描き込みはねえ、もう病気です
──三浦さんは現在カラーもモノクロもフルデジタルということですが、いつ頃移行しましたか?
2015年くらいでしょうか。ラクシャスが正体を現したあたりからデジタルです。
──「ベルセルク」の38巻に収録されているエピソードですね。
デジタルに移行する前は、“鉛筆コピー”の時期がありました。鉛筆で描いたものをコピーして、線を太くして、それにトーンを貼って完成。海賊の話をやってた頃ですね。
──“鉛筆コピー”で原稿を仕上げていた理由は?
描くスピードが上がるかなと思って。効率的に作画をしたくて、鉛筆で原稿を描くという方法を「ギガントマキア」で試したんですよ。そのまま「ベルセルク」でも続けたんですけど、それほどスピードが上がらないし、ペンみたいにぎゅっと太くできないから線的に不自由だなって。どうしようか悩んだんですけど、アナログのペンに戻るよりはデジタルに変えちゃえ!と。
──先ほどから何度か作画のスピードが話題に上がっていますが、やはり描き込みについては伺いたいなと。
描き込みはねえ、もう病気です。病気としか言いようがない。
──39巻の妖精郷とか、本当に言葉を失うくらい緻密に描き込まれています。
妖精のスケールのことは計算外でしたね。パックとおんなじ大きさのキャラクターが同時にいっぱいひとつの画面にいるって、実際やってみたらとんでもなくて(笑)。しかも1人ひとりちゃんとリアクションさせたくなっちゃうんですよ。ちゃんと魂があるわけですから。
──三浦さんはどこまで描いたら完成と判断するんですか?
自分でもよくわかんないんですよね。どこかで鐘が「カーン」と鳴るんですよ。「鳴らねえなー」ってときもあるんですけど(笑)。
──そこまで描き込む理由は?
自分が好きになっちゃったもののせいですね。やっぱり「AKIRA」や「北斗の拳」といっためちゃくちゃ描き込んでいた“マンガのバロック時代”みたいなときが、僕の多感な時代と重なっちゃって。それに、僕はマンガのコマを異世界の窓だと仮定しています。異世界を覗く窓だから、向こうの向こうまで何かがあるはずなんです。空気の層とかも、あるものをできる限り感じてほしいと思ってまして。
──窓から見える、世界の解像度を高めるために描き込みを?
そうです。整理整頓するために省略するのが普通なんですけど、僕が高校時代に魅力を感じたマンガはそうじゃなかった。「北斗の拳」を描いていた原先生の「これだけの熱量を持ってこの画面を作ってるんだ!」って思いが伝わってくるのが醍醐味だったんです。僕も「ベルセルク」からそれを感じてほしいといまだに思いますね。ちゃんと描かれているということは、それだけ人の手が入っているという証、手間暇がかかっている証拠じゃないですか。手間暇がかかっている=商品価値が高いという時代だと思うんです。そこに価値を見出してほしいなと。
──例えばガッツのマントや甲冑といった、普通だったらベタで塗るであろうところも、黒の階調まで線で表現しています。この意図は?
ものにはディテールがあるんです。服だって、布があって糸があって、素材ごとに表面が違う。マンガの線と線の間にある、そういうものも感じ取れるようにしたいんです。
──デジタルになって、三浦さんの中でマンガ表現の意識の変化はありましたか?
ありましたね。便利なものが手に入ったというのと、道具に使われちゃいかねないほどすごいもんだと思いました。実際使われちゃってるところがありますからね。どこまでも大きく拡大して描き込めて、ほっとくとドット1個までいっちゃう。あれれ?あれれ?って(笑)。編集からも何度も「先生! やめてください!」って羽交い締めにされて止められた気がするんですが、全部振り切っちゃってる感じです。
──あはは(笑)。
森ちゃん(三浦の高校時代からの親友・森恒二)からも「そこまでやんなくていいだろ」って散々言われたんですけど、もう諦められちゃいましたね……。もう描き込みは自分の個性として受け入れました。ただ、やはり「ドゥルアンキ」でスタジオ全体のレベルアップを図って、「ベルセルク」に還元したいと思ってます。
「ベルセルク」に飽きることはない
──「ベルセルク」の最新40巻では、ついにキャスカの意識が回復しました。待ち望んでいたファンも多いのではないかと思います。
僕も感慨深いですね。ただ、キャスカはここからが大変です。キャスカが本当に回復するには、自分の経験を自分で分析して理解して、解決していかなくてはいけない。グリフィスがやったことや魔物と向き合わなくてはならないんです。
──真の意味でキャスカが回復するのに必要なプロセスということですね。「意識が戻ったらキャスカは完全回復」というルートもあったかと思うのですが、「ベルセルク」は登場人物に安易な道を選ばせない。三浦さんにも覚悟が必要だと思うのですが。
人間を描いているので、そうなっちゃうんですよね。こういう事態になったら人間だったらこうなるだろう、というのはちゃんとやらないと魅力的な物語にならないんです。
──聞きづらいことなんですが、1989年から「ベルセルク」を描いていて飽きることはありませんか?
飽きることはないんですよ。毎回毎回、新しいものを描いている気分でやっているので。「ベルセルク」に飽きたことはないし、「このエピソード、半端にやっちゃったな」ってこともない。たぶん、同じパターンを繰り返すマンガじゃないからでしょうね。描かなきゃいけないテーマをうんしょ、うんしょ、って描いて、次のテーマをまたこなす。それは毎回新しいことに挑戦しているということなんです。大河ものを描いてる人は、飽きることはないんじゃないかな?
──つらいこともないですか?
マンガを描くのは実際、全部楽しい。マンガを描いていてつらいこと、苦しいことってほぼないですね。めんどくさいことはあるけど、そのめんどくさいことも楽しかったりするんです。じゃなきゃこんなに長くやってません(笑)。楽しいことばっかりだから1日中マンガのことばかりで、人らしい生活をいい加減にしちゃってるところがあります……あ、そういえば時間が欲しい。時間がない、寿命が来る、体力が落ちてきたというのは苦しみかな……。
──三浦さんがベヘリットを持ってたら、転生しちゃいそうですね(笑)。「ベルセルク」のストーリー全体から見て、今はどの辺の位置なんでしょう?
後ろのほうには来てますよ。キャスカの復活でそろそろ妖精島の章が終わりに近いですし、この後はけっこう驚きの展開になると思います。「ドゥルアンキ」ともども、ぜひ楽しみにしていてください。