「S.Flight 内藤泰弘作品集」|処女作と「血界戦線」の共通項の多さに「嘘だろ!?」初期短編集をきっかけに振り返る、自身の原点

同人誌っていろんなことができる。やらないという選択肢はなかった

同人誌版「僕等の頭上に彼の場所」の表紙。同作は大学受験を控えた少女が、偶然出会った青年と“空飛ぶくじら”に会いに行く物語だ。

──2作目の「僕等の頭上に彼の場所」は、現代を舞台にしたファンタジーですね。1作目との違いを意識した部分など覚えていらっしゃいますか?

「僕等の頭上に彼の場所」より。

これを描いたときは、とにかく高野文子先生のような画面処理をしたいという気持ちだったと思います。ジーンズの描き方とか、影の落とし方とか、完全に高野先生の影響を受けてますね。せっかく描き上がったんでプロの編集さんに見てもらおうと思って、どこかに持ち込みもしたんじゃないかな。似てるマンガがないところがいいなと思って、スーパージャンプ(集英社)とか。

──そういえば内藤さんは“YASUHIRO NIGHTOW”というサインをいつ頃から使われているんですか?

「サンディ」のときには使っていましたし、松本零士先生のサインに憧れていたので、昔から考えていたんでしょうね(笑)。ペンネームは飽きたり、後から陳腐だと思ったりしたら困ると思って、意識的に付けませんでした。本名だったら「じいちゃんが付けたんだし、しょうがない」って思えるじゃないですか。“鴨葱スウィッチブレイド”のサークルマークも「サンディ」の頃から使ってますね。これはストロベリー・スウィッチブレイドというスコットランド出身のバンドから拝借しました。“スウィッチブレイド”っていう音の響きがカッコいいと思っただけで、深い意味とかはないんですけど(笑)。

──3作目の同人誌「Christmas Heart」は正方形という変則的な判型で、本編も紫のインクで印刷されているなど、見た目からこだわりが感じられます。これにはどんなコンセプトがあったんでしょう。

同人誌版「Christmas Heart」の表紙。クリスマスプレゼントをイメージしたという、正方形だ。 同人誌版「Christmas Heart」より。中面が紫色のインクで印刷されている。

同人誌を作ってるといろんなことができるんだなあというのがだんだんわかってきて、12月に出すんだしクリスマスプレゼントっぽい感じがいいんじゃないかなって。それで話もクリスマスにまつわるものに決めたように思います。(同人誌の)表紙の二色刷りとか、当時は刷り上がるまでどうなるかわかんなかったんですよね(笑)。完成品が届くまでドキドキでした。

同人誌版「Christmas Heart Again」の表紙。文字の部分は箔押しになっている。

──1993年には続編「Christmas Heart Again」を発表されましたが、こちらも横長・横綴じという変わった判型でした。

「Christmas Heart」を変な判型で描いたから、続編も変な判型にしちゃえと(笑)。後から読み返すと、これだけ画面を横長に使えるんだったら、パノラマの見開きを入れればよかったと悔やまれますね。なんでやってないのかと思うくらい。この頃Macintosh Quadra 700を買ったんで、表紙には意気揚々とCGを使ってますね。でもまだ印刷所がデジタル入稿に対応してなかった気がするから、プリントアウトして入稿したのかもなあ。

「Christmas Heart Again」より。横長・横綴じの変則的な判型で刊行された。

──同人誌という1つのパッケージを作ることに対して、すごく愛を感じます。内藤さん自身、楽しんで作っていらっしゃるのが伝わるというか。

もちろん楽しかったですけど、このくらいはみんなやっていましたよ。自分の中に、特別なことをやっていたという感覚はないです。そもそもやらないという選択肢がなかったですね。

同人誌版「Call xxxx」の表紙。同作は孤児院出身の恒星間宇宙飛行士を巡るSFドラマ。

──4作目となる「Call xxxx」は、1992年7月に同人誌として発表された後、スーパージャンプ漫画大賞で準入選となり、1994年にスーパージャンプαに掲載されています。発表から誌面掲載まで、1年以上の開きがありますが……。

それは単に描いた後、(編集部に)すぐに持って行ってなかっただけですね(笑)。結果的には賞をいただいて、雑誌にも載せてもらったんですけど、その後就職してしまったのでマンガを描く時間自体なくなってしまって……。本格的に依頼を請けて、マンガでお金をもらえるようになったのは、「サムライスピリッツ」からですね。

マンガ家として最初の〆切は、有給休暇消化中に迎えました(笑)

──「サムライスピリッツ」の連載はどのように決まったのでしょうか。

ファミリーコンピュータMagazine(徳間書店インターメディア)の山本(直人)編集長が、コミティアの中村さんと仲がよくて、その繋がりでご挨拶させていただいたことがあって。当時「サムスピ」がゲームセンターで盛り上がってた頃で、話の流れで「何かお仕事があったらやってみたいです」と伝えてたんです。それから2年半くらいして「サムスピ」がスーパーファミコンに移植されて、山本編集長が「うちでも扱えるようになりました!」と。そこで読み切りでも描きませんかと声をかけてもらったのが最初ですね。

──その頃はまだ会社で働いていた?

ええ。ですが「そろそろマンガのほうに舵を切るか」という気持ちになっていたと思います。読み切りに描き足して、1冊になるまでやろうかという話になったんですけど、会社をやめるタイミングと原稿やるタイミングが一緒になっちゃって。有給休暇消化しながら最初の〆切を迎えました(笑)。住宅販売業から、シームレスでマンガ家です。

──ゲームはもともとお好きだったんですか。

2014年に徳間書店より発売された、復刻版「サムライスピリッツ」の表紙。

大学生の時に、先輩の部屋で「ドラゴンクエスト」をやらせてもらうくらいでしたね。ただ「サムスピ」にはハマって、初任給でネオジオを買いました(笑)。「やべー、『サムスピ』が家でずっとできる!」「どうなってんだ世界!」と興奮しつつ、「とにかく値段分はやるぞ」と高い買い物に冷静な自分もいて。ただ寮に入っていたんで、家賃には困らなかったし、他に欲しいものもなかったし。最近はまったくゲームをやらなくなりました。一時期は「Fallout」というゲームにハマって、200時間くらいプレイしたんですが、ふと「2時間の映画が100本観れたな」と気付いてしまって……。映画は本当に好きだし、マンガ家としての刺激にもなるので、それと引き換えにはできないなと。

──ちなみに、「サムライスピリッツ」での持ちキャラは?

覇王丸です。覇王丸で気風のいい戦い方をするのがすべてでしたね。一生懸命やってたなあ。「サムスピ」を描いているときに、徳間書店の編集さんに「それが終わったらキャプテンでやりませんか」と声をかけていただいて、それが「トライガン」が始まるきっかけになって。だから、ネームを描いてはボツ、コンペに出してはボツとか、そういう経験がないんです、僕。

自分以外の人と「トライガン」の話をしたのは、不思議な体験でしたね

──今回「S.Flight」で同人時代の内藤さんの作品を改めて振り返ると、SF西部劇の「トライガン」では、それまでと少し作風を変えたような印象も受けます。

少年画報社版「トライガン」1巻

同人誌時代には「派手なアクションとか血しぶきが飛ぶシーンとかを出せばマンガが盛り上がるけれども、俺はそれをやらないぜ」っていうスノッブな考え方があったんだと思います。連載では全部の力を使わなければ生き残れないと思って解禁したんでしょうね。化け物ガンマンの2人組が暴れまくるアメコミを読んで、カッコいいなーと思ってて、「そういえば西部劇モノを描いてる人がいないな、よしやろう」と。

──なるほど。そこから“凄腕のガンマンだけど殺すのが嫌い”というヴァッシュが誕生して。

ひねった構造が面白いんじゃないかと思って始めたんですが、それが結局縛りになっちゃって苦しみましたね。ほとんど「甘えてんじゃねーよ」とヴァッシュを糾弾する話になってしまいましたからね。大変でした。「トライガン・マキシマム」の6巻あたりで「この話を閉じよう!」と決意していたんですけど、完結したのは14巻ですから、終わるまでに倍かかってる(笑)。

「トライガン・マキシマム」6巻

──確かに、そのあたりでは主要キャラクターが出揃ってますもんね。

話をこれ以上広げまいと。しかも後半になるほど「このまとめが失敗したら俺の10数年はクソのようなものになってしまう」と思いながら描くわけですよ。見落とした伏線があるんじゃないかとか、こんな結論で終わったことになるのかどうかとか、延々と考えてました。今思い出してもキツかったですね。

──一方でアニメ化、フィギュア化と、マンガ以外の展開もたくさんありましたよね。

一番覚えているのは、アニメが決まったときにマッドハウスに行って、脚本の黒田(洋介)さんや監督の西村(聡)さんにお会いしたときのことです。南阿佐ヶ谷のデニーズで「アニメ、どんな感じにしましょうか」と朝までお話させてもらったんですが、自分以外の人と「トライガン」の話をする経験がなかったのですごく興奮して。不思議な気持ちでした。ほかにもトッド・マクファーレンの工房に行かせてもらったりと、楽しい思い出もたくさんありましたね。

内藤泰弘「S.Flight 内藤泰弘作品集」
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収録作品
  • 「サンディと迷いの森の仲間たち」
  • 「僕等の頭上に彼の場所」
  • 「Christmas Heart」
  • 「Call xxxx」
  • 「Christmas Heart Again」
  • 「Satellite Lovers」

内藤泰弘が同人時代に発表した作品を中心に収録した初期短編集。2012年に「コミティア100」を記念して上梓され、長らく入手困難となっていた同人誌を商業単行本化したものとなる。1989年に発表された内藤初めての同人誌「サンディと迷いの森の仲間たち」や、1992年に発表され、その後スーパージャンプα(集英社)に掲載された「Call xxxx」など、全6編が収められた。

内藤泰弘(ナイトウヤスヒロ)
内藤泰弘
1967年4月8日神奈川県横浜市生まれ。同人誌で発表した「サンディと迷いの森の仲間たち」が、1990年、Little boy(ふゅーじょんぷろだくと)に再録され、商業デビュー。代表作にアニメ化、映画化された「トライガン」「トライガン・マキシマム」。またジャンプスクエア、ジャンプSQ.19(ともに集英社)にて連載された「血界戦線」も、2015年と2017年にアニメ化を果たした。現在はジャンプSQ.CROWN(集英社)にて、同作の新シリーズ「血界戦線 Back 2 Back」を連載中。アメリカンコミックおよびフィギュアのフリークとしても知られ、自身もフィギュア製作ブランドを主宰している。