無料キャンペーンに関する作家の考え方が、昔とは変わってきた(梅澤)
──BookLive!さんには、最近の電子書籍事情も伺いたいなと思っています。電子書籍というものがスタートしてからだいぶ経ちますが、電子でマンガを読むという行為って、この数年でやっと当たり前のものになってきたという感覚が個人的にはあります。実際、電子コミック業界の業績としてはいかがでしょうか?
浅井 各社さんで調査レポートを出してると思うんですが、まあ伸びてますね。特に2018年は、市場全体で見ても前年比で130%ぐらいというデータをよく見ます。BookLive!もそれ以上の推移なので、伸びているという実感があります。
──それは何か明確なきっかけがあったんでしょうか。
浅井 これは本当にいろいろあって、一言では言えないですね。いろんな電子書店がプロモーションを続けたりすることで、読者がスマホでマンガを読むことに抵抗がなくなって一般化してきたというか。
梅澤 これはBookLive!さん含めた電子書店さんが、いろんなキャンペーンなどをやってくれたことで、実際使ってみる人が増えたということが大きいと思います。「電子書籍ってめんどくさいんじゃないのかな」って思ってた人でも、キャンペーンなどがきっかけで最初の精神的なハードルを超えて「使ってみたら簡単じゃん」と気付いた、ということだと思います。そして読んだらやっぱり続きが気になって、衝動が起きたそのときに「このぐらいの値段で買えるなら」と勢いで買うことができる。電子書籍という情報商品って、紙と比べて価格と商品内容が調整しやすいじゃないですか。
──一時的に無料や半額にしたり、単話売りをしたりというのは紙では難しいですよね。
梅澤 そこをうまく活かしたキャンペーンなどは電子書籍ならではというか、我々はなかなかできないところなので、そういった部分での努力の賜物で、電子書籍の普及につながっているのかなと思います。
──「○日まで、○巻までが無料」的なキャンペーンも昔より多くなってきた印象です。
浅井 そうですね。それで「ちょっと読んでみよう」みたいなきっかけ、タイミングは昔よりも増えていると思います。
梅澤 ああいった無料キャンペーンは、少し前まではやはり難色を示される作家さんが多かったんです。
──お金を出して買った人に失礼じゃないか、みたいな。
梅澤 はい。やっぱり作家さんが一番気にされるのってそういう不公平感なんですよね。あとは「無料で読まれると商品の価値が下がる気がする」という点とか。でも最近は、そういったキャンペーンが実際にメリットとしていかに返ってくるかという効果が見えてきているので、作家さんもだいぶ信頼を寄せてくれるようになりました。
──それをきっかけに読者が増えればOKという。逆に紙の単行本を買った読者から、無料キャンペーンに不満が寄せられることはないんですか?
梅澤 自分としてはあまり聞いたことはありません。紙で買ってくれるお客さんって、明確に「単行本を紙で欲しい」人だと思うんですよ。
──コレクション欲がある人ということですね。そこの棲み分けができているから、紙の読者は電子書籍のことはあまり気にしていないと。
梅澤 対して電子でマンガを読む方は、純粋に物語を読みたい方だと思っています。そういう方は本棚がかさばるのが嫌だとか、いちいち持ち歩かなきゃいけないのが嫌だ、みたいな感じで利便性を優先しているのではないかと。
──続きを読みたいのに書店に行く時間がないから電子ですぐ買っちゃうという人とか。
梅澤 そうですね。でも「棲み分け」と言いつつも、電子で火がつくと紙が売れるとか、その逆もありますから、非常にいい関係性なのかなとは思います。
マンガを薦める人間の顔が見えるサービス「月刊 書店員すず木」(浅井)
──ヤンチャン的な、アウトロー、お色気ものは電子書籍と相性がいいとは思うのですが、ほかにも「電子書籍ならではの人気ジャンル」というものはありますか?
浅井 最近は特に、SNSにまつわるトラブルを扱う作品が動く傾向はあります。
梅澤 裏アカ女子とかそういうのですね(笑)。
浅井 例えばBookLive!のトップページ上部にある検索ウインドウに「SNS」って入れてみてほしいんですが……。
──「SNSに囚われた女たち」「わたし、映えてる?~SNSの痛い女」「SNSカースト ~アイツより“いいね”が欲しい~」……すごいタイトルの作品がいっぱい出てきますね。恥ずかしながら、知らない作品ではあるんですが。
浅井 電子限定の作品も多いので、知らない人は知らないのではないかと。
──BookLive!さんに限らずですが、電子書店の売り上げランキングを見ると、大手書店が出している売り上げランキングとは顔ぶれが違って面白いです。メディア化されてる作品が上位にあるのはわかるんですが、あまり知らない作品や、古い作品がランキング入りしていることがありますよね。
浅井 そうですね、そういうのは無料キャンペーンをやっていたり、バナー広告を出していたりするものが多いです。紙と違って在庫という概念がないので、例えば何かのきっかけで古い作品を求めるお客さんが急に増えたとして、紙では在庫がない場合でも電子なら対応できるのはやはり強みかなと。
──別の電子書店さんを取材した際には、バナー広告とは別に、社内でセレクトしたマンガの特集を組むことで、売り上げに繋がることもあるというお話を聞きました。BookLive!さんでもそういう施策はやっていますか。
浅井 BookLive!だと、もちろんテーマを決めて「異世界マンガ特集」とか「マンガ大賞ノミネート作品」的なページも作りますが、ほかにも独自に「月刊 書店員すず木」という企画をやっています。すず木という、たぶん年間2000冊は読んでるんじゃないかな、弊社で一番マンガに詳しい彼女に、新作マンガの中から特に面白かった作品の紹介などをしてもらうページですね。
──この書店員すず木さんというのは、リアルに書店でも働いている方ですか?
浅井 いや、普通にBookLive!の社員ではあるんですけど。
梅澤 電子書店さんで働いてるんだったら書店員さんですよ(笑)。
浅井 BookLive!の公式Twitterでも「書店員すず木におまかせ」っていう日を作って、一般のTwitterのアカウントをお持ちの方が好きなマンガのタイトルを3つつぶやくと、すず木が自身のマンガ歴から人力でオススメを返すという企画もやっています。
梅澤 それはいいですね。
浅井 マンガ好きのフォロワーさんからも多くの反響がありました。Webサービスなのでもちろんレコメンドエンジンを使ったレコメンドもやってるんですけど、それとは別に、「月刊 書店員すず木」のような、レコメンドしている人間の顔が見えるサービスもあって、両輪でやれると面白いなと思っています。
──すず木さんのように詳しい人とか、マンガ好きの著名人が出てきて「この人が薦めるなら読みたいな」と思わせると。機械によるレコメンドはやっぱり、これまで買った本が元になっているので、どうしても傾向は似てしまいますよね。「お好きじゃないかもしれないけど、どうですか」というのは人間ならではかもしれないです。
梅澤 リアル書店って、本とのすばらしい偶然の出会いってあったじゃないですか。今は皆さん本屋さんに行く機会が減っているので、電子書店さんでそういうことをやっているのはすごくいいことだと思います。どういう人がやっているかわかるってすごく大事ですよね。
浅井 野菜でも「私が作りました」って写真が貼ってあるだけで不思議と安心感や親しみが違いますからね。
──マンガでも、作家だけじゃなくて「この編集者が関わってるなら読もうかな」と思うことはありますよ。
梅澤 雑誌の編集者がTwitterとかでキャラクターを打ち出してるケースもありますよね。ただそこは編集者の考え方はいろいろ違って、秋田書店で僕らの世代は、「マンガはすべて先生方の作ったものであり、編集者の手柄じゃない」って感じで育てられたんですよ。だから他社の編集と挨拶した際に、頂いた名刺の裏に担当作品名がズラっと並んでる人がいると、「これは私が作りました」と言ってるように見えてびっくりすることもあるんですけど(笑)。でも本当は、読者側からすれば担当者も見えたほうがいいというのが今の出版界の流れかなとも思います。
──まあ、出たい人、出たくない人はいますよね。
浅井 「月刊 書店員すず木」も、最初は名前を出すことに抵抗があったようですが、今は楽しく進んでやっています(笑)。
従来のヤンチャンにはない、女性向け作品も準備中(梅澤)
──マンガ業界も電子書店もいろいろなことがどんどん変わっていくとは思うんですけど、その中でヤンチャンLive!運営の意気込みをお願いします。
浅井 BookLive!の思いとしては、マンガは暇つぶしというだけではなくて、ちゃんと有意義な読書体験にしてほしいというのがあるんですよ。そこで読者さんに充実してもらうのはどうしたらいいのかというのは常に考えていて、実際に調査会社のアンケートで「使いやすい電子書籍ストアNo.1」という評価をいただいてます。だけどまだまだやれることはあると思っていますね。今回は秋田書店さんと組ませていただいて、これをきっかけに、例えば春輝先生のファンがヤンチャンLive!を見て、それきっかけでBookLive!を使うようになってもらうということもあると思います。逆にもともとBookLive!を使ってる方が「ヤングチャンピオンってこういう作品もあるんだ」ってなることもあるでしょうし、お互いにとっていい関係になれると最高だなと。
梅澤 ヤンチャンとしてはもちろん紙の雑誌も非常に大事で、これからもしっかりやっていくんですが、そこから飛び出したこともどんどん仕込んでいきたいですね。あとは既存のヤンチャンファンだけではなくて、女性読者を増やせるような作品もヤンチャンLive!および、どこでもヤングチャンピオンで仕込んでおりますので。
──具体的には?
梅澤 今マンガクロスで連載中の「新しい上司はど天然」や「僕の心のヤバイやつ」という作品がすごい反響をいただいておりまして。それらの作品を担当している編集者が、実はヤングチャンピオン編集部所属なんですね。その編集者が関わる女性向けの作品は、既存のヤングチャンピオン3誌には合わないかもと心配していたんですけど、こういう新しい場所があると、非常にチャレンジしやすいのかなと。
浅井 やっぱりチャレンジしていかないと。怖がらず変わっていかないといけないなというのは、弊社も同じ思いです。
──最後に改めてヤンチャンLive!のアピールをしていただければと思うんですが、独自性ということになるとやはり、「紙より早く最新話が読める」という部分でしょうか。
梅澤 そうですね、一応話単位のコンテンツでは「業界初」ということでやってます。
浅井 紙の雑誌の誌面から、電子に誘導する仕組みがあるのもポイントです。
──この形式って今後増えていくと思いますか?
浅井 もちろんヤンチャンLive!次第かなとは思うんですけど、紙とWebの媒体を両方持っている出版社さんは、取り組む可能性はあるかなというふうに思いますね。
──これが定着したら、「最初にやったのはうちらだぞ」って言えますね。
梅澤 いやいや、そこはBookLive!さんの発案なので。
浅井 そうなったら「私がやりました」と名刺の裏に書いておきます(笑)。