「S.Flight 内藤泰弘作品集」|処女作と「血界戦線」の共通項の多さに「嘘だろ!?」初期短編集をきっかけに振り返る、自身の原点

「ガングレイヴ」のキャラは背中からデザイン。前は辻褄が合ってればいい

──「S.Flight」に収録されている一番新しい作品「Satellite Lovers」は1997年、キャプテン休刊後にヤングキングアワーズ(少年画報社)での発表でした。

「Satellite Lovers」より。同作は世界崩壊後を舞台に描かれるラブストーリー。

キャプテンの休刊には、なんかもう笑っちゃいました。必死で原稿をあげて入稿したその夜、ファミリーコンピュータMagazineの忘年会に顔を出したときに、山本さんに「内藤くん、聞いた? キャプテン休刊だって」と教えてもらったんです。さすがにその日は、何を飲んでも全然酔わなかったですね(笑)。「Satellite Lovers」はそんな中、ヤングキングアワーズの筆谷(芳行)編集長に「内藤くん時間あるなら描きなよ」と声をかけてもらって描いたものです。どんなのやろうかなと考えていたら、筆谷さんに「“鴨葱”みたいなのやらない?」って言われて、久々にああいうのもいいなと同人時代を思い出しながら描きました。

──内藤さんは「トライガン・マキシマム」の連載中、ゲームソフト「ガングレイヴ」の開発にも参加されてますよね。

PlayStation2用ゲーム「ガングレイヴ」。©RED/内藤泰弘 2002

やりましたねえ。広井王子さんに「ゲーム作んないの?」と声をかけていただいたので、「作りたいです!」とお返事して。背中からの視点で、撃ったらなんでも壊れちゃうみたいなゲームにしたいですと伝えたり、キャラクターをデザインしたりして。プレイヤーからはずっと背中ばかりが見えているので、キャラクターも背中側からデザインしたんですよ。前は辻褄さえ合ってればいいですが、背中が二の次になってはいけないですから。PlayStation自体に勢いがあったのもあって、こちらもアニメ化したりとひとまずの結果を残せましたね。

──ちなみに内藤さんは、息抜きしたいときはどんなことをされてるんですか。

えっ、なんでしょう。ピンとこないですね……原稿が終わった直後は飲んで寝ちゃうんですけど、結局はオタク的な行動じゃないですか? 観たかった映画を観て、読みたかったマンガを読んで。ここでスキューバダイビングとか答えて、「……地球と一体化するんだよね」とか言いたいですけど、全然そういうのないですね(笑)。旅行的なものだと、アメリカのコンベンションにちょいちょい呼んでもらうのが気晴らしになって助かってます。

手塚先生も産みの苦しみを味わった。僕らはもっと苦しむに決まってる

──「トライガン・マキシマム」の完結が2007年。「血界戦線」の読み切り版は、その1年後となる2008年にジャンプスクエア(集英社)で発表されました。

「血界戦線」1巻 ©内藤泰弘/集英社

そうか、もう10年経ったのか……。これは和月伸宏先生からご紹介を受けて、ジャンプスクエアの立ち上げのときの読み切り企画に誘ってもらって描いたんです。「トライガン」の連載がしんどかったから、「疲れちゃってんすよねー」なんて言ってたんですけど、和月先生に「間を置かずに描かないとだめですよ!」って言われて、とりあえず。

──では、特に次回作のアイデアとして温めていたというわけではなく。

サクッと読み切りを描こうと思って。菊地秀行作品あたりの伝奇モノで培われたものをマンガにしようという感じで、内容自体はすぐ決まりましたね。だからタイトルも漢字四文字なんです(笑)。

──その後、「血界戦線」は連載化。「トライガン」に続く2作目の長期連載作ですが、何か違いを意識した部分はありましたか?

大きい物語を閉じる苦しみはもう二度と味わいたくないので、1回1回でまとめるスタイルにしたことでしょうか。当時「ER緊急救命室」とかのアメリカドラマにハマっていて、群像劇っていいなと思っていたのもあります。このスタイルだったらいつまでもやれるなって思ってたんですけど、あれもやった、これもやったみたいに消耗戦になっちゃうので、最近は考えるのがつらいことがあります(笑)。マンガって、いくつになっても楽には描けないものですね。いつか観たドキュメンタリーで、手塚治虫先生もストーリーに苦しんでたからなあ。手塚先生が苦しんでるんだったら、僕らはもっと苦しむに決まってますもんね。なのでなるべく負担を減らすため、あまり教訓めいたものにならず、必殺技を叫んでるだけなのがいいと思います(笑)。

──「血界戦線」は今後どうなっていくのでしょう?

「血界戦線 Back 2 Back」1巻 ©内藤泰弘/集英社

うーん、今はとりあえず、次の〆切までに1作1作をきちんと仕上げることばかりかな。無印10巻まではテンションを落とさず、つまんなくならないように描こうと思っていたんですけど、今の目標はとりあえず続けることですね。「Back 2 Back」の10巻がどんな感じになるか、自分でもまだ想像がつかないです。今はとにかく、ネタを仕入れたくて……。アニメ化以降、本当に忙しくて、2017年は書き出した観たい映画を半分も観れなかったんです。この僕が「スパイダーマン:ホームカミング」も「ジャスティス・リーグ」も観てないなんて、信じられないでしょう?(笑) 年末に公開された「スター・ウォーズ」も、1月の終わりにようやく観たくらいです。

好きで楽しく、自信を持ってマンガを描いてんなーコイツ

──少年時代から「血界戦線」の今後についてまでお話いただきましたが、こうして半生を振り返ったとき、ご自身で「ここが転機だったな」と感じるのはどこですか。

どこだろう……「トライガン」のアニメ企画が動いたあたりですかね。そこまでは、自分がマンガを描いていったらこんな感じの人生が送れるんじゃないかという想像の範疇だったんですけど、そこでまったく違う、自分以外の要素が入ってきて、作品が遠くに行くきっかけになった。ビクターの北山(茂)さんが、僕が「マッドハウス好きなんです」って言ったのを覚えていてくれて、マッドハウスに話を持ちかけてくれたこと。マッドハウスの丸山(正雄)さんが「トライガン」を気に入ってくれて、「これ面白いから、OVAじゃなくてテレビアニメでやろうよ」と言ってくれたこと。このあたりで確変が起こったんじゃないかと思います。

「トライガン・マキシマム」14巻

──内藤さんは先ほど、マンガ家になることは夢というより、自明のことだったとおっしゃっていました。「トライガン」が、憧れのマッドハウスでアニメ化したことに、夢が叶ったという実感があったのかもしれませんね。

そうですね、「こんなん実現するんだ!?」と強く感じたというか。「トライガン」って、自分が思っていたよりもすごく遠くまで届いてくれたんです。印象的だったのは、ロサンゼルスの空港で、入国審査で職業を聞かれたときのこと。僕が「マンガアーティスト。『トライガン』ってマンガを描いてるんだ」って答えたら、金髪ショートのスラッとしたお姉さんが「……ヴァッシュ・ザ・スタンピード?」って。

──おお、最後にいい話をありがとうございます(笑)。

しかし今回の「S.Flight」で、描いた原稿がほとんど商業出版されているという、稀有なマンガ家になってしまいました(笑)。「S.Flight」を読み返すと、「好きで楽しく、自信を持ってマンガを描いてんなーコイツ」という感じがします。内藤泰弘という男のパーツは30年間ほぼ構成が変わってない、ってことが見事に表れてしまってる1冊なので、機会があれば読んでいただけるとうれしいです。

「サンディと迷いの森の住人たち」より。

──担当編集さんは「若手のマンガ家に読ませたい」とおっしゃっていました。せっかくなので、若手のマンガ家さんにもメッセージをお願いできますか。

個人的には、編集に読まされたマンガなんていうのは、まったく身にならないと思いますけどね……!(笑) もちろん僕のマンガを読んでくれたらうれしいですが、若いマンガ家さんは、こんな考古学みたいなものを読むより、今自分にビンビン来てるものを真ん中にとにかく描きましょう。1作描き上げること自体に絶対意味があるし、1作描いたらその分絶対力がつきます。描きたいものを見つけて、食らいついて、楽しんで創作していってください。

内藤泰弘「S.Flight 内藤泰弘作品集」
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コミックス 691円

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Kindle版 640円

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収録作品
  • 「サンディと迷いの森の仲間たち」
  • 「僕等の頭上に彼の場所」
  • 「Christmas Heart」
  • 「Call xxxx」
  • 「Christmas Heart Again」
  • 「Satellite Lovers」

内藤泰弘が同人時代に発表した作品を中心に収録した初期短編集。2012年に「コミティア100」を記念して上梓され、長らく入手困難となっていた同人誌を商業単行本化したものとなる。1989年に発表された内藤初めての同人誌「サンディと迷いの森の仲間たち」や、1992年に発表され、その後スーパージャンプα(集英社)に掲載された「Call xxxx」など、全6編が収められた。

内藤泰弘(ナイトウヤスヒロ)
内藤泰弘
1967年4月8日神奈川県横浜市生まれ。同人誌で発表した「サンディと迷いの森の仲間たち」が、1990年、Little boy(ふゅーじょんぷろだくと)に再録され、商業デビュー。代表作にアニメ化、映画化された「トライガン」「トライガン・マキシマム」。またジャンプスクエア、ジャンプSQ.19(ともに集英社)にて連載された「血界戦線」も、2015年と2017年にアニメ化を果たした。現在はジャンプSQ.CROWN(集英社)にて、同作の新シリーズ「血界戦線 Back 2 Back」を連載中。アメリカンコミックおよびフィギュアのフリークとしても知られ、自身もフィギュア製作ブランドを主宰している。