダのスタントマンって、世界で一番もらっているんじゃないですかね。アメリカは“レジデュアル”と言ってあとから印税が入るシステムなんですが、カナダでは“バイアウト”と言って、最初の5年分の印税を放棄するかわりに、撮影時の給料が最初の時点で30%プラスされるんです。さらにミールペナルティという制度があって、現場が始まってから6時間以内に食事が提供されなかったら、6分ごとに15ドルのペナルティが支払われる。外ロケなんかは多少無理しないと撮りきれないことも多いから、軽食は配られますが、もうペナルティ上等!って感じでどんどん金額が足されていきます。あとは危険なスタントに支払われるアジャストメントという制度もあって、スタントコーディネーターがプロデューサーに「このシーンはこういう危ないアクションがあるだろうから、これくらいのアジャストメント予算が欲しい」と事前に予算交渉しておくんです。さらにオーバータイム(残業代)もあるから、1日に3、40万円稼ぐこともあるようです。
──すごいですね。日本でそういった制度が適応されるにはかなりの時間がかかりそうです。
なかなか難しいですよね。日本でも、アジャストメント制度を採用している現場もあります。なぜそれが可能かというと、スタント会社がグロスで予算をもらっているから、自分たちの裁量で決められるんです。でもそうすると、プロデューサー的な予算のやりくりも求められるから、30人必要なシーンも20人で抑えないといけない場合も出てくる。僕の場合は「いいアクションシーンを撮るためにやってるのに、なんで人数を削らなければならないんだ……」と思ってしまうので、グロスでは仕事は受けません。例えば僕がワーナーさんと契約したら、それぞれのスタントマンのギャラを僕が決めたうえで、彼らにはワーナーと直接契約してもらいます。僕がグロスで受けて、中間で抜いていると思われたら嫌ですから(笑)。
アクションに特化した「タイラー・レイク」がウケているのが面白い
──最後の質問です。2020年はジャパンアクションアワードが新型コロナウイルスの影響で中止になってしまったので、2019年、2020年のアクション作品で印象に残ったものを教えていただきたいのですが。
うーん、ちょっと待ってくださいね……。
──例えば2019年公開のアクション映画で言うと、大内さんがアクション監督を務めた「
「WORST」ね! なるほど! 忘れてた!(笑) 面白かったですね! アクションが始まった瞬間、ものすごいテンションになるじゃないですか。もう、アクションに対しての強い執念を感じますよね。ハイローは“ハイローアクション”という集団アクションの1つのジャンルを作り出したのがすごいと思っています。ハイローきっかけでアクション映画を観始めた人は、ほかの映画のアクションシーンを観ても物足りないらしいんですよ、歌がないから!(笑) あれだけ温度が高いアクションは、役者陣とアクション部が一体にならないとなかなかできることではないです。
──なるほど。
日本映画以外なら、印象的だったのはNetflixの「タイラー・レイク」かな。「オールド・ガード」もそうですけど、こういうアクションに特化した映画が、Netflixという強力なプラットフォームを通してウケているのが面白いなと。今までだったら劇場にかける前に、アクション以外に恋愛要素やいわゆる“女性ウケ”を狙った要素を付け加えないといけないような気分になるじゃないですか。それが今はもっとストレートで、何か1つに狙いを付けたほうがいいんだなあと学びました。「タイラー・レイク」には中盤にワンカット風アクションがあるんです。監督のサム・ハーグレイヴは「
──サム・ハーグレイヴは、「キャプテン・アメリカ」でクリス・エヴァンスの吹替をやっていたスタント出身の監督ですよね。
彼や「
谷垣健治(タニガキケンジ)
1970年10月13日生まれ。奈良県出身。 1989年に倉田アクションクラブに入り、1993年単身香港に渡る。香港スタントマン協会(香港動作特技演員公會)のメンバーとなり、
※「SK Kolsch」のoはウムラウト付きが正式表記
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谷垣健治 @KenjiTanigaki
「映画と働く」後編。こう読み返すとですね、何か小賢しいこと言ってますね。でも本音っちゃあ本音です。
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