あの名勝負の誕生秘話からケイデンスの出し方まで!「弱虫ペダル」渡辺航が1万字超えで語る連載14年間の裏側 (2/3)

「ラブ☆ヒメ」ももう第3期に

──10月から始まったTVアニメ第5期の話に移ります。今回の「弱虫ペダル LIMIT BREAK」が4年ぶりのアニメ化ということで、何か特別な感慨はありますか?

本当は去年やるはずでしたが、新型コロナウイルスの影響で放送時期がずれたという裏事情がありまして。その分、イベントなどでいろんな人から「またアニメやるのかどうかを私だけに教えてください」「いつから始まるかだけでも!」みたいな謎の懇願をされ続けたんです(笑)。もちろん僕も大人なので「すみません、それは答えられません」と言うしかなかったんですけど。そうした人々に言いたいです。「ようやく始まりました!」って。

──そういった質問はなかなか答えづらいですよね(笑)。第4期はインターハイの3日目が始まったところで終わったので、なおさら続きをやってほしいという思いはありましたか?

「やれないならしょうがないけど、やれるならやってほしい」くらいでしょうか。

──久々に4期の最終話を観たら、あれはあれでうまく坂道のこれまでを振り返っていて、きれいにまとまってはいるんですよね。

はい。けっこうちゃんと終わった感はあるので、続きが気になる方は単行本で読んでください。そこから自転車に興味を持ってくれたらさらにハッピーです、と僕の立場では思っていました。ただアニメを切望される方々もたくさんいらっしゃるので、それが実現してよかったとも感じています。特に今回は放送局をNHKさんに移すので、全国で観られるようになるのもいいことですよね。放送されていない地域の方には、アニメ化されていることも知らない人もいて。それはもったいないので、今回は多くの方に楽しく観ていただければうれしいです。

TVアニメ「弱虫ペダル LIMIT BREAK」キービジュアル

TVアニメ「弱虫ペダル LIMIT BREAK」キービジュアル

──余談ですけど、これまではテレビ東京系列での放送でしたが、先生の地元である長崎県のNBC長崎放送でも放送されていましたよね。

あれは自分がお願いしたんです。アニメの何かの集まりで「長崎でやってくださいよ」と言ったら実現して。その裏にはいろいろあったと思うんですけど、言ってみるもんだなと。親はテレビ欄に載るだけで喜んでくれたし、毎週録画して観てくれたし、おかげさまで親孝行できました。

──そんな事情があったんですね。先生はほかにTVアニメにどんなふうに関わられてますか?

基本的には編集さんにもろもろ見てもらっています。自分はある程度できあがったキャラクターデザインをチェックしたりシナリオに赤を入れたりするくらいです。後者だと「ここは少し端折っているけど大事なシーンだからちゃんとやってください」とか「このシーンはこっちに持ってこないほうがいいんじゃないですか?」とか書いたものを渡して、あとはお任せです。

──ここでまた読者の質問です。先生は坂道が好きな作中アニメ「ラブ☆ヒメ」の主題歌の作詞としてもアニメにクレジットされていますが、「小野田くんの大好きな『ラブ☆ヒメ』第3期の主題歌は決まってますか?」だそうです。

あーそうですね、確かに必要ですね(笑)。どっかでやらなきゃいけないんでしょうね……またやります。

──坂道も3年目のインターハイのどこかで歌うんでしょうし。

ええ、「ラブ☆ヒメ」ももう第3期に突入するんですね。

2年目インターハイの名場面はやっぱりいろは坂

──TVアニメ「弱虫ペダル LIMIT BREAK」はインターハイ3日目の開始直後から始まりますが、2日目までで特に印象的なバトルをいくつか教えてください。

一番はやっぱり1日目のいろは坂ですよね。手嶋と真波が競う中、メカトラブルで遅れた真波を待って「ティーブレイクしてたんだよ!!」と言う手嶋! あとは京伏の小鞠と箱根学園の泉田のスプリント勝負。筋肉に触りたいのを我慢しきれない小鞠がサングラスをかけて肉畑を見て、でも泉田がそれを振り切って勝利し新開兄が労いのバキュンをするという。あの一連の流れは描いてよかったですね。あとは3日目の山岳バトルの……。

──3日目の話はアニメのネタバレになるのでこのへんで(笑)。流れるように話が出てくるあたり、やはり名勝負ばかりですね。個人的には1日目の鏑木と銅橋のスプリント勝負が新キャラクター同士なのに熱く、また先生が決着直前で勝敗を変えたという裏話を含めて好きでした。

あそこはずっと鏑木を勝たせるつもりだったけど、決着がつく回で銅橋を応援しているほかの箱根学園の部員を描いたときに「真面目に練習して、これだけ部員に応援されてるなら銅橋が勝つよな」と思ってそうしたんですよね。その後に古賀や杉元なんかが鏑木をうまくフォローしてくれたので、こっちで正解だったと思っています。

「弱虫ペダル」37巻より。

「弱虫ペダル」37巻より。

──その話をのちに知って、水島新司先生が「ドカベン」のネーム時点では岩鬼の三振だったけど、ペン入れするといいスイングを描けたからホームランにしたという話を思い出しました。

はいはい。僕はマンガ家さんの話で「キャラが動く」なんて聞くけど、そんなことないと内心思っていたんです。でも自分もネームを絵で考えるので、「こんなに近付いてるならぶつかるでしょ」とか「こんなに離れてるなら叫ぶでしょ。叫ぶならセリフはこの言葉だよね」みたいなことが増えて、少しずつ「キャラが動く」ことを実感してきました。だから水島先生もそういうタイプだったのかもしれないと思うし、なんとなく先生の感覚もわかる気がします。

──アニメ関連で最後に伺いたいことがあります。アニメだけでなく舞台なども含めてですが、別媒体の「弱虫ペダル」を観ることで先生にフィードバックされることはありますか?

細かいところでは「恋のヒメヒメぺったんこ」の「ヒメはヒメなの……ヒメなのだ!」の部分で「ハイ!」という合いの手が入りますけど、あれは舞台版の「ハイ!」から来ています。そういう影響はありますね。最初の頃は役者さんの声でキャラクターのセリフが脳内再生されちゃって困ることもありました。ただどんなものを観ても何かしら影響を受けていますよ。「このシーンはこういう解釈があるんだ」とか。

──他者が再構築した「弱虫ペダル」を観ることで自分にはなかった視点を得られる、みたいな感覚でしょうか?

うまいこと言いますね、そうです。特に舞台は単行本で何冊もある話をギュッと圧縮するので、「こういう見方もあるんだ」とか「こういう処理の仕方もあるんだ」と感じ、自分の中の選択肢を増やしています。

3年目インターハイの結末の絵はすでに思い浮かんでいる

──「弱虫ペダル」の今後についても少し伺います。本編のマウンテンバイク編や「SPARE BIKE」で最近あった田所のサイクリング部のくだりを読むと、先生はロードバイクだけではなく自転車にまつわる世界を広く描きたいという思いが強まっているのかなと感じました。もちろん「弱虫ペダル」はロードバイクのレースがメインではあるでしょうけど、そういった欲求はありますか?

それはもう。僕はロードバイクで練習をしているし、小さなレースにも出ていますけど、旅の道具として好き、という思いも強いんです。単行本の巻末のおまけには旅をしている様子をよく描いていますが、旅はいいんですよ。いろんな人や物と触れることで、自分の中の可能性が引き出されたり、先入観を壊してくれたりする。しかも気持ちが前向きになる。自転車はそんな素敵な道具なんです。そういう部分も含めて自転車の活用方法はどんどん描いていきたいです。

ロードバイク旅を謳歌する渡辺航。

ロードバイク旅を謳歌する渡辺航。

──田所が大学のサイクリング部でマダガスカル島に行くか、みたいな話が出てきたとき、率直にめちゃくちゃ面白そうだなと思いました。何か変なもの食べたりするんだろうな、とかいろいろ想像できて。

いろんなトラブルに巻き込まれたりね(笑)。あと靴野井とのバディも見たかったし。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」10巻95話より。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」10巻95話より。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」10巻101話より。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」10巻101話より。

──マウンテンバイク編もそうした自転車のロードバイク以外の側面ですよね。

はい。これまでマウンテンバイクのレースを扱ったマンガってほとんどないんですよ。世界で初めてそれを本格的に描いたので、自分の中では少し革命を起こしたくらいに思っているんですけどね(笑)。

──あの頃から雉がロードバイクに転向するという展開は考えていたんですか?

当時からいろんな方面からそういう意見はあったんです。編集さんにも「雉はインターハイに出るんですか?」と言われて。そのたびに僕は「ジャンルが違うので出ません」とずっと否定していたんですけど、ふと「本当にそうかな?」と疑問が湧いてきたんです。自転車だけでなく、どんな分野でも常にチャレンジしないとモチベーションが保てないという人がいる。だからマウンテンバイクでインターハイを2連覇している雉にとって3年目のモチベーションになるものは何かと考え、3年目でロードレースに参戦してマウンテンバイクとダブル制覇を目指させることにしました。

──坂道3年目のインターハイも総北、箱根学園、京伏の三つ巴になるかと思っていたのですごいサプライズでした。その3年目のインターハイについても読者から質問が来ています。「気が早いですが、、坂道くん3年生のインターハイのレース。最終日ゴールのシーンの構想は既にあるのでしょうか?」。

実はあります。これ以上は何も言いませんけど、「最後はこれ」という展開は考えています。

──2年目のインターハイの3日目ラストも2パターン考えていてああいう結末になったそうですが、3年目はその結末まで決めているんですね。

決着の行方は決めてませんが、ゴール前に誰と誰がいてどうなっているかという絵は浮かんでます。あとはそれに向かって描きます。

──気の早い話ですが、その先に関する「2020年のペダルナイトで、ツール・ド・フランス編は可能性としてはゼロではなくなってきているとおっしゃっていたことを知ったのですが、今はどのようなお考えか改めてお話を聞きたいなと思いました」(※)という質問もありました。

※ペダルナイト:渡辺航が「弱虫ペダル」に関するトークやライブドローイングを行うイベント。過去8年間で25回以上にわたり、さまざまな場所で開催されてきた。

当時語ったまま変わりません。ツール・ド・フランスの世間的な認知が広がるほど可能性は大きくなるでしょうけど、10年前とかに比べたら全然ない話ではなくなってきている。そもそもマウンテンバイク編だって描く前は編集さんに「絶対にやりません。マウンテンバイクを描くのは難しいし」と言ってたけど、のちに面白く描いたくらいなので。ツール・ド・フランス編も可能性がないとは言い切れません。

2022年11月9日更新