「ゾッキ」大橋裕之×佐久間宣行|説明しづらいけど、“何かの最高峰”。大橋ワールドの魅力を佐久間Pが紐解く

映画「ゾッキ」が、4月2日より全国で公開される。原作は大橋裕之の短編集「ゾッキA」と「ゾッキB」。大橋のキャリア初期に描かれたさまざまなエピソードを、映画化にあたって1つの物語にまとめたものだ。監督は竹中直人、山田孝之、齊藤工の3人。キャストには吉岡里帆、鈴木福、石坂浩二、松田龍平、國村隼ら、個性的な俳優陣が集った。

コミックナタリーでは映画「ゾッキ」特集の一環として、原作者の大橋と、3月に発売された新たな短編集「ゾッキC」に帯コメントを寄せたテレビプロデューサー・佐久間宣行の対談を実施。数々のバラエティ番組を手がけるほか、マンガ・アニメ・映画・演劇などさまざまなコンテンツを愛することでも知られる佐久間に、なんとも不思議な大橋作品の魅力を言語化してもらった。

取材・文 / 松本真一 撮影 / 笹井タカマサ

大橋さんは「共感百景」でも面白かった(佐久間)

──佐久間さんは以前から大橋さんのマンガのファンだったんですよね。

左から大橋裕之、佐久間宣行。

佐久間宣行 そうですね、「音楽と漫画」も好きだし、「シティライツ」も読んでます。

──それぞれ「音楽」「超能力研究部の3人」というタイトルで映画化されていますが、「映画化されるなら読もう」というわけでもなく?

佐久間 もっと前からですね。あとトーチWebでやってるのはなんでしたっけ。

大橋裕之 「太郎は水になりたかった」。あれは自費出版のときから描いていて、トーチではそれをリメイクした感じのものを2014年ぐらいからやってますね。

佐久間 そうなんですね。最初に読んだのは「音楽と漫画」だった気がします。マンガは毎日アプリとかSNSで探して読んでるんですけど、大橋さんのマンガはどこかで見つけて、まず絵柄で面白そうだなと思って読んだら、「すげえな、これは」と思って作者の名前を覚えて。それからちょくちょく読んでたら、大橋さんが「共感百景」っていうイベントに現れたんです。

──「共感百景」は、参加者がお題に沿った自由律俳句を詠むライブイベントですね。参加者はお笑い芸人が中心ですが、作家の西加奈子さんや、能町みね子さん、トリプルファイヤーの吉田靖直さんなど、さまざまなジャンルの方が出演されています。のちにテレビ東京でテレビ番組にもなってますね。

佐久間 その番組のブッキングは僕がしていたので、大橋さんにも出てもらいました。でも直接お会いしたのはそれぐらいですよ。そのときも「よろしくお願いします」っていう挨拶ぐらいでしたよね?

大橋 そうですね。収録は緊張しましたし、出たあとは後悔とまではいかないですけど、すごく落ち込みました(笑)。同じ界隈というとアレですけど、吉田くんとか清野(とおる)さんがすごすぎるので。

佐久間 ライブ版の「共感百景」は2011年にやった第1回のときから、行ける回はほぼ観に行ってるんですけど、大橋さんっていつから出てました?

大橋裕之

大橋 覚えてないですけど、最初からは出てないですね(※2012年に開催された第3回から出場)。

佐久間 でも大橋さんも面白かったですよ。例えば西加奈子さんは「さすが小説家だな」っていう文章表現の答えを出して、トリプルファイヤーの吉田くんは正統派の“あるある”で。同じマンガ家でも、清野さんは“あるある”じゃなくて“ないない”っていう感じの答えだったんです(笑)。

大橋 そうでしたね(笑)。

佐久間 その中で大橋さんも、ちゃんとあるある感があって、しかもその瞬間の映像がジワジワと浮かぶ答えを出していて、面白いなと思った記憶があります。

──「共感百景」では、大橋さんは何回か優勝されています(参照:大吉の初MC冴える「共感百景」大橋裕之が2大会連続優勝)。例えば第5回では大橋さんは、「嘘」というテーマに対して「本当はベストアルバムしか聴いたことない」と詠み、その日の最優秀回答を受賞していました。歌人の東直子さんも「『本当は』の前にあるストーリーが感じられる」と絶賛しています。

佐久間 大橋さんが詠んだフレーズを聞くと、じわじわと動画が頭に浮かんでくるから、さすがだなと思って。なぜか静止画じゃないんですよね。

4コマギャグで悩んだ結果、ストーリー寄りに(大橋)

──BRUTUS(マガジンハウス)で佐久間さんが著名人にいろんなおすすめコンテンツを紹介する連載企画「佐久間宣行のカルチャー交歓!!」では昨年末、大橋さんが登場しましたよね。それを見て、「共感百景」以来交流が続いてるんだなと。

佐久間 いやいや、全然です。僕はほとんどすべての人と交流しないんですよ。数少ない、何度かごはんに行ったことのあるオードリーの若林(正恭)くんにも、テレビ東京を辞めることを言ってなくてガッカリされたし(笑)(※この対談は、佐久間がテレビ東京を3月末で退社することが発表された直後に行われた)。

──「カルチャー交歓!!」では、大橋さんにぼる塾のYouTubeチャンネルを勧めていました。

佐久間宣行

佐久間 僕、ぼる塾チャンネルをダラダラ流すのが意外に好きなんですよ。大橋さんは普段の生活があんまり想像できないんですけど、日頃からカルチャーをたくさんインプットしてそうなので、あえて「ぼる塾のテンポが合うんじゃないかな」って。

大橋 ぼる塾ちゃんねる、すごいよかったです。でもインプットは全然多くないですよ。なかなか腰が重くて、映画とかもたまにしか……。

佐久間 そうなんですか? それでどうやってこんな……なんて言ったらいいのかわからないけど、マンガの内容を思いつく最初のきっかけってなんなんですか?

大橋 ワンシーンから思い浮かぶことが多いですね。人から聞いた話だったり、自分が体験して「これはマンガになるな」ってことをメモすることもありますし、いろいろです。そこからいろんなものをくっつけて広げます。

佐久間 なんか、大橋さんのマンガってすごく斬新なアイデアがありますよね。発明というか、大喜利の回答が強いっていうか。

──最新の短編集「ゾッキC」に収録されている中だと「世界最古の電子楽器 静子」とかもすごいですよね。大正時代に祖父が作った「静子」という電子楽器をなんとか鳴らそうとする男の話なんですが、この設定はどこからきたんですか?

「ゾッキC」に収録された「世界最古の電子楽器 静子」より。大正時代に作られたという巨大な建物状の電子楽器・静子を巡る物語だ。

大橋 これはなんですかね……。初めて商業誌(クイック・ジャパン)で描いたやつで、テンパってしまっていたのであんまり覚えてないです(笑)。

佐久間 マンガ家の中でも、この世で一番大変なのって、吉田戦車さんとかみたいなギャグマンガ家だと思うんですよ。毎回、発明をしなきゃいけないから。

──確かに特に4コマのギャグなんて登場人物や状況設定が毎回違うわけですから、ある意味でストーリーものより大変な部分はあると思います。大喜利のお題と答えを1話ごとに考えなきゃいけないというか。

大橋 18歳のときに初めて新人賞に応募したんですけど、そのときはギャグ4コマを描いてました。吉田戦車さんとか和田ラヂヲさんが大好きだったので。

佐久間 やっぱりそうなんですね。

大橋 「伝染るんです。」とかのマネみたいな感じでやってたんですけど、これはもうあの人たちにやりつくされてしまってるなと。だからギャグマンガという感じでやっていくと勝負できないな……って何年か悩んで、もうちょっとストーリー寄りに。

佐久間 ああ、発想の源泉とか手法はギャグのときから変わってないけど、それをストーリーに落とし込んだと。

大橋 そうだと思います。

佐久間 やっぱりそうなんですね。「4コマみたいな発想で描いてるのに、ストーリーになってるな」っていうことは感じていたんですよ。それはストーリーものに「新しいことを入れなきゃ」ってことでギャグを入れたのか、もともとギャグが好きだったのかを今日は聞きたかったんですよね。ありがとうございます。

ちゃんと「ゾッキ」を好きな人が映画化したと感じた(佐久間)

──「ゾッキ」がこのたび映画になったわけですけど、初期短編集を1つのストーリーにして映画化されるのはなかなか珍しい試みだなと。どういう経緯で映画になったんでしょうか。

大橋 映画の監督をやってくださった竹中(直人)さんがもともと、俳優の前野朋哉くんと一緒に舞台をされていたんです。そこで前野くんの楽屋の冷蔵庫の上に置いていた「ゾッキ」を、竹中さんが見つけて、「何これ」って借りて読んで「これを映画化したい」って言ったのが最初です。

佐久間 行動力がすごいですね。

映画「ゾッキ」より。竹原ピストル演じる父と、潤浩演じるその息子・マサルは、ある理由で夜の学校に忍び込む。

大橋 竹中さんは「ゾッキB」に入ってる「父」という作品を読んで「映画にしたい」って思ったらしいんですよ。

佐久間 えっ、そうなんですか? 僕、「ゾッキ」の中のどの短編が映画になるかを知らずに観たら、「父」も入ってたので「へえー、これも映画にするんだ」って少しびっくりしましたよ。

──ちょっと説明しづらいお話ですからね。

大橋 校舎のガラスが割れて地面に落ちて、サクサクって刺さるシーンがあるんですけど、そこを撮りたいと思ったそうです。

佐久間 なるほどなあ。

「ゾッキB」に収録された「父」より。

──言われてみればそのシーン、妙に印象に残る撮り方でした。おふたりは、映画「ゾッキ」を観られた印象としてはいかがでしたか。

大橋 僕は何度か観ないとなかなか客観的になれなかったですね。でも何度も観るうちにすごくなじんできて、好きな感じになってました。変な映画ではあると思うんですけど、あったかい、いい映画だなと。

佐久間 最初は「ゾッキ」のあの感じを映像化するのはすごく難しいだろうなと思ってたんですよ。なんて言うんですかね、サブカル系のマンガを映画化すると、「何も起きてないけど空気感だけよくないですか」みたいな……そういうの、あるじゃないですか(笑)。

大橋 なんとなくはわかります(笑)。

佐久間 何とは言えないけど、あるじゃないですか。「ゾッキ」は特にそうなりそうだなって思ってたんですけど、観てみたらマンガを読んだときの読後感が損なわれてないから、すげえなと。本当にちゃんと好きな人が映画化したんだなと感じましたね。

──読後感が再現されていたと。そういう意味で言うと、マンガがお好きで、マンガ原作の実写映画やアニメも多く観られている佐久間さんに伺いたいんですが、マンガが実写やアニメになるときに、大事な部分ってなんだと思いますか? もちろん原作の作風にもよるとは思いますが。

佐久間 キャラクター重視のマンガだったらキャラクターを活かさないと、そりゃあファンは怒りますよね。でも「作者が世の中をどう捉えているか」という観点が大事なマンガであれば、その価値観こそが心臓の部分で。そこを映画やアニメのスタッフに共有しておかないと、とは思いますね。

──そういう意味では「ゾッキ」の実写化は成功している?

佐久間 はい。本当にこの作品のいろんなところを理解したうえでの映画化だなっていうのは感じました。すげえ恥ずかしいこと言うと、「ゾッキ」はテーマの中に「愛」っていうのがあって、それがちゃんと映画にもあったなと。