あの名勝負の誕生秘話からケイデンスの出し方まで!「弱虫ペダル」渡辺航が1万字超えで語る連載14年間の裏側

2008年に週刊少年チャンピオン(秋田書店)でスタートした渡辺航「弱虫ペダル」。オタクの少年・小野田坂道がひょんなことから自転車競技部に入部して始まった同作は、去る9月に連載700回を突破、10月にはNHK総合にてTVアニメ第5期にあたる「弱虫ペダル LIMIT BREAK」の放送も開始した。さらに同月には単行本80巻、翌11月には81巻を連続刊行。その人気は連載開始から14年以上経つ今もなおうなぎのぼりだ。

コミックナタリーでは単行本80巻と81巻の発売を記念して、渡辺航に1万字超えのインタビューを実施。作品誕生のきっかけやTVアニメ第5期の見どころだけでなく、渡辺が持つ“少年マンガ”へのこだわりやロードバイク、ひいては自転車界への思いを聞いた。またインタビュー実施にあたりTwitterでファンからの質問を募集。「弱虫ペダル」の今後から、坂道ほどのケイデンスを出す方法まで丁寧に回答してもらった。なおアニメ「弱虫ペダル LIMIT BREAK」のネタバレはしていないのでご安心を。

取材・文 / はるのおと

最初に「これから1万4000枚描いてください」と言われたら

──連載開始から14年以上経ち、連載は700回を超えました。11月8日には単行本81巻が発売されますが、率直にこれらの数字をどう感じますか?

数字を目標にして描いてるわけではないので「こんなに長く描いているとは」という感じですね。ふと振り向いたら80巻を超えちゃってた、みたいな。ただ700回ということは、原稿1回分を20ページとすると単純計算で1万4000枚描いてきたんですよね。最初に「これから1万4000枚描いてください」と言われたら絶対に描きたくなかったでしょう(笑)。

──それだけ長い間描かれてきた中で、新規のファンもまだまだいるようです。読者からの質問で「先生が『弱虫ペダル』を描こうと思ったきっかけを教えてください(新米ファンなので)」というものがありました。これまでいろんな場で語られていますが、改めて伺わせてください。

単行本16巻のあとがきにも書きましたが、連載開始前に知り合いの薦めでロードバイクにハマったんです。レースに出たりいろんな競技の映像も観たり。それで担当編集のT氏との打ち合わせ時に「ロードバイクめっちゃ面白いっすよ」みたいな話をしたら「それをマンガにしよう」と言われて。でもチャンピオンには「シャカリキ!」というロードレースを扱った偉大な作品があるし、趣味をマンガにするとつらいこともありそうなので断っていました。その後も何度も言われたので、1回ネームを描いて会議にかけてもらったところ、編集長とT氏と僕で飲むことになって。その段階では男子のロードレースをサポートする女の子が主人公だったけど、編集長から「少年誌なんだから少年を主人公にしようよ」と言われたので、今の「弱虫ペダル」の原型ができました。連載をやってみた結論としては、趣味を仕事にしたらめちゃくちゃ楽しかったです(笑)。自分が自転車で走った経験がネタやエピソードになるので、こんなに楽しいことはないです。

「弱虫ペダル」16巻のあとがき。

「弱虫ペダル」16巻のあとがき。

──その原型をもとに始まった連載ですが、14年の間に週刊少年チャンピオンの看板作品の1つとなりました。連載開始当初と比べて雑誌内のポジションに対する意識は変わりましたか? 「自分がこの雑誌を引っ張るんだ」ではないですけど。

僕は編集さんに「読者人気の順位を教えないでください」と頼んでいたくらいで、あまり雑誌内のポジションみたいなことは気にしていませんでした。順位の捉え方は作家によってそれぞれあるでしょうけど、僕は「何位だからがんばろう」「何位だからゆっくりしよう」みたいな意識よりは、自分が作品を面白くできたかどうかが重要だと考えていたので。それに連載作家さんとは新年会くらいしか会わないので競争意識が芽生えるわけでもないし……連載が始まった頃、新年会で当時イケイケだった作家さんから「お前が渡辺か。絶対抜いてやるからな?」みたいに強気で来られたときも、僕は「もう全然負けでいいです。戦う気はないです」と下手に出ていたくらいです(笑)。でも表紙や巻頭カラーの回数で雑誌が推してくれているのを感じ始め、編集さんが「雑誌を引っ張っていってください」みたいなことを言うから、「絶対に引っ張る気はないけど、目の前の作品を面白くしてお客さんに楽しんでもらうこと」だけは約束して続けています。

週刊少年チャンピオン42号。連載700回を記念し「弱虫ペダル」が表紙を飾った。

週刊少年チャンピオン42号。連載700回を記念し「弱虫ペダル」が表紙を飾った。

──それをずっと継続されているのは、一読者としてすごいと感じます。

この間、6年ぶりに「弱虫ペダル」を休ませてもらったんです。そのときにたまたま知り合いがチャンピオンを買ったらしく、「『弱虫ペダル』が載ってなかった」と言われて。そういう“ピンポイント”もあるんですよ。だから今後はなるべく皆さんを楽しませるのを継続することが大事だなと思っています。

──雑誌だけに留まらず、「弱虫ペダル」はロードバイク界にも大きく貢献しているように感じます。

ありがたいことに2010年か2011年くらいからはロードバイクのメーカーの方から「『弱虫ペダル』のおかげでフレームが売れています」といった声をいただくことが増えて、「少しは貢献できているのかな?」と感じました。ほかにも2014年には自分のチームを立ち上げたり、「弱虫ペダル」ファンが国内のレースやツール・ド・フランスに興味を持ってくれたりもしています。でもこのマンガはそもそもロードレースが存在していないと成立しないし、実際に取材した選手の話も参考にさせてもらっています。彼らの努力を知るにつけ、それが多くの人の目の届かないところにあるのがもったいないし、悔しい思いが募るので、「弱虫ペダル」をきっかけに彼らのことを知る人が1人でも増えてくれたら、少しは恩返しになるのかなと思って活動しています。

新キャラクター・六代蓮太ができるまで

──今回読者から届いた質問で特に多かったのはキャラクターに関するものでした。そのためここからはキャラクターについて伺います。「キャラを産み出すヒントは何ですか?」という質問もありましたが、その一例として81巻から登場した総北の新入生・六代蓮太がどんなふうに作られていったか教えてください。

まず前の世代の鏑木や段竹のような、3年目のランドマークになる新しいキャラクターを作る必要が出てきて。キャラクターは人間関係の中でできあがると考えているので、今回は長身2人に囲まれた、小さいけど一生懸命がんばる子はどうかなと。その子は以前からサポート役で、自分に自信がないけどがんばって何かしようとする、憧れの人の前ではうまくしゃべれない……といったイメージをベースに彼を作りました。最初は不良キャラが来て、にっちもさっちもいかないけど自転車部になじむみたいな話も考えていたんですけど、あまり総北っぽくないなと思ってやめました。

「弱虫ペダル」81巻より。
「弱虫ペダル」81巻より。

「弱虫ペダル」81巻より。

──外見はどうでしょう?

優しく大人しそうな造形を追求しました。髪の毛は寝癖全開で、後ろはワッと跳ねてる。まつ毛も多め。そしてそんな子の周りに強面の2人がいるという。前髪についてはレース中にヘルメットを被ると髪が見えなくなるので付けています。キャラに合わないなら無理に付けないですけど、前髪は感情を表すのに役立つんですよ。前髪が乱れてると悲しい感じになるし、汗をバって付けるとがんばっているように見える。そういう心理描写に前髪は重要です。

──彼の語尾の「~っテ」はどういう意図から?

言いやすさと、音で聞いたときの安心感からです。「~っテ」と聞くと敵じゃない感じがするじゃないですか。すごくフレンドリーに感じる。それを新しく登場する1年生キャラクターの象徴として言わせたいと思って採用しました。

──六代蓮太というキャラクターの名前の由来は?

名前は毎回ほんのりしたイメージから付けているんですけど、今回は数字を入れたいと思ったんです。それで「ロクちゃん」という言葉の響きもいいし活字になったときに「ロク」というのも見やすいので6という数字に決めました。

──そういう発想で決めていくんですね。

マウンテンバイク編で出てきた雉弓射は、鳥偏の漢字を付けたいという思いからいろいろ考えていたのですが、結果的に鳥偏が付かず鳥の名前になったんですけどね(笑)。

──以前、とあるインタビューで「キャラクターは描いてみないとどうなるかわからない」とおっしゃっていましたが、六代はどうでしょう? 今のところ当初の予定通りに動いていますか?

いや、もともと考えていたとおりには描けなかったですね。最初に考えていたのは、六代が入部届を出そうと部室に行くけどなかなか入れなくて、ほかの2人に背中を押されるというものでした。でも実際は六代が部室の扉をバーンと開いて「入部します」と言っちゃったので。

「弱虫ペダル」81巻より。

「弱虫ペダル」81巻より。

──そうやって当初の構想が変わることもよくあると。

はい。1回20ページでテンポよく読ませるためには、出てきたキャラクターの勢いを殺さず転がす必要がある。次々といろんなことが起こるのが少年誌には大事なので。モジモジしているターンが多いと読者は「早くしてよ」と思うでしょうから、当初の考えより気持ちよく読める展開にするのを優先することはありますね。

谷口の再登場もあり得る!?

──キャラクターの扱い方も「弱虫ペダル」の特徴の1つだと感じています。川田や古賀、黒田といった過去に少しだけ登場したキャラクターが急にメインを張ることがありますが、あれはどういう経緯で再登場させようと思うのでしょうか? ケース・バイ・ケースでしょうけど。

古賀は坂道1年目の練習時にけっこう大きなコマで出してましたけど、あの時点で僕の中では「このキャラはこういう話があるんだろうな」という思いがあったんです。でも坂道が主人公の物語として読者に面白く読ませないといけない中で、「やっぱりここで古賀の話は描けないよな」となってその思いを棚にしまうんです。そうした棚に置き去りにした話はたくさんあるんですよ。でもそれが突然「ここがあの話を出すタイミングだ!」ってときが来るんですよ。

──そのタイミングが、古賀の場合は坂道2年目の合宿で来たんですね。

あの時点で「手嶋がキャプテンで大丈夫なの?」と不安視する読者がいると感じ取ったんです。1つ上の金城がスーパーマン的なポジションだっただけに。じゃあその手嶋を本物のキャプテンにしてインターハイに行かせるために何が必要かと考えたときに、古賀をライバルとして走らせようと思いついて。「古賀の話をちゃんとやれる場面がやっと来た」と喜んで描きました。

──あの話を読んでいるときは、古賀が2年目のインターハイのメンバーに選ばれてほしかったという思いもありました。

編集さんとも長く「どうにか古賀をインターハイで走らせられないか」という話をしましたけど、チーム2人(手嶋と青八木)は削れなかったので、古賀はサポート役でインターハイを裏から支えてもらうしかないよなと。ただ「俺はケガには詳しいんだ」って涙を流して言うシーンで、古賀にとってのゴールを描けたなと思えました。

「弱虫ペダル」34巻より。

「弱虫ペダル」34巻より。

──最近だとキャプテンになった坂道の前に川田や桜井が立ちはだかったのも驚きでしたが、彼らも古賀と同じように棚から出してきたんでしょうか。

あの2人に関しては、もともとは3回目の合宿で敵として登場させようという大プランを、編集さんにも言わないで秘めていたんですよ。「これは大爆弾だぞ」と。でもよくよく考えてみたら川田たちがそんなに強いわけない(笑)。そう反省して、そのまま登場させなくてもいいかなと思っていたんですけど、坂道がキャプテンになって成長する中で段竹と一緒に峰ヶ山レースを走って優勝し、次に何かもう1つ欲しいと思ったときに「ここで川田だ!」と閃きました。それで編集さんにも内緒で、変貌した川田と桜井を3年目のキャプテン話のラストシーンで出したんです。

──そこから始まる川田と坂道のハンデマッチもこれまでにない内容で新鮮でした。

それまで続いていたまともなレースもそれはそれで面白いんだけど、なんでもありのバーリトゥード的な野良レースもやってみようかなと。自転車で街に出たときにいろんな変化があるのも楽しみの1つなんですよ。だから川田との戦いは重さで何か面白くできないかなと考えて、リュックバトルをさせました。

「弱虫ペダル」76巻より。

「弱虫ペダル」76巻より。

──意外な対決で言うと、80巻付近で行われる箱根学園の追い出しレースにおける新開兄弟のバトルもそうですよね。

ここまでずっとあの2人の過去は意図的に描いてきませんでした。弟の新開悠人は偉大な兄と比べられる現状に不満があって自分をアピールしたい。兄の新開隼人は弟を静観しながらもなかなか打ち解けられない。そういう設定だけで35巻くらいからやってきた。編集さんにも「カラー絵とかで絶対にこの2人を並べないでください。まだ仲良くないから」「並べたい気持ちはわかるけど、絶対に並べる機会がやってくるから」と言ってきたんです。それが80巻近くなって「いよいよこの日が来たな」と。それで2人のバトルから始まって、山岳バトルで真波と黒田、最後に葦木場と新しい箱根学園のエースを戦わせるという流れを考えました。

──そうした懐かしキャラの新たな活躍を読者も期待しているんでしょうね。「手嶋達の学年にもう1人、谷口というキャラがいましたけど、彼は合宿辞退後結局どうなりましたか?」という質問もありました。

はいはい、キャップを被ってる谷口くんね。彼もどこかで出そうと思っていたんですけど、残念ながらフェードアウトしていきました。そうした人がいるのも部活ものの真理の1つだろうし、僕は谷口の話もそのうち語られると思っているんです。ただ手嶋や黒田の世代は卒業したので、谷口の再登場があるなら「弱虫ペダル SPARE BIKE」になるでしょうけど。

──まさにその「弱虫ペダル SPARE BIKE」に関する質問も来ていました。「スペアバイクでは大学生の黒田さんや手嶋さん等は出てきますか?」というものですが、今の話を聞くといずれ彼らも出てきそうですね。

はい。今はまだ金城の代の話が渋滞しているので、そっちの話を終えた後になるでしょうけど、手嶋や青八木、黒田が好きな方は楽しみにお待ちください。

2022年11月9日更新