「よりぬきヒロシさん 気まずいの以外全部出し」|(もうすぐ)祝50歳&デビュー30周年! “成長しない漢”田丸浩史の半生振り返り

情熱や承認欲求に満ちていた、はずだったのに……な1990年代

──ここからは田丸さんのマンガ家人生約30年を10年ごとに区切り、短編集収録作を中心に振り返っていきます。

1992年
月刊少年キャプテンで「ヤクざもん」掲載。
1999年
同人誌で「ヤクざもん2」掲載。

──1作目からドラえもんとヤクザがフュージョンした「ヤクざもん」と強烈です。

未来の世界からやってきたヤクザ型ロボットによるドタバタギャグ「ヤクざもん」。

田丸 当時の担当が何を描かせていいのかわからなかったんでしょうね。「とりあえずちょっと短いもの描いてみて」と言われて。

田山 ページ数だけ指定して?

田丸 そうです。だからネームも確か1日で描いたし、直しもほとんどなかったはず。

田山 こんなのをよく1日で描くなあ。

田丸 あの頃はすごく情熱や承認欲求があったんですよ。

田山 デビュー当時だからネタも自分の中にぎゅうぎゅうに詰まってる状態だよね。

田丸 はい。そんな感じで「ヤクざもん」みたいな読み切りを2、3本描いた記憶があります。

──ほかの作品はどんなノリだったんですか?

田丸 あまり昔のことは思い出したくないし、思い出せないけど(笑)……「世界征服物語」とかそんなタイトルで、悪の組織がバスを乗っ取るのとか。

田山 ファンタジーものもありましたよね。「3つの願いを叶えてやろう」と言われた筋肉男が顔はそのままに(「うる星やつら」の)ラムちゃんになるの。

田丸 あったあった。ネームの段階では「わしをロリキャラにしてくれ」って言ってけど、なぜか原稿では「よっしゃ、ここはラムちゃんにしちゃえ!」とかしてた。

田山 よくそれで通ったなあ。

田丸 通ったというか、それは投稿作だから。月刊コミックドラゴン(富士見書房)に投稿したやつ。

原田 コミックドラゴンに投稿されてたんですか?

田丸 はい。

左から田山三樹氏、田丸浩史。

田山 俺が徳間書店に入社する前の話だけど、田丸さん、キャプテンをいくらつついても仕事が大して回ってこないからドラゴンに逃げようとしてたんだよね。

田丸 そう、そう。

田山 「キャプテンと似たレベル、テイストの雑誌だろう」という思惑があったような話を後で聞きました。そしてキャプテンで「超兄貴」の連載が決まったタイミングで、投稿作の酷評がコミックドラゴンに載ったから、キャプテン編集部で「これは(コミックドラゴン編集部による)田丸潰しか?」と話していたのを思い出した。うーん、だんだん話が気まずくなってきた(笑)。

──それでは90年代後半に話を移して、「アルプス伝説」の連載中には体調を悪くされたんですよね。

田丸 ウイルス性の腸炎で入院しました。

田山 きっとストレスもあったんでしょうね……。

田丸 あの頃は、馬が合っていた担当から別の担当に変わって「ラブコメ以外はダメ」と言われてて。

田山 まあ俺が彼に「ラブコメにしてくれ」って言ったんだけどね。

田丸 この野郎(笑)。

──田丸さんにはラブコメが向いてると思われての指示だったんですか?

田丸浩史

田山 田丸さんはナチュラルにやると「ヤクざもん」みたいなぶっ飛んだものを描くから、もう少し一般にウケる枠に入れて、そこからちょろっと変なものが飛び出すくらいがいい味になるだろうという計算でした。でもネーム全ボツとかしていたことを後で田丸さんから聞いて、それは当時は知らなかった。

田丸 だから「アルプス伝説」の未公開エピソードの下描きが1話分あるんですよ。

田山 それも今回の短編集で載せようって言ったんだけど……。

田丸 絶対に嫌です!

連載作品が重なりまくった激動の2000年代

2000年
月刊サンデーGX(小学館)で「激羅撫戦隊レンジャー3」掲載。
2007年
月刊少年シリウス(講談社)で「モモモスモモモ太郎。」掲載。

──2000年代初頭には「激羅撫戦隊レンジャー3」を描かれています。

「激羅撫戦隊レンジャー3」より。誕生日を迎えた主人公のゆきひろが、恋人のカツヒ子に自身がヒーローであることを明かす。葛藤の末、カツヒ子が出す答えとは。

田山 担当編集者は……ああ、キャプテンでバイトしていたこともある、また別の彼か。何か作品内容に注文はあったの?

田丸 いやー、全然覚えてないです。

──当時は戦隊ものが好きだったんですか?

田丸 そうでもないですね。なんでこれを描いたのかわからないです。

田山 当時「生活感のある戦隊ものを描きたい」みたいなことをインタビューで言ってたよね。

田丸 あー、そうかもしれません。

──少し話が逸れますが、田山さんは田丸さんについて「生活感のあるバカ話が抜群」と評されていたことがありましたね。

田山 最近ではみんなやるようになったけど、田丸さんはかなり早くからそういったスタイルでした。「超兄貴」の後半くらいには掃除機でゴキブリの死骸を吸い込む話とかあったし。

──そういった地に足が付いた作風のイメージが強いせいか、昔話テイストのものや原作付きの作品を除くと、完全にファンタジーな世界観の田丸作品が思い浮かびません。

田丸 そういうのはほぼないですね。1994年からキャプテンの増刊のコミック鉄人(徳間書店)で連載していた「無敵伝説ゴッデス」くらいかな。

田山 けっこういい作品だったけど、あれは世に出せないの?

田丸 絶対に出さないです。ゲーム化前提でと言われて描いていたんですけど、その話自体がなくなっちゃったので。

田山 じゃあ幻中の幻の作品だね。

──そして次は「桃太郎」をベースにした「モモモスモモモ太郎。」を2007年に描かれます。

桃から生まれた女子中学生の李(すもも)が、鬼ヶ島の鬼を退治して帰ってくるまでを4ページで展開する「モモモスモモモ太郎。」。

田山 掲載誌の特徴とかポリシーとか考えて描いたの?

田丸 そういうことは全然考えてませんでした。「何か描いて」と言われていたけど、当時「ラブやん」と「レイモンド」の連載が重なって忙しかったので自分から「短く4ページで」とお願いしたくらいです。

田山 普通、4ページでは原稿を頼まないもんね。でも俺は今回の短編集でこれが一番好きだな。

──1ページ辺りのネーム量が多く、4ページと短いけどきっちり話が展開しますよね。メガネっ子、下ネタ、勢いのあるギャグと田丸さんらしさもありつつ。

田山 そうですね。中身が詰まっていて完成度も高い。もっと引き延ばせば原稿料を稼げるのに(笑)。

田丸 今ならそうします(笑)。

──先ほど田丸さんもおっしゃっていましたが、2000年代を振り返ると月刊の「ラブやん」に隔月刊の「マリアナ伝説」や月刊の「レイモンド」など、連載が重なってていて大変そうですね。

田丸 あと「最近のヒロシ。」も月刊でやってました。半年に1回、全部の締め切りがまとまってくるときがあってとにかく厳しかったのを覚えています。

小学生女子の倉橋瑞希と、彼女の家に居候する未来から来た海兵型ロボットのレイモンドを中心とした「レイモンド」。月刊ドラゴンエイジ(富士見書房)で2007年から2009年まで連載された。

田山 「レイモンド」も連載始める前から「8ページしか描けません」って言ってたもんね。

──その「レイモンド」や「ここ10年分のヒロシ。」「課長王子外伝」は2019年3月に電子書籍になりました。田丸さんご自身は電子書籍を使われますか?

田丸 全然使いません。だからどういうシステムなのか全然わからなくって。

田山 便利だから使ってみたら?

──そのほかの「超兄貴」や「アルプス伝説」、「マリアナ伝説」などの過去作品も電子化してくれると喜ぶファンは多いと思います。

田丸 紙の本だとやっぱり場所取りますからね。

田山 できればそういったほかの作品も早めに電子化していただきたいですね。

田丸 ただ労力に見合うほど売れるのかという(笑)。

──今回の短編集の売上が好調で、そういう機運も高まるといいですね。