新型コロナウイルスの流行によって、世界が一変してしまった2020年。劇場は一時休業を余儀なくされ、多くの作品が公開延期となり、制作現場がストップするなど、日本の映画業界は年が明けた今も現在進行形で苦渋を味わっている。
世界に目を向けてみると、2020年の世界映画興行収入は前年比72%減の約115億ドル、国別で見ると中国が初めてアメリカを抜きトップに立った。日本に比べてはるかに市場が大きく、新型コロナウイルスによる被害も大きかったアメリカと中国の映画業界は、今回の苦境にどう立ち向かったのか? このコラムでは2回にわけて、両国が直面した試練と今後の動向を解説していく。初回となるアメリカ編は、米ロサンゼルス在住の映画ライター・平井伊都子が担当する。
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依然続くパンデミックと政治的混乱
2021年を迎えても、アメリカの新型コロナウイルスによるパンデミックは収束するどころか、猛威を振るうばかり。ロサンゼルス郡では検査を受けた5人に1人が陽性反応を示し、ICUの収容可能率が0%となり、救急患者を運び込むことも困難になってきている。世界中が同時に突入したコロナ禍だけでなく、昨年11月の大統領選から政治的混乱が続き、ジョージア州の連邦議会上院決選投票が行われた1月5日の翌日には、選挙結果に異議を唱えるトランプ大統領支持者グループが米議会に侵入、上院・下院の両議会が“ロックダウン”するという異常事態に見舞われている。
大作映画は公開延期 or 同時配信へ
ロサンゼルス、ニューヨークなどの大都市圏の映画館は2020年3月以来営業を停止していて、現在米国内の約35%の映画館しか営業していない。2020年度の興行収入は2019年度から約80%ダウンし、各スタジオは大作映画の公開延期もしくはPVOD(プレミアム・ビデオ・オン・デマンド / 有料配信)への切り替えを行った。ユニバーサル映画は2020年4月公開の「
業界が激震したワーナーの電撃発表
ディズニープラスはブロードウェイミュージカルを舞台収録した「ハミルトン」を7月に、ディズニー&ピクサーの新作「ソウルフル・ワールド」を12月25日に追加料金なしで配信。9月の「
ドライブインシアターや劇場支援の動きも活発に
州政府が保健衛生管理を行っているため、州によって事業運営方針が異なるアメリカ。現在営業中の約35%の映画館も収容率、飲食販売の有無、マスク着用方針など各州の規制に従っている。そんな中、映画館や配給会社は規制のもと安全に映画を上映する手段を取り入れ始めた。営業中の映画館では、貸し切り人数を制限して最新映画を鑑賞する“プライベート上映”を行っている。12月25日に劇場公開した「ワンダーウーマン 1984」は、全国で1万枚以上のプライベート上映チケットが売れたと報道された。
劇場が営業していない都市では懐かしのドライブインシアターが復活し、旧作や新作を上映している。ドライブインシアターは映画のプレミア上映にも使用され、トロント国際映画際とテルライド映画祭が共同で行った「
演劇やミュージカルなどもすべて上演中止となっている中、車に乗ったまま楽しめるイベントも登場。2020年のハロウィンからロサンゼルスのダウンタウンでは、Netflixの人気作品「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の世界観を再現したドライブインテーマパークが開催されている。
また、映画配給会社が始めたオンライン上映のプラットフォームKino Marqueeでは、チケット購入の際に贔屓の映画館を選ぶと劇場にも料金が支払われる仕組みが生まれた。Kino Marqueeの“こけら落とし”作品は日本でも公開中の「
深刻なコンテンツ不足が待ち受ける
このパンデミックにより、人々のストリーミング依存は加速した。Netflix、Amazon Prime Videoともに新規加入者を増やし、2019年11月にサービスを開始したディズニープラス、2020年5月開始のHBO Maxも好調に加入者数を伸ばしている。2021年はその揺り戻しが来ると予測されていて、新規サービスの加入者に与えられている無料視聴期間が終わったときが正念場となる。また、今後のコンテンツ制作の遅れも影響を及ぼすだろう。カリフォルニア州では感染率の上昇とともに再度ロックダウンに近い状況が続いていることから、全米映画俳優組合やハリウッドの労働組合が対人での映像制作の一時停止を推奨している。2007年11月から2008年2月まで行われた全米脚本家組合のストライキで映像制作がストップし、その後の作品供給に影響を及ぼした際よりも深刻なコンテンツ不足になると言われている。
賞レースも軒並み延期に
アカデミー賞は、例年2月末から3月に行う授賞式を4月25日に延期。劇場が閉鎖されている間に公開された映画につき、配信での上映も受賞資格を得る。わずか2年前、アルフォンソ・キュアロン監督の「
想像も付かないBreaking Newsの連続
2020年のハリウッドに起きたコロナ禍の主な影響を列記したが、本当に変わってしまい、そしてもとに戻すのが難しいのが観客や視聴者の心情だ。手元にある2020年のカレンダーを見返すと、3月19日に「ロックダウン開始」と記されている。あれから10カ月以上、映画祭も取材もすべてリモートで、外食も外出も制限されたままだ。好転する兆しのない現状を日々目の当たりにし、映画に関係する事業に従事している我々でさえ、まだ不特定多数が集まる場所に身を置く心構えはできていない。そして、映画館が閉鎖している間のストリーミングサービスの台頭で視聴環境も激変し、コンテンツが消費されるスピードも加速した。日々のニュースで伝えられるコロナ禍や混乱した政治の窮状は、2020年以前と以降のナラティブを完全に変えてしまった。悲観も達観もしていないが、映画など映像作品を巡るハリウッドの状況はまだ混乱の最中で、今後何が起きるのかまったく想定できない。以前に大統領選の原稿で「クリフハンガー(話の続きを期待させるような終わり方で次回に持ち越す作劇手法)のような出来事が続いている」と書いたが(参照:激動の2020年 ドラマで知る“現実味のない”アメリカと米国大統領選挙)、今はアメリカが主人公のリアリティTVにすみっこのほうで参加しながら観ているような気分だ。常に想像も付かないような「Breaking News(ニュース速報)」が投入される。いつ、誰が、何が、どんな形で悪夢のようなリアリティTVを終えてくれるのか、それすらもわからない。
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