コミックナタリー Power Push - 「夜廻り猫」
深谷かほるインタビュー
人生うまくいかない人が、簡単に絶望しないために
悩み相談された人が、悩んでる本人より考えてるわけがない
──「夜廻り猫」は主人公の遠藤はもちろん、脇役の猫たちもかわいいですよね。やはり実際に猫を飼われてるからこそのリアルさなんでしょうか。
今18歳の息子が幼稚園のときから飼ってますね。その前にも5年飼ってて、今飼ってる子で2匹目です。犬もいいなとは思うんですけどね。友達の犬の散歩に付き合ったりすると、公園で飼い主がトイレに行くときなんかもジーっと待ってるんですよね。そして遠くにあるトイレから飼い主が顔を出しただけで、しっぽがピーン!って。「犬ってすごいね」って言ったら、「この愛情は重いよ……」って返されましたけど(笑)。猫はそこにいるだけでかわいいですよね。
──「夜廻り猫」は猫がかわいいだけのマンガでもなく、「ホントに悩んでる人から聞いたんだろうな」っていう生々しい悩みがたくさん出てきますよね。例えば53話の35歳で彼氏がいない女性は、お金持ちと結婚した同級生から「あなたが羨ましいよ」って言われてます。絶妙に嫌な話ですね。
読んでいる人に実感が伝わらないような悩みではしょうがないので、誰の身にも起こりうる話だって感じてもらいたいのはあります。
──「夜廻り猫」に登場するさまざまな悩みを抱える人は、主人公・遠藤に話を聞いてもらって気持ちが楽になってることが多いです。深谷さん自身は人から悩み相談をされるほうですか?
確かに誰かから聞いた実話を元にすることも多いですけど、私が相談されやすいかっていうと、全然そんなことないと思います。
──そうなんですか? 作品を読んでいると、「これを描いてるのは達観してる人なんだろうな」と思わされますよ。
私が歳を取ってるだけですよ(笑)。同年代の友達の中だと、決して賢くも大人でもないですし。でも、だからこそ人から「こうなんじゃないの」ってアドバイスされたことは、わからないままに20年くらい覚えていて、時が過ぎてから「こういうことだったのかな」って思えることもあるかもしれない。そういえば同年代で相談し合うことって、最近はなくなりましたね。20代くらいの頃って、友達と会ったらお互いの悩みとかを話すの大好きだったのに。
──確かに女の子が集まるとそういう話をしてるイメージはあります。
男の人って「友達に悩みを喋って解決」みたいなことってあんまりないですよね。喋ってもすぐに結論を出そうとするし。
──そういえば男性向けのモテマニュアルみたいのを読むと、だいたい「女子に相談されたら頷くだけでいい、結論を出そうとするな」的なことを書いてあるものが多い気がします(笑)。
いろんなとこに書いてあるということは、ほとんどの男性が何度も言われないとわからないわけですよね(笑)。「解決案を出さなきゃいけない」と思っちゃう。そんなの、悩んでる本人より考えてるわけないでしょ? 本人よりいいアイデアが出せるわけないんだから、何か意見言うのは失礼なぐらいですよ。
「読んでいる人を寂しくさせない」
──勉強になります……。遠藤は基本的に人の悩みを聞くだけで、特にアドバイスはしないのがいいですね。
悩んだり苦しんだりしているのを誰かに解決してもらうことは、現実ではなかなか起こらないことだと思うんです。もし遠藤が悩みを解決しちゃうキャラクターだったら、読んでいる人も「こんなにうまくはいかないよ」って思っちゃうんじゃないかなと。要するに逆上がりができるかできないか、みたいなことだと思うんですよ。
──逆上がり、ですか?
誰かに「逆上がりができない」って相談されたとしても、結局そこは自分でできるようになるしか解決にならないと思うんです。
──ああ、自分の力で解決しないと意味がない、と。
そうですね。とはいえ、「ほかの人はできていることを自分だけが解決できないんだ」とか「これは自分だけが悩んでいることなんだ」と1人で悩むのと、誰か悩みを聞いてくれる人がいるのとではずいぶん違うと思います。
──そうか、遠藤は悩みを解決しないけど、だからといって「解決してないじゃん!」とはならず、むしろすっきりした読後感があるのは、「悩んでるのは自分だけじゃなかった」と気付けるからかもしれないですね。
誰かが心で泣いたりしているときに、その状態を認めてくれるキャラクターが遠藤ですね。その「読んでいる人を寂しくさせない」というのが、「夜廻り猫」でやりたいところなんですよ。
──僕も猫を飼ってるんですけど、つい話しかけちゃうことはあっても向こうは基本的に反応してくれないですよね。たとえば犬だと、飼い主が落ち込んでると慰めにくるとか聞きますけど。
そうですね。うちの猫も、名前を呼んでも全然来ませんから(笑)。
──だから「話を聞いてくれるけど悩みを解決してくれない」っていう役に、猫はぴったりハマるのかもと思いました。
相手が人間だとそうそう言えないこともありますし、悩みを話せるようになるまでに単行本1巻分くらいのコミュニケーションが必要になっちゃいますから(笑)。いきなり「悩みを言ってみなされ」「えーっと実は……」というやりとりを成立させるには、相当フィクション性のあるキャラクターじゃないとダメだと思いました。
──喋る猫だと数コマで相談できちゃう。
……ってことにしました(笑)。
──深谷さんは猫を飼っていて、「猫がいたおかげで救われたな」という経験はありますか?
猫って機嫌の上下がないんですよね。飼い主に会ったからって大喜びすることもないけど、気分が下がることもない。病気でない限り常に中庸というか。自分がよほど落ち込んでるときなんかは、いつもと変わらない様子に救われますね。「世の中は何も変わらないんだな」って思わされます。
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- 深谷かほる「夜廻り猫(1)今宵もどこかで涙の匂い」/ 2016年6月30日発売 / KADOKAWA
- 「夜廻り猫(1)今宵もどこかで涙の匂い」
- 1080円
- Kindle版 / 1000円
ひとり泣くものに寄り添う夜廻り猫の遠藤平蔵。
「泣く子はいねが~~」。涙の匂いのするところに現れる夜廻り猫の遠藤平蔵。
老若男女、犬猫問わず、涙する人とともに呑み、笑い、ときに励まし、ときに見守り、いつも彼だけはそっと寄り添う。
「む。涙の匂い」。今夜の夜廻り猫はあなたの元を訪れるかもしれない。
Twitterで連載中の話題作がついに書籍化!
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深谷かほる(フカヤカオル)
2015年10月よりTwitter上で「夜廻り猫」を掲載開始。当初、毎夜1話ずつ更新された「夜廻り猫」は瞬く間に多くの共感を得る。代表作に「エデンの東北」「ハガネの女」「カンナさーん!」などがある。