田丸浩史の「よりぬきヒロシさん 気まずいの以外全部出し」がKADOKAWAより発売された。タイトルからしてひと癖ある本作は、新人時代に描かれたものから2010年代に発表された近作までを集めた作品集だ。OLが恩返しを期待して地蔵の頭に脱ぎたてストッキングをかぶせる「コス地蔵」を皮切りに、田丸節全開のネタが全編を通して繰り広げられる内容はファン必見と言えよう。
コミックナタリーでは発売を記念して田丸と、田丸の担当編集者として長年一緒に仕事をしてきた田山三樹氏による対談を、月刊ドラゴンエイジ(KADOKAWA)編集長・原田崇史氏立会いのもと実施。来年2020年で50歳&デビュー30周年を迎える田丸のキャリアを、短編集収録作とともに振り返ってもらった。また特集の最後には、本人が大量の質問に答えるプロフ帳を掲載。学生時代の衝撃的なアルバイト体験から、好みの女性像を決定づけたベストヒロインまでが明らかに!?
取材・文 / はるのおと 撮影 / 稲垣謙一
お金がなくなったから短編集出します
──まずおふたりの関係について伺います。出会いは田山さんが月刊少年キャプテン(徳間書店)で「超兄貴」を担当されたところからですよね?
田山三樹 入社して、最初くらいに担当として割り当てられたのが「超兄貴」で、そのときに前の担当から紹介されて以来の付き合いです。田丸さんは最初、キャプテンには持ち込みで来たんだよね?
田丸浩史 「野球戦士カツヒコ」という作品を持ち込みました。高校の同級生にかつて週刊少年ジャンプ(集英社)で「ドルヒラ」を連載していた井上行広という男がいて一緒に同人誌を作っていたんですけど、「今度投稿しよう」という話をしてその投稿先に選んだのがキャプテンでした。
田山 後から聞いた話では「キャプテンなら競争率が低そうだ」と思って(笑)。
田丸 はい。でも「超兄貴」の後で田山さんから別の方に担当が変わって。
田山 自分が副編集長になって忙しくなったから、「超兄貴」終了後に後任に引継ぎをしたんだと思う。幸いその人と田丸さんが非常に馬が合ったおかげか、「アルプス伝説」という一皮むけたラブコメを描いていただいて。
田丸 その後任の担当はすごく好き勝手にやらせてくれたから。その辺からのびのびマンガを描けるようになったんじゃないかなと。
田山 そういえば「アルプス伝説」のタイトルは最初「オレタチのハネムーンR」だったよね。
田丸 あー、やっぱり昔の話は恥ずかしいですね(笑)。はい、そうでしたね。
──ただその後、キャプテンは1997年に休刊しました。
田山 そう……なんですよ。でもむしろ俺とはそれからいろいろと一緒にやりだしたよね。まず僕が徳間書店の後に行ったアニメ制作会社・AICのTVアニメ「課長王子」のコミカライズの話を田丸さんにもちかけて。
田丸 最初に選択肢を挙げられたんですよね。「『天地無用!』と『魔法少女プリティサミー』とあと『課長王子』からどれやりたい?」って。その中で「課長王子」は「中年の夢破れたロックギタリストがギターで宇宙を救うやつだから、田丸さん向いてるんじゃない」と言われたので「じゃあそれで」と選んだ記憶があります。
──AIC作品のマンガと言えばあずまきよひこさんも描かれていましたが、田丸さんがそこで「魔法少女プリティサミー」を選んでいたら、今頃はあずまさんのポストに田丸さんが収まっていた可能性もあったと。
田丸 いや、それはなかったんじゃないかな。たぶん叩かれたでしょう(笑)。
田山 どっちに転ぶにせよ、えらいことになってただろうねえ。
──その後も田山さんは「マリアナ伝説」や「レイモンド」などを担当されながら、今回の短編集を企画されたと。ここ数年もずっとやり取りはしていたんですか?
田丸 田山さんとはたまに電話してましたね。
田山 ときおりグダグダと電話はしてたけど、実のある話は特にしてなかった。
田丸 なんで連絡もらってたんでしたっけ? 短編集の話が出たのはつい最近のような。
田山 いやあ、覚えてないと思うけど「短編集を出そう」って俺はずっと言い続けてたから。
田丸 そうか。それを俺がずっと拒否していて、最近ようやく「あ、お金ないからやります」って言ったんだ(笑)。
田山 1999年に「スペースアルプス伝説」を出したときと同じだよね。あのときも「キャプテンは休刊したけど、単行本は出したい」って話をしていたけど最初は拒否してた。
田丸 全然覚えてない。
田山 確か休刊から1年か2年か経った後にしつこく「『アルプス伝説』の単行本を」と言ったら「じゃあやります」となった。こちらも言い方はなんだけど、寺田克也さんの表紙やゆうきまさみさんとの対談なんかで釣った感じで。
──寺田克也さんの表紙はインパクト抜群でしたね。田丸先生の絵はカバー下に追いやられていましたが。
田丸 あったあった(笑)。そう言えば2、3年前に偶然、寺田先生とお会いしたんですよ。
田山 あ、本当。どこで?
田丸 とある花見の席で。でも向こうは全然覚えておられなくて。
田山 思い出していただけたの?
田丸 いや、全然。「(その頃)お家にも行きましたよ」「『(西遊奇伝・)大猿王』のポスターも家に貼ってましたよね」とか言ったんですけれど覚えてなかった。
田山 うーん(笑)。
霊能力者まで動員して原稿を集めた短編集
──おふたりの仲のよさがわかったところで、本題の短編集に話題を移します。収録作品はふたりで決められたんですか?
田山 いえ、何年も電話でやり取りするうちに「この作品は絶対に世に出す気はないだろう」という勘どころはできていたので、そういった作品を外してこちらで選んでから検討していただきました。
田丸 だから徳間書店に持ち込んだ「野球戦士カツヒコ」あたりは最初からリストになかった。でも選んでもらった作品をまとめるだけだから楽に作業が終わって「よっしゃ、お金拾うわ!」ってなるものと思っていたら……。
田山 まず原稿が半分以上見つからなかった。あと「ヤクざもん」なんて、昔の原稿だから写植が全部剥離して落ちてたりして(笑)。
──では原稿を集める作業が一番大変だった?
田山 いや、大変の手始めです(笑)。原稿が見つからなかった作品も出版社はわかるから電話してみるものの、中には担当者が辞めていて所在がわからないっていうケースもあって。それと「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」のスピンオフ「最近のデッド。」は、同人誌で1回まとめて出してたから、その際に原稿がどこかいってたんだよね?
田丸 だから、ちょっと見える人にお願いしました。
──見える人というのは、霊視的な?
田丸 ええ、その人に原稿のありかを聞いたら「田丸さんの東京の拠点みたいなところに半分くらいあるよ」と言われたんです。それで同人誌を寄稿しているサークル・甲冑娘のボスに電話したら「あ、うちの倉庫に『最近のデッド。』あった」と。
──すごい、本物じゃないですか(笑)。
田丸 あと「仕事場の西の棚の上から何段目にある」とも言われたので、その棚を開けたらなくって。でもその1段下を開けたらそこに原稿があって「おお、すげえ」と思いました。
田山 そんな、霊能力者の方にまで協力していただいて原稿を集めた短編集です。
──それを聞くとなおさらありがたい1冊に思えてきました。短編集にはマンガ本編以外のコンテンツも収録されています。作品ごとに田丸先生の描き下ろしイラスト付きの紹介文的なテキストが付いていて、ゆうきまさみ先生の描き下ろしマンガもあり、最後を締めるのはおふたりの対談。この構成はどう決めたのでしょうか?
田山 まずコメントを入れたのはデザイナーさんの発案ですね。俺とKADOKAWAの編集者の原田さんで一緒にデザイナーさんのところに行ったら、「内容がバラバラの作品が収録されていると読者も戸惑うんじゃないか。1個ずつ作品仕様書みたいなものを付けてみては」と提案されたんです。それで俺も人の意見は素直に聞くほうだから、読者サービスになるし頼むだけは頼んでみよう、どうせ苦しむのは自分じゃないし、と(笑)。
田丸 (笑)。
田山 結局、締め切り調整とかで自分も苦しむわけですけどね。そのために絵を描き下ろしていただくことになったけど、面倒な作業が増えるのになぜか断らなかったね。
田丸 はい。最初は全部ジジイの絵にしようという話だったけど、結局なくなりましたね。ジジイは手癖で描けるから楽なんですけど。
──確かにお爺さんと尖りに尖った乳首は田丸作品ではおなじみの要素ですね。おふたりの対談も「レイモンド」連載時には毎回あったのでファンには馴染み深いです。
田山 20何年分もある作品を解説しないのも不親切だろうという懸念と、あとちょっとしたサービス精神もあって巻末で対談をやるのは最初から考えていました。
──ゆうきまさみ先生からの寄稿マンガが載っているのも納得度は高いです。「スペースアルプス伝説」で対談されていたし、「マリアナ伝説」で共作もされていましたし。
田山 おふたりのジェネレーションは離れていますが、ゆうきさんも田丸さんもお互いの大ファンなのでぜひ参加していただこうと。
田丸 ゆうき先生には不義理ばかりで申し訳ないですが。
田山 本当は吾妻ひでお先生にもお願いをして「田丸さんのマンガが好きだからやる」とおっしゃっていただいて、推薦文をいただくことになっていたんですが、そのやり取りをさせていただいている間に入院されて、結局……。
──吾妻ひでおさんは作中にラブやんを登場させるなどしていましたから、ぜひ見てみたかったです。
田山 田丸さんの1つ上のジェネレーションのゆうきさんがいて、さらにその上の吾妻先生がいて、みんなが田丸さんを愛しているという感じが出せたらこの田丸さんの歴史を振り返る初短編集に素晴らしい錦上花を添えていただけるのではないかと思っていました。
──下の世代のフォロワーから推薦文をもらうという考えは?
田山 俺が年寄りの編集者なので、下の世代はあんまり知らないんです(笑)。逆に、下の世代で田丸さんのファンってどんな方々がいるんですか?
──自分も今回のインタビューのためにそれを調べたのですが、田丸愛を公言されている方が見つからなくって。
田丸 (笑)。
田山 田丸さんって、「最近のデッド。」原作の佐藤大輔先生とか「ガンスミスキャッツ」の園田健一さんとか、なぜか上の世代の作家さんに愛される傾向があるように思うな。別に下の世代に嫌われてるわけではないだろうけど。
田丸 いやいや、下の世代の人にも愛されてますよ! ……まあTwitterでたまにやり取りする人がいるくらいで、実生活で交流がある人はいませんけど。
──話を短編集に戻して、そんな充実の1冊ですが表紙はインパクト抜群ですね。お洒落なデザインですし。
原田崇史 デザインは「テルマエ・ロマエ」などの装丁もされているセキネシンイチさんです。
田山 おかげさまでこれまでの田丸さんの本にないテイストのカバーになったのではないかと。イラストは収録作を読んだセキネさんから「やっぱり筋肉でしょう」という発案とともに「マッチョの田丸浩史を描いてください」とお願いされまして。
田丸 僕は自分のことをマッチョと思っていないから実は嫌だなと思ったんです。だから横顔くらいまでしか見せないことを条件に描きました。ほかにも顔がこっち向いたジジイのバージョンのラフも描いたんですけど。
──確かに田丸さんの作品と言えば筋肉の印象は強いですが、思い切りましたね。「儲けたい」という動機で出す単行本であれば、イラストをかわいい女の子にしようという案などはなかったのでしょうか。
田山 あ、誰も思いつかなかった……。
一同 (笑)。
田丸 普通、かわいい女の子とか描きますよね。
田山 俺も原田さんもデザイナーさんも、誰一人そういう話を出さなかったなあ。なんで思い浮かばなかったんだろう。
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情熱や承認欲求に満ちていた、はずだったのに……な
1990年代