サイエンスSARUが制作を務めるオリジナルTVアニメ「ユーレイデコ」が7月から放送中だ。“近未来ソーシャルネットワーク・アドベンチャー”を謳う同作の舞台は、「らぶ」と呼ばれる評価係数が生活に必要不可欠になった情報都市・トムソーヤ島。現実とバーチャルが重なり合うこの島で起こった、“0現象”という「らぶ」消失事件に巻き込まれた少女・ベリィは、天才ハッカーで“ユーレイ”のハックが所属するユーレイ探偵団に参加し、トムソーヤ島に隠されたある真実を探っていく。
ナタリーでは、同作の放送を記念した特集記事を音楽、コミックの2ジャンルで連載中。第3回では、「ユーレイデコ」で劇伴・テーマソングを手がけるミト(クラムボン)と、「ユーレイデコ」と同じくサイエンスSARU制作の「平家物語」をはじめ、アニメ劇伴を数多く手がける牛尾憲輔の対談をお届けする。ともにアーティストとして活躍しつつ、今のアニメ界にはかかせない存在となっている2人は、アニソンDJユニットを組むなど古くからの仲。自身の作家性、互いの印象、作品への向き合い方といった話題から、Netflix独占配信アニメなど変わりつつある環境と仕事についても語り合った。
取材・文 / 前田久撮影 / 星野耕作
「うっわ、これどうすんだろ?」って気持ちになるのはすごく好き
──おふたりの立ち位置が今のアニメ音楽をとりまく状況の中でユニークなのは、もともとアーティストとして知られた存在であり、ヘビーなアニメ・アニソンファンでもあって、そこから劇伴の仕事を始められたところですよね。おふたりでアニソンDJとして活躍されていたこともあって。
牛尾憲輔 ミトさん、最近もアニメって観てます?
ミト 量は全然減ったけど、相変わらず観てはいるかなあ。
牛尾 僕は長いこと、アニメが観られなくなっちゃってるんですよね。劇伴の仕事を始めてから、ほかの作品の音楽に影響を受けるのが怖くて。
ミト 昔はあんなに観ていたのに。
牛尾 そうなんです……。だからそれも含めて、僕は昔といろいろな面が変わってしまっている気がするんです。元の質問とはちょっとズレるけど、ミトさんの中の割合は、今、どれくらいの比率なんですか? クラムボン、アイドルや他アーティストへの楽曲提供、劇伴の仕事の割合は、なん対なん対なに?
ミト うーん、タイミングによるかなあ……。キャラソンばっかり書いているときもあるし、ZOC(現在はMETAMUSEに改名)だとかへのプロデュース仕事に集中しているときもある。クラムボンはそれらの仕事の合間を縫ってやってる感じ(笑)。誤解されたくないのが、これって別にネガティブな意味合いじゃなくて、ほかの仕事をしているとこぼれちゃうモチーフがいっぱい出てくるんですよ。それを発表できる場は、クラムボンしかない。私にとってのクラムボンは、今はそういう存在になってるの。だからそう、これも質問の答えとしてはちょっとズレた回答になってしまうけど、「割合」じゃないのかもなあ。そうした活動の中で、自分の中で作業のチャンネルを変えてるイメージはないから。
牛尾 なるほど。
ミト 言い換えると、クラシックっぽいアレンジに落とし込めるモチーフもあれば、打ち込みに落とし込めるモチーフもあって、そういうのは劇伴なら作品のテーマ曲にできる。でも、そうじゃないものができてしまうときもあって、そんなときクラムボンだったら鍵盤とベースとドラムと原田(郁子)さんの歌で完成させればいいだけの話。私の中ではそういう考えで音楽を作っているんだけど、牛尾くんは違うの?
牛尾 僕の作業のやり方だと、「ライトモチーフ」よりもさらに概念が広い音楽の断片が大量にできるんだけど、おっしゃっていることはわかります。ただ、僕の場合はソロの音楽と作品に提供する音楽ははっきりと切り分けてるんですよ。それは、ソロがより難解になってきたから。もはやリズムないわ、メロディないわ、ノイズだけでいいわ……ってなってきて、言ってしまえば商業的なレベルじゃなくなってきてる。ずっと作ってるけど、もうリリースするかわからないものなんです。子供の頃、勉強部屋でドラムマシーンをひたすらいじってたときと一緒。そんなぐしゃぐしゃの実験作ばかりになったから、そこから劇伴が生まれてくることは、今はあんまりないかもしれない。
ミト でもさ、劇伴の中には、「メッセージ」のヨハン・ヨハンソンみたいに、ずっと発信音がしているだけ、持続音がしているだけみたいなものもあって、牛尾くんの場合、そういうものを求められる可能性もあるわけじゃない?
牛尾 確かに。そうなると、音楽のボーダーは曖昧にはなってくる。
ミト さっきの話は、agraph(牛尾のソロ名義)としてやっていた音楽の領域がどんどんほかの活動によって削られて、agraphの「a」の字もなくなりつつある感があるってことだと私は理解したけど、それって別にネガティブじゃないでしょ? 私はそうだよ。ネガティブに感じることはないし、あと、自分の中で苦手としてきたもの、自分からは積極的に作らないようなものを劇伴でオーダーとして振られたときに、「うっわ、これどうすんだろ?」って気持ちになるのは、すごく好き。
牛尾 それはバイタリティがすごいですよ……。
僕は神田のSF専門古書店
──となるとミトさんは、「この企画は自分向きではないから」という理由で仕事を断ることはないんですか?
ミト 一切ないですね。
牛尾 すごい! 僕は受ける・受けないの基準があって、それは僕がもともとプロパーな、昔からのアニメオタクだった視点があるから、アニメの劇伴はオーケストレーションがちゃんとわかっている、なんでも書ける人に書いてほしいんです。アニメの劇伴作家には、やっぱり(渡辺)宙明先生的なものを望んでしまう。で、当然ながら僕はそうじゃないので、ありがたいことに今はオファーいただけているものの、そこでなんでもかんでも手広くやっちゃうと、劇伴作家としてもファンとしても嫌だなと思ってしまう。よくこうも例えるんだけど、劇伴作家とは本来、国会図書館みたいな存在であるべきだと僕は考えているんです。
──この世に図書館が数ある中で、圧倒的な蔵書量と、レファレンス機能を持つ存在である、と。
牛尾 それに対して僕は、神田のSF専門古書店(笑)。「テクノ」って発注があったら、「どのテクノにします? 89年ごろのデトロイトですか。その中でもどの辺りのものを出します?」みたいに返せるけど、「ジャズ」って発注が来たら、「それはうち、扱ってないんですよ」みたいな(笑)。僕はバンド出身でもないし、本当に家でドラムマシーンをいじっていた延長でしか仕事ができない。その範囲でやれる仕事を、逆算して請けています。
ミト でもさ、牛尾くんが作ってる劇伴はそう聴こえないんだよね!(笑) そこが面白いところなんだよな。
牛尾 めちゃくちゃうれしいです……。
──自己認識とアウトプットにズレがあるということですか?
ミト (牛尾が音楽を手がけた)「DEVILMAN crybaby」も「リズと青い鳥」もそうなんですけど、使ってる音色はシンセだったり、いかにも電子音楽をやる人のサウンドテクスチャなんだけど、なのにクラシックや、コンテンポラリー(現代音楽)のように聞こえる瞬間がある。あれは不思議に思うんだよね。普通にクラシックな、オーケストラルなものを作らないけど、それに近い印象は作品に触れた人にちゃんと与えている。それは牛尾さんの個性だと思いますね。独特よ。
牛尾 もう、そう言ってもらえることだけを守って、これからも仕事していきたいですね……(笑)。僕からすると、ミトさんはなんでもかんでもできる人。国会図書館に近いイメージがある人ですよ。
ミト そうね。私はその気になれば、ディテールから何から、本当に求められているジャンルのサウンドテクスチャをそっくりそのままなぞって、同じものを書けちゃう人ではある。だから、いっぱい作品を書けば書くほど、曲を聞いて「ミトっぽい」って誰も思わなくなってくるのね。それが実は快感で。
牛尾 その快感はわかる。僕は「牛尾節」があると言われがちなんですよ。エゴサすると、「一聴して牛尾の曲だとわかった」みたいな感想がめっちゃ出てくる(笑)。これが、つぶやいている人に罪はないんだけど、すごくイヤですね。発注に応えることで、個性がプロフェッショナリズムの中に溶けていく、その感覚に憧れます。
ミト うーん、でも私の場合は、発注に忠実に応えることが「プロ」と呼べるものなのかも、もはやわからない。ただの凝り性というか、感覚としては作家というより職人、彫師みたいなものなんだよね。「どうしてもあれをキレイに作らないと気が済まない!」みたいな感覚のある人間なんですよ。
牛尾 どう見ても完成している作品を、誰かが止めないとサンドペーパーでずっとこすって仕上げをしているタイプ! 僕はヘタウマでずっとやってきちゃってるからなあ……(笑)。
──「ユーレイデコ」は、霜山監督がクラムボンの「KANADE Dance」をパイロットフィルムを作る際に、自分の好きな音楽のイメージを伝えるために参考としてあげられて、それでミトさんに話がきた。いってしまえば、職人気質のミトさんが作家として、アーティストとしての参加を求められた形ですよね? そこはどうだったんですか。
ミト どうなんだろうなあ……。私からすると、指名したのはもっと別の意味があったんだと思ってたんですよ。「スペース☆ダンディ」で霜山さんが関わった話数って、全部私が曲を書いてたんです。
牛尾 ずっとそうなんですね。
ミト そう思って打ち合わせに行ったら、「あっ、そうでしたね」って返されて。「KANADE Dance」というのはあくまで言い訳で、そっちのつながりで呼んだんじゃないんかいって思ったんだけど、違った(笑)。だからそれはもう、作家性とかの問題じゃなくて、「KANADE Dance」を求められたのであれば、全然それっぽいものを作りましょうという意識でしたね。結果、作れたかどうかはわからないですけども。もっとオーケストラルな曲になったので。
牛尾 「ユーレイデコ」と「平家物語」の制作期間って、サイエンスSARUの中で並行してたじゃないですか。僕はけっこう、「平家物語」の作業中にSARUに足を運んでいたんですけど、会うたびに霜山さんの顔色がスゴいことになっていって。どんどん顔の色指定が間違っていくんですよ。
ミト 「顔の色指定が間違ってる」って、どんな表現よ(笑)。
牛尾 そう表現したくなるんですよ。ただ「顔色が悪い」とかじゃなくて、「色彩設計どうなってんだ!?」「え!? 緑!!?」って雰囲気で(笑)。……という話を霜山さん会うたびに直接言っていたら、この前、「ユーレイデコ」完成後の晴れ晴れとした表情の霜山さんに初めて会ったとき、「牛尾さんに顔色を心配されてたの、すごくイヤでした」って言われて……この場を借りて謝罪したい。ごめんなさい!
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たたき上げで「現場の人」になりたい