映画と働く 第7回 [バックナンバー]
アクション監督:谷垣健治(後編)「安全な現場で危なく見える映像を」
ドニー・イェンの現場で学んだポリシー、そして今後の日本アクション界に必要なこととは
2021年1月11日 20:00 19
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
第7回では「
取材・
アメリカ映画は油断も隙もない
──後編では、アクション監督というお仕事について詳しくお聞かせください。まずはアクション監督としての作業を、順を追って伺いたいのですが。
人によっていろんなやり方がありますから、これはあくまでも僕の場合ですけど、まず監督と打ち合わせして、ロケハンに行って、アクション練習をします。これが準備段階ですね。アクション練習では、まずその役者さんのフィジカルな能力を見せてもらうことからですね。正直、インの前に数カ月ぐらい練習したところでフィジカルな能力が飛躍的に伸びるわけではありません。僕らも魔術師じゃないので、できる人はできる、できない人はできない、そこにちょっと技術的なことを足してあげるぐらいのことです。ただ、いいところと悪いところを共有して一緒にキャラを作り上げていくことはできるし、最終的にはそこの時間を持つことが一番重要な気がします。「るろ剣(るろうに剣心)」のときに
──ビデオコンテは作ったりするんですか?
日本でやるとき僕はあまりビデオコンテを作らないんです。特に「るろ剣」シリーズに関しては、ある程度イメージをふわっとさせておいたほうが、みんなが自由にやれる空間が広がるので。作ったとしても、それはあくまでたたき台に過ぎないので、その通りに撮ることはまずないですね。
──ビデオコンテできっちり決めきらずに、余白を残す?
そうです。逆に香港やアメリカでやるときは、言葉の問題や今まで観て育ってきた映像の違いもあるので同じ画面を想像できないことが多いんですよね。例えば「ここはドリフのタライが落ちてくる感じで」と言ったって、みんなが知ってるわけじゃない(笑)。ですから、そこで無駄なやり取りを減らすためにもビデオコンテを作ることが多いです。特にアメリカ映画では、このカットは本人か吹替かどうかまで細かく指示しておかないと、返り討ちにあって勝手に決められてしまうので。油断も隙もないですよね。
──(笑)。コンテが決まったら、次は役者に手を教える工程でしょうか?
はい。準備段階は大きく分けて2つで、“アクション練習”と“リハーサル”です。具体的に立ち回りの方向が決まったら、役者にアクションを“うつす”作業になります。あとは各部署とやり取りして調整、本番で撮影して、僕がその日撮った素材をもらって編集して、監督やプロデューサー、編集部に渡します。あとはポスプロで音の作業に参加する。以上、これが「僕の思うアクション監督の仕事」です。
──人によって、アクション監督自身がどこまで編集作業をするか異なると思うのですが、谷垣さんはまず自分で編集されるんですね。
僕はプロの編集マンではないですが、プロのアクションマンなので、まずは僕が撮ったときの感覚をもとに編集をしてみる、そのうえで今度は、アクションのプロじゃないけど編集のプロである人たちが調整する。そのほうが絶対に結果はいいものになると思っています。撮影したその日の素材を撮影部からもらって、できればその日のうちに軽くつないでみます。監督が現場で「これいいね!」と言ったテイクを覚えてますから、その映像も使いつつ、イメージで仮の音楽も入れます。
──それをもとに編集部の人が本番の編集をしていくわけですか。
はい。あとは編集部に上げてもらったものを僕がチェックして、細かく修正指示を出していくという、キャッチボールが続きます。僕がいつも伝えているのは「僕が作った仮編集バージョンからシークエンスごとカットするのは構わないけど、編集点を動かすときは教えてほしい。リズムが変わってしまうから」ということ。その後、ダビング作業に立ち会って音をチェックします。漏れている音や足したほうがいい音を指示するためです。こう書いてしまうと僕が独善的にやっているように思う人もいるかもしれませんが、監督の意見は絶対的に尊重します。監督がその映画作りの中心になるべきなので、その中心がブレてしまうと絶対によくならないと経験的にわかるからです。
大友啓史監督は、最終的に自分の“味”にするからすごい
──監督とアクション監督の作業バランスは、作品によって異なるのですか?
人や作品によって違いますね。一緒にやって結果が出た作品というのは、監督が一度こっちに投げて自由にやらせてくれる場合が多いです。大友監督は、僕らに任せてくれるけど、最終的にはアクションシーンがもとの映画から浮くことなく、ちゃんと大友監督の“味”になるからすごい。アクションをわかっているつもりで技術的なことを言ってくる監督が相手だとちょっと苦労しますね。「これ迫力がないよね」とかだったらいいんですけど、「ここの蹴りをこういうふうに変えて……」とまで専門的なことを言われちゃうと、じゃああなたがやってください、と思ってしまう(笑)。
──日本と香港でも、やりやすさが違いそうです。
──現場の空気を読みつつやっていくと。
場合によりますけどね。「るろ剣」のときなんかは正直な話、時間的に追い込まれても「知らねーよ!」という気分でやってます。なぜって? だって、「るろ剣」だから(笑)。
総合的に言うと、やっぱり佐藤健はすごい
──今まで現場をともにした俳優さんの中で、印象的だったのは……?
──佐藤さんとはアクションについて、どういうやりとりをされるんですか?
イメージの確認と共有が多いですね。こっちで作った立ち回りを見て、「剣心は強いから、ここでこんなに苦戦しないほうがいいのでは?」とか「ここの剣心はあまり積極的に攻撃はしないかもしれないです」とかね。単純にSNSで見つけた動画を送ってきて、「これいいですね(=やりたい)」というときも(笑)。彼に限らず、役者さん発信のアイデアはとりあえず採用して1回やってみるようにしています。
現場は安全だけど、“危なく見えるもの”を目指して
──本日、谷垣さんの現場での必須アイテムをお持ちいただきました。
このウエストバッグと台本カバーですね。もらったものなんですけど、最近の現場でよく使っています。
──イニシャル入りですね。バッグには何が入っているんですか?
ペンとかその日のショットリストとかお菓子とか(笑)。あと現場で欠かせないのは、セグウェイですね。現場は広いから、いつもセグウェイで移動してます。ただリチウム電池式だから送れなくて、北京に1台、香港に1台、バンクーバーに1台置いたままで、東京にもあって。(スタントウーマンの)伊澤(彩織)さんが、いろんな現場で置き去りにされている僕のセグウェイの写真を集めてました(笑)。でもセグウェイ、もう販売されなくなるんですよね。どうなっちゃうんですかね。
──放置されたセグウェイが切ないです(笑)。ではアクション監督の仕事のうち、やっていて一番楽しい作業は?
編集。それはもう、独りよがりと言われようがなんだろうが、編集です。アクションを作る作業って、準備の段階からいろんな人とのやりとりの中で進んでいくわけで、そこで頑固になりすぎてもいけないし、かと言って流されてもいけない。それに現場でうまくいった気がしてもちゃんと撮れているかわからないので、モヤモヤしている期間が長いんですよね。でもアクションシーンの編集が終わって音楽を入れてみて、自分なりに納得のいくものができたら、モヤモヤが消えて「ああ、もうやれるだけのことはやった!」という気持ちになれるんです。現場で「この人、なんでこんなところにこだわるんだ」と思われていたかもしれないけど、編集が完了すれば「ね、何回もやらせたのは無駄じゃなかったでしょ」って1つの申し訳ができて、ホッとできるんです。スタントマンだって、命懸けでやったものがいい形で作品の中に生かされてたら、それがモチベーションになるでしょうし。
──アクション監督として、自分の中で絶対に決めているルールがあれば教えてください。
ルールは別にないんですけど……誰でも安全な現場を目指すものじゃないですか。でも僕は、現場は安全だけど、作品になったとき“危なく見えるもの”を目指しています。スタントマンの頃、すごく危ないことをやったのに、画面で観たらめちゃくちゃショボい……という経験がよくあったんです。でもドニー(・イェン)がアクション監督をしたときの映像は、そんなに大したアクションじゃなくても迫力が倍増して見えるというか、ものすごく印象的なカットになっているんです。だから僕の作品でも、現場でスタントマンに体を張ってもらう分、それをさらに効果的に見せようと心がけています。
──ドニーさんの作品が“危なく”見えたのには、何か秘訣があったのでしょうか?
スタントマン単独のタイミングでやらせてもらえるのが多かったからかもしれません。芝居が長く続いたあとにその流れで高度なスタントをするのではなく、カットを割ってこっちのタイミングで飛べるような撮影が多かったんです。スタントマンにとっては、やりやすいですよね。そもそも香港映画って、基本的にアクションの撮り方がうまいんですよ。アメリカのアクションスターが香港映画に出ていたのを観て「こいつ、すげえなあ」と思っていたのに、その人が本国に戻ったあとの作品を観ると、ショボく感じるということがよくあります(笑)。 それは本人の問題ではなく、香港映画の撮り方に理由があるんだと思います。
“るろ剣の人”って決めつけられるのも嫌
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谷垣健治 @KenjiTanigaki
「映画と働く」後編。こう読み返すとですね、何か小賢しいこと言ってますね。でも本音っちゃあ本音です。
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