「こういうおかしな人もいる」とわかってほしい(大橋)
──確かに「ゾッキ」に限らず、大橋さんのマンガは、どうしようもない人に対する目線が優しいのがいいなと個人的にも思っています。ダメな人が多く出てくるんですけど、作中ではあまりバカにされず、否定されずに生きているというか。大橋さんの、その優しい目線の根本にあるのはなんなんでしょうか。
大橋 自分が昔からうまくやってこれなかったんですよね。例えば人がいるところでしゃべれなかったり、変な行動を取ってしまったりとか。だからそういうおかしな人を見ても否定するわけじゃなくて、「こういう人もいる」ってことをわかってほしいからそういうキャラクターや話を描いてるのかもしれないです。もちろん単純に、そういう変な人は面白いから描いてるという部分もあるんですけど。
佐久間 大橋さんのマンガは登場人物がみんな、世の中のど真ん中よりは、居心地が悪い人が多いのが共感するというか、救われるところですよね。僕もさっき言ったように人付き合いをまったくしてないし。この仕事を始めてすぐ思ったんですよ。「芸能界も会社も好きじゃないな」って(笑)。だからゴルフも行ってないし、ごはんも誘われたら行くぐらいだし。
──それなのに人気プロデューサーなわけですから、実力がすごいということでは。
佐久間 誰とも付き合ってないから、それが逆によかったのかもしれないですね。テレ東を辞めるってなったときも、会社の誰からも止められかったですよ。「止めるほど仲良くねえな」ってみんな思ったのかな(笑)。
──(笑)。大橋さんは、「自分のマンガが実写になるなら、原作のこういう部分が守られてたらいいな」というのはあるんですか。
大橋 自分の作品に限らずなんですけど、「ここで笑わせる」とか「ここでこう見せる」みたいなのが強すぎると、ちょっと「ああ……」と思ってしまうんですよね。この映画は全体を通してそこがいいバランスで押さえられてる感じがよかったです。そういえば僕、佐久間さんがやってたバラエティ番組「キングちゃん」(注1)の中の、「ドラマチックハートブレイク王」(注2)が大好きなんですよ。
注1:「NEO決戦バラエティ キングちゃん」……佐久間がプロデューサーを担当していた、テレビ東京のバラエティ番組。千鳥をMCに、ゲストの芸人たちがさまざまな企画で対決する。2016年から2018年にかけて放送された。
注2:「ドラマチックハートブレイク王」……「キングちゃん」の中の人気企画の1つ。ゲストが学校の教室や体育館といった青春ドラマ的なシチュエーションの中で、学生時代の失恋についてエピソードを披露する。どんなにカッコ悪い話でも、あくまでドラマのシチュエーションに合わせてドラマチックにカッコつけて語るのがルール。
佐久間 僕もあの企画、大好きなんです。でも始めるときは企画の趣旨がなかなかスタッフにもわかってもらえなかったんです。「『テラスハウス』みたいな撮り方で失恋エピソードトークをするんだよ」「そこでボケるんですか?」「いや、ボケない。ドラマのスタッフでカッコよく撮るんだよ」って一生懸命説明したんですけど(笑)。
──カッコつけながらダサいことを言うのが面白い、というのがなかなか理解されなかったと。
大橋 エピソードトーク自体も面白いけど、「すべらない話」とかみたいな、ガツっと「笑わせるぞ」という空気ではない、ドラマみたいなああいう状況の中で笑えるのがいいなと思ってます。あれはいいバランスですよね。
佐久間 確かにそういう意味では、大橋さんのマンガのテイストと似てるかもしれませんね。だけど、「ハートブレイク王」は笑わせようとしてない空間の中での笑いだけど、大橋さんのマンガってちょっと違う。感動させようとするフリがないところに急に感動がくるじゃないですか。「裏切ったから面白い」というギャグと同じ構造で感動が来る。感動しなくていい場所に急に裏切って感動が来るから何倍も印象に残るというのが、大橋さんのマンガを読んでいるとときどき訪れるんですよね。
──なるほど……。
佐久間 いやあ、大橋さんから「ハートブレイク王」が好きだと言っていただけて、うれしいです。
大橋 あれはもうやらないですか?
佐久間 終わった番組だし、会社も辞めるんで、どこかに持ち込もうかな(笑)。
「伴くん」は気持ち悪いだけの話かと思ったら……(佐久間)
──佐久間さんは「ゾッキ」の中で好きなエピソードはありますか?
佐久間 「伴くん」はすごく好きですね。原作も好きだし、映画の中に入ってて、しかもメインエピソードになっていると知ってすごくうれしかったです。
──牧田くんという少年が、ちょっとおかしなクラスメイト・伴くんから「君の姉ちゃん、美人らしいな」と話しかけられることから始まる物語ですね。それをきっかけに2人は仲良くなり、伴くんは会ったことのないお姉ちゃんのことをどんどん好きになるものの、実は牧田くんには姉がいなくて……という。おかしな話なんですけど、青春ストーリーです。
佐久間 だから、これを読んで「映画にしたい」っていうのならわかります。でも竹中さんは「父」きっかけなのがすごいなと思いました。
大橋 そうですよね。
佐久間 で、「伴くん」で描かれる、未熟さから出てくる気持ち悪さって、青春の中での“あるある”じゃないですか。その気持ち悪さとあるある感だけで終わるのかと思ったら、ストーリーとして捻りがある形で完結してるので、マンガを読んでてすごくびっくりしたんですよ。だからすごく好きですね。
大橋 ありがとうございます。
──映画「ゾッキ」はキャストが豪華かつ個性的だと思いますが、気になった出演者はいますか?
大橋 いっぱいいるんですけど、伴くん役のコウテイの九条(ジョー)さんはよかったですね。
佐久間 完璧でしたよね! びっくりしちゃいましたよ。
大橋 九条さんは、監督の1人である齊藤工さんがキャスティングされたんですよ。
佐久間 へえー! すごいですね。伴くん役として九条さん、よくぞそこに気が付いたなと思いますよ。
大橋 あと吉岡里帆さんもよかったです。演技のことは詳しくわからないですけど、最後のほうで出てくる役の、あの絶妙に実際にいそうな感じはすごいなと思いました。
佐久間 僕もいろんな人がよかったですけど、國村隼さんがいきなり出てきて映画が締まってる感じは笑っちゃったな。あそこだけ任侠映画みたいなキャスティングだから(笑)。
──同じシーンにピエール瀧さんもいましたから、ちょっと「アウトレイジ」感があって。
佐久間 あ、あと倖田來未! 僕、できるだけ事前情報を入れないようにして映画を観たので、倖田來未がある場面で出てきた瞬間は爆笑しましたね(笑)。
大橋 あっはっはっは。
佐久間 一瞬「そっくりさんかな」って思っちゃった。よく見るとホントに倖田來未だから超笑っちゃったなー。ちょうどいいヤンキーみたいな役で。
──確かに「なんで?」と思いますよね。倖田さんは、竹中さんが「役者をやってくれるのかな……」と恐る恐るオファーしたそうです。九条さんもですが、本業ではないキャストの印象が強いかもしれないですね。
佐久間 竹中さんとか山田さん、齊藤さんみたいな、出役(出演者)もやってる方って、そういう本業じゃない人に対して「この役で出てもらおう」ってピンポイントで出演させるのがうまいんですよね。
登場人物がちゃんとその人生を生きていく(佐久間)
──大橋さんのマンガは「ゾッキ」のほかにも「音楽」「シティライツ」が映画化されていますよね。また峯田和伸さんやスカートの澤部渡さんなど、多くのミュージシャンも大橋マンガのファンを公言しています。大橋さんはクリエイターに愛される作家という印象があるのですが、それはなぜだと思いますか?
大橋 自分ではそんなにわかってないですけど、ミュージシャンの人たちには「余白がある」というのは何回か言われて、「そういうことなのかな」とは思いました。
──描かれてる部分以外のことを想像する余地があるというか。
大橋 その余白を実写化とかでどうにか埋めたくなるとか、そういうのはあるかもしれないです。
佐久間 「余白が感じられる」というのはやっぱり、作品1つひとつに新しさ、発明があるからだと思いますよ。いいコントってまず設定から面白いんですけど、それと同じで、マンガの設定やキャラクターの配置とかの、前提の部分が大喜利として面白い。それがあるから、「このアングルから世の中を見たストーリーを作ってみたい」と思えるんじゃないかなって。それなのにちゃんと、登場人物が生きていくっていうのが魅力だと思ってます。
──「生きていく」とは?
佐久間 気持ち悪かったり変だったりする登場人物は、普通のギャグマンガなら「変な人ですよ」って面白がられて笑われるだけなことが多いじゃないですか。大橋さんのマンガはそうじゃなくて、その先も描いてるなって。生きている人として描いて、その人生を完結させてあげている。
──「伴くん」なんかはまさにそうかもしれません。
佐久間 さっき言った、「発想はギャグマンガのやり方なのに、ストーリーマンガになっている」というのはそういうことですよね。大喜利的なのに、キャラクターが大喜利の道具になってるだけじゃないんですよ。そこがいろんなマンガと違うところ。
──なるほど……。「ゾッキ」はその魅力を非常に説明しづらい映画だと思うので、今日はこうやっていろいろ言語化してもらって腑に落ちました。公式サイトでも「カテゴライズ不能」とか「なんだかわからないけど、あなたの明日がちょっと楽しくなる」と書いてあって。
大橋 映画だけじゃなく、僕の単行本が出たときって、書店員の人もPOPをどう書くのか悩まれてるらしいです。
──佐久間さん、そこをあえて、この映画の魅力を一言で言語化するならどういった言葉になるでしょう。
佐久間 僕はマンガの「ゾッキC」の帯に、「世界が嫌いになりそうな時に、この本を読み返します」と書かせていただいたんですけど、映画もこれに当てはまると思います。「うまくいかないこともあるけど、別にそれで絶望することなくね?」「たまにいいことあるし、必要以上に卑下する必要なくね?」みたいな感じの映画だと思いましたね。
──なるほど。すばらしいです。
佐久間 あと帯コメントって実は、出版社側には5つ提出してたんです。それを見返したら、映画にはこっちのほうが合ってるかな?っていうのが1つありましたよ。「切なさと優しさと、あと何かの最高峰」。
大橋 あはは(笑)。ありがとうございます。
──いいですね、「何かの最高峰」。最後になりますが、この映画をどういう人に観てほしいですか。
佐久間 僕は本当に、普通に映画好きの人に観てほしいです。「ゾッキ」ってマンガも独特だし、とっかかりがなかなか難しいとは思うんですけど、観てしまえば難しいところは何もないと思うんですよね。原作の短編の中でもストーリーがグッとくるものが映画になってるし、映画としてのレベルはすごく高いと思いました。監督が3人いて、それぞれのパートを担当して撮ってるけど、ちゃんと世界観が統一されていて、ちぐはぐではないですし。もちろん役者監督が撮ったっていう感じでは全然ないし、色眼鏡で見る作品では全然なくて、ちゃんと面白いですよ。
大橋 ありがとうございます。僕としては、ふだん僕のマンガを読まない人に観てほしいですね。単純に反応が見たいです(笑)。