湯浅政明×霜山朋久×佐藤大が振り返る「ユーレイデコ」今いるところと地続きの世界、だけど未来は怖くない

7月から9月にかけて放送されたオリジナルアニメ「ユーレイデコ」。サイエンスSARU制作によるポップでカラフルなアニメーションが目を引く一方で、社会的なメッセージを含んだSFとも、少女の成長を描く青春ジュブナイルとしても楽しめる、奥深い作品に仕上がった。

コミックナタリーでは放送開始時にも監督の霜山朋久、脚本の佐藤大に話を聞いたが、今回は「ユーレイデコ」のもとになった1枚のイラストを手がけ、企画に参加していた湯浅政明にも登場してもらった。湯浅の手から霜山監督へ「ユーレイデコ」のバトンを渡して以来、対面で揃うのは久しぶりだという3人。放送を終えた今だからこそ話せる「ユーレイデコ」の振り返りや、作品に込めた思いはもちろん、霜山がアニメ監督として湯浅をリスペクトする部分や、それぞれのアニメ作りの近況まで、和やかなクリエイターズトークをお楽しみあれ。

取材・文 / 前田久撮影 / 小山美里

「贅沢」で「幸せ」だった、全12曲のコラボソング

──改めまして、「ユーレイデコ」無事放送を終えられて、霜山監督と佐藤さんはお疲れ様でした。最終話の放送から1カ月くらいが経った今は、ちょうど制作時の記憶もまだホットに残っているし、それでいてクールに振り返りもできるくらいのタイミングかなと思うのですが。

霜山朋久 今回は全話完成してからのオンエアだったので、「ホット」な部分は若干いつもの作品よりも落ち着いていて、心が「ほっと」している状態です。ダジャレになってしまいましたが(笑)。よかったな、意外と皆さんに観てもらえたなって。

佐藤大 僕は作業からもっと間が空いてるんですよ。脚本が全部終わってから、もう1年半以上経っているので、放送中も客観的にお客さんの反響を見ていました。「仕込んでいたことがけっこう伝わったな」とか「こうすればもっと伝わったかな」とか、ちょっと反省モードに入ったりもして(笑)。そんなふうに振り返ってみても、音楽がよかったですね。コラボソングも含めて、すごく幸せでした。あのラインナップで作られた12曲、アルバム1枚分のコラボの曲がある状態というのは、絶対にありえない感じですから。

霜山 音楽に関しては、ホン読み(脚本打ち合わせ)の段階で、音楽の造詣が深い大さんから、いろいろアドバイスをもらったり、「こういうことをやったら面白いですね」って話をしていたんですよね。そこからバンダイナムコフィルムワークスさん主導で、通常のアニメでは考えられないような展開がどんどん広がって。監督としても「贅沢だな」って思いながら見ていました。また関わってくれたアーティストの皆さんは、エピソード単体はもちろん、シリーズを通しての作品の読み込みが深くて、ここまで作品にしっかり関わってくれることに感動しました。

──確かに。

霜山 自分の監督としての仕事という意味では、連続したストーリーがちゃんとあるオリジナル作品を監督するのは初だったので、その点も感慨深いです。前回、事実上の監督にあたるチーフディレクターを務めさせてもらった「SUPER SHIRO」は1話完結でしたし、一応オリジナルではありますけど、「クレヨンしんちゃん」という母体にあたる作品があってのものでしたから、落としどころは見えていた。今回のように、何も見えないところに行くぞ、という感じではなかったんです。「ユーレイデコ」も、形にできるはずだぞ、と思いながら作ってはいましたが、予想していたよりもしっかりとした形になって、よかったなと。

霜山監督が改めて感じた“監督・湯浅政明”の力量

──やはりマンガや小説といった明確な原作のない、アニメオリジナル作品をやるというのは、完成形を見定めながら作るのが大変なんですね。湯浅さんはそれこそ、今活躍されているアニメ監督の中でも、精力的にオリジナル作品を手がけておられる。霜山監督は、今作を手がけながら、オリジナル作品を手がける監督としての湯浅さんのすごさを改めて感じることはありましたか?

霜山 クリエイティブの発想だったり、ビジュアルの発想だったりの素晴らしさは、湯浅さんの作品を観ればわかることなので、ここであえて語るようなものではないですよね、きっと。湯浅さんって、作品だけ見ると天才で、ひらめいて、なんでも気持ちよくさくさくやっている人なのではないかって皆さん想像していると思うんです。でも実際は全然そんなことなくて、現場では周りがどうやれば上手に動けるか、気を遣いながら、本当に優しくやってくれているんです。それぞれのスタッフのいいところを、湯浅さんが作品で目指しているものと反対の方向性に行かないのであれば、できるだけ使えるようにして流しちゃうんですよね。そのままだと困るところや、作品として押さえるべきところだけ直す。現実的な、ものを考えながら実務的なところを回す能力が圧倒的に優れてるんですよね。

湯浅政明 ひらめきでやってますよ(笑)。

霜山 またまた!(笑) ひらめきがあっても、それを実務にちゃんと落とし込んでいるじゃないですか。

湯浅 オリジナルを作るとなると、やはりどの部署も大変だと思うんですよ。近年、アニメーションはやっぱり、「画」の力が重要なんだなと改めて感じています。実写よりもたぶん、重要なんです。「画」作りの方向で説得できる方向がまったく違ってくるので、企画から脚本、デザインから、作画スタイルから、色を着けて最終的なアウトプットに辿り着くまで、一筋の流れの中に方向を保つことで、やっと内容を支える「世界観」ができて、自分たちが目指している「作品」が観客に届くんだなって感じがしていますね。

湯浅政明

湯浅政明

──昔と比べて、監督の考えた個性的なビジョンをフィルムに落とし込むまでの、いろんな各部署で連携を取り、アイデアを取りまとめる作業の難易度と言いますか、作業量が上がっている印象があるのでしょうか?

湯浅 こちらはアイデアを出してほしいのに、あまり出てこない現場が多いんじゃないでしょうか?(笑)

霜山 セクション分けがきっちりしていますよね、昔より。

湯浅 アイデアをたくさん出してくれれば、もっと渡すのにって思うんだけど、「それは自分の仕事じゃないんで」とか、立場を用意しても使われないアイデアを出すことを渋ったり。そうなると、やっぱりこっちでやっちゃうことになる。全部こちらで手取り足取りやったとして、その通りにやって来る人も少ないので、メインスタッフが揃えていかねばならない物量が大変になってきてる感じがしますね。「ユーレイデコ」の現場はどうでしたか?

佐藤 脚本の話で言えば、割と最初のほうでうえのきみこさんが参加してくれることが決まったんですよね。僕はその段階から、うえのさんに自由に書いてもらいたいと思っていて、実際に想定のななめ上を行くようなアイデアがどんどん出てきたのはうれしかったです。そういう意味ではオリジナル作品らしく、出てきたアイデアをどう取り入れていくかの部分で、かなり楽しくやらせてもらえました。

霜山 それで言うと、制作当時はサイエンスSARUに所属していて、今はフリーになった星さんは活躍してくれましたね。

アニメ「ユーレイデコ」より。

アニメ「ユーレイデコ」より。

湯浅 キャラ原案の最初のほうだけまだ自分もやっていたんですけど、星さんの仕事はよかったですね。フィンのあのスタイルを最初に描いてきたのも星さんでしたよね?

霜山 そうです。そのあとも、フィンの生い立ちのアイデアとかのイメージを、星さんが自主的に描いてくれて。「これはおいしいな」と思ってホン読みに持っていって、「社内スタッフからこういう楽しいのがあがってきたんですけど、ネタに使えますかね?」みたいなことをやったんです。

佐藤 9話の内容の半分くらいは、そのアイデアがもとになってますね。

直接会わなくても“並走している”感はある

──ずっと和やかな空気でお三方が話されていて、親しさが伝わってきます。普段からけっこうやり取りをされる機会は多いんですか? それこそ同時期に皆さん、サイエンスSARUのスタジオにいらっしゃることも多かったでしょうし。

湯浅 いや、同じフロアですけど霜山くんと自分は広い部屋の端と端にいる感じで、実はスタジオでは話す機会もほとんどなかったですね。

霜山 知らない人が見たら仲悪いんじゃないかって思われるような状態でしたよね(笑)。

佐藤 おふたりもそんな感じですか。僕は湯浅さんに会うの、3年ぶりくらいですよ。2019年の末に、「ユーレイデコ」の霜山監督への引き継ぎがあったときに会ったのがラスト。

佐藤大

佐藤大

──なんと。あまりに空気が自然で、気付きませんでした。

湯浅 忙しかったのでやってる作品以外の人と話していないなというのはあったんですが、3年ぶりってのは驚きですね。

佐藤 そのあたり、コロナ禍になってからの距離感って、おかしくないですか?

湯浅 コロナ禍は、スタジオに来ても人は少なかったし、自宅でやっていた時期もけっこうあって、SNSなどでほかの人の活動は見えてはいるんですけど、考えたら本当に自分は人と会ってなかったんですよね。

佐藤 僕と霜山監督ですら、「ユーレイデコ」の放送が始まるにあたって、仕事を理由に会ったのが、1年ぶりだったんですよ。

霜山 放送合わせのオンライン先行上映会の前に会ったのが、脚本作業が終わってから初の機会で。

佐藤 そうそう。それまではずっとZoom越し。

霜山 生身だと2年ぶりでしたね。

──霜山さんと湯浅さんがちゃんと話された最後の機会は?

霜山 「ユーレイデコ」の引き継ぎの後だと、「『日本沈没2020』の最終話、素晴らしいですね!」って、ちょっとだけ言いました。

湯浅 え。ごめん、記憶がない……(笑)。

霜山 大丈夫です! 湯浅さん、すごく忙しい頃でしたから(笑)。それでもとにかく素晴らしかったので、感想をどうしても伝えたくて、思わず話しかけたのが最後ですね。

霜山朋久

霜山朋久

──今、この場は歴史的瞬間だなあ……と感じてしまいます。

湯浅 歳取ると2、3年経つのはあっという間ですよ(笑)。年に1回も会っていれば、もう親友って感じです。

佐藤 ははは(笑)。会ったときに雰囲気が変わらないのがすごいな、と感じますね。

湯浅 それはやっぱりSNSやネットニュースですかね? よくも悪くも。活躍の情報はいろいろ流れて来てますから。

霜山 大さんは「え、このタイトルもやってるの?」ってしょっちゅう思います。

佐藤 おかしなことになっていたんで、ここ最近……(笑)。

霜山 コロナの影響もあって?

佐藤 そうです。本当はもうちょっとバランスよく、分散して関わった作品が公開されるはずだったのに、時期がズレて3つくらい一緒になっちゃって。

霜山 あ、そうだ。それで言うと、言ってなかったかもですが「サイダーのように言葉が湧き上がる」素晴らしかったです! あれは本当、観てよかった。

佐藤 ありがとうございます。そうだ、僕、「犬王」観ました。本当に素晴らしかった。

湯浅 あはは。ありがとう。

霜山 素晴らしかったですねえ……。

佐藤 お互い、そういう作品の感想の答え合わせすらしてない(笑)。

霜山 そうですね。ぼんやり「観たな、いいな」って思ったまま、伝えそびれてる(笑)。

佐藤 「言わなきゃな」って思いながら、あっという間に1年が経つ(笑)。でもそうやって、結局会わなくても、話さなくても、作品であったり、何かやってることが聞こえてきたりすると、なんとなく業界全体として並走している感じはするなっていう気はしますね。

湯浅 SNSやネットって、話をしてなくても、なんか身近にいるような感じがしちゃうんですよね。

霜山 脳内に勝手に相手の人格を作ったりもして。

佐藤 わかる。「元気そうだな」とか「大変そうだな」って、頭の中で勝手に思っていますね。