「MAO」を始めた当初は3割くらいしか話は決まっていませんでした(高橋)
──椎名先生は「MAO」をどう読まれていますか?
椎名 高橋先生の連載の中では相当ダークな方向の作品ですよね。話の構図は「犬夜叉」に似ているけど、過去の因縁を紐解いていくことに特化していて、もう少しドロッとしている。「だいぶ大人向けの話をやってらっしゃるな」と思いながら読んでいます。
高橋 私はギャグもラブコメもファンタジーも全部好きで、いろんなことをやりたいんだけど、考えてみるとダークな部分は意外とこれまで短編でやってて。それは「ダークなもので連載を持つのはテクニックも必要だろうし、無理だろうな」と思っていたからだけど、さすがにこの歳になって「もういいだろう!」と思って今回はダークファンタジーを描くことにしたんです。
椎名 (笑)。
高橋 本当に趣味でやっている部分もあって、私としてはジュブナイルをやろうと思っていたけど、気付いたら子供向けじゃないなと感じる表現も多々あり(笑)。でも「もういいや!」って感じで、好きにやらせてもらっています。
──その「MAO」は11巻まで出ていてますが、まだ先は長いんでしょうか?
高橋 どれくらいになるかはわかりませんが、めちゃくちゃ長くはならないかなと。ミステリー要素が強いので、謎が解けていったらある程度話も収まるでしょうし。でも、まだ謎が半分も解けてないうえに新たな謎も出てくるので、なんとも言えないところです。
──ここまで読んでいて、過去作以上にストーリーの展開が巧みに感じているのですが、連載前からかなり構成は考えていたのでしょうか?
高橋 最初は3割も決まっていませんでした。ある程度のゴールくらいは決めていましたが、描き始めてからいろいろと気付いて足していることも多いです。例えば平安時代に起きた事件の犯人も自分の中では何もできていなかったんです。でも「こういう立場にある人が犯人だったんじゃないか」と描いている内に「容疑者もいっぱいいないとつまらないな」と気付いて5人の兄弟子を出そうと決めて。それからそれぞれの謎や関わりを新たに作っていって……という感じで進めているので、やっぱり自分でもまだ先がどうなるかは読めません。最近は担当者と「ここだけは決めておかないと大変なことになる」と話し合ったりもしていますけど。
完全に行きあたりばったりの連載はない(椎名)
──椎名先生は先まで話を考えてから描かれますか? それともある程度連載中の勢いに任せるところはありますか?
椎名 最初に決めたことを順番にこなすだけだと盛り上がりに欠けることがあるので、面白いことを思いついたらそれは遠慮なく入れます。でも最終的にできあがったものがちゃんと美しい構成になっていないとまずいですよね。ただ事前に考えていないことをライブ感覚でやっても、「ここでこういうことをやった以上はこの先こうなるだろう」と流れや着地点みたいなものもある程度決まってくるはずなんですよ。だから完全な行きあたりばったりということはないと思います。
──椎名先生の作品だと「GS美神」のルシオラはそのライブ感を強く感じました。ストーリーの終盤に現れたヒロインのルシオラが異常に人気が出て、先の展開がどうなるか読めませんでした。
椎名 ありがとうございます。あのときは美神と横島とおキヌという3人で何かするという枠組みの中でのテーマを描き尽くした感があり、少し引っ掻き回す要素としてかわいい女の子を出そうと思ったんです。でもそのルシオラのキャラが思いがけず立っちゃって、美神たちの世界を壊しそうになったときは少し困りました。彼女がいなくなることは最初から決めていましたが、いなくなったときは読者に怒られたりして、今考えると落としどころを間違えたかもしれないですね。
──いえいえ、とても面白いキャラクターでした。高橋先生は、そういう自身の予想外にやり過ぎてしまったことなどはありますか?
高橋 自分がある種中二病なので、そういう作品を楽しく描いているんですけど、クライマックスなんかでふと「あれ、私は一体何を……?」と我に返ることはありますね。
椎名 ははは(笑)。
高橋 「MAO」だと華紋の初登場シーンとか。彼はとあるお屋敷のぼっちゃんの犯罪の隠蔽の手伝いをしているけど、そこで普通に被害者の女性を描いてしまいました。自分では何の疑いもなく「本当に悪い奴だな」なんて思いながら描いていましたけど、少し経って「あ、少年マンガだった」と気が付いて(笑)。あれはもしかしすると作品に飲みこまれていた瞬間だったかもしれません。
──「MAO」でもう1つお聞きしたいことがあります。最近は令和時代側のキャラクターがマスクを着けていますが、これはどういった意図があるのでしょうか?
高橋 特別な意図はありません。現実の令和がこういう状況だから着けましたというだけです。「MAO」の物語は令和元年から始まり、今は令和2年なんですね。そこで起きているパンデミックだから避けて通れないので、令和の様子をそのまま描いています。
椎名 僕の場合は架空の世界を描いているから今は関係ないけど、令和を描くとしたらどうだろう。パンデミックを描くことに意味があればマスクを着けさせるかもしれないけど、特にそれを使ったテーマが思いつかなければしれっとパンデミックのない世界を描くかな。
高橋 でもね、いざ大切な場面を描くときはマスクが邪魔になるなと思った(笑)。マンガだからいろんな方法で、その難しさは乗り越えていこうと思っていますけど。
サンデーらしさは品の良さ、優しさ(高橋)
──ここからはまたおふたりの話をお聞きします。椎名先生も寄稿された「高橋留美子本」(参照:高橋留美子を解剖する1冊、4万字インタビューや藤田和日郎×皆川亮二の対談など)で藤田和日郎さんや皆川亮二さんが高橋先生について「マンガのお母さん」「マンガの女神」と呼んでいました。ほかにもTwitter開設時(参照:高橋留美子の公式Twitterアカウント開設、読者から質問も募集)にもいろんなマンガ家さんから慕われてる雰囲気を感じましたが、その愛される理由を高橋留美子フリークの椎名先生はどう感じますか?
椎名 圧倒的な才能がありながら、ものすごくちゃんとした人だからですね。普通才能がある人ってだいぶエキセントリックなところや歪なところがありますが、高橋先生は本当にお話ししやすいし、変な地雷を踏んで急に怒られるみたいなこともないし(笑)。だからみんな才能と人柄と、両方込みで安心できる先輩だと思っているんじゃないですか。
──続いて週刊少年サンデーについて教えてください。そもそもなぜサンデーに投稿したのでしょう? 椎名先生は高橋先生がいらしたからでしょうか?
椎名 はい(笑)。
──椎名先生は持ち込みをされて、新人作家の時代に高橋先生の作品をめちゃくちゃ研究したっていうのを聞いたことがあるんですけど。ページの構成だったりとか。
椎名 その頃は高橋先生が描いたものを研究していたくらいで。例えば40ページの短編だとしたら、「10ページ目でここまでいってなきゃいけないんだ」「20ページ目でこういうことが起きて物語が展開しないといけないんだ」みたいな。そうしたテンポ感のクオリティが先生はとても高いので、困ったときは読み返したりして参考にしていました。
高橋 ありがとう。私は子供の頃からサンデーを読んでいて、好きな雑誌の1つだったんです。昔からサンデーは新人賞みたいなことをしていて、新人作家の作品に対して読者が優しいんですよ。
椎名 それ、わかります。
高橋 読者が新人作家を応援している雰囲気があるというかね。しかも編集部からの扱いもいい。ほかにも大好きだった池上遼一先生が「男組」を連載されていた場所だったのもあって、投稿しました。
──それからおふたりとも週刊少年サンデーで長く活躍されていますが、サンデーらしさとはどんなものだと思いますか?
高橋 マガジン、チャンピオン、ジャンプと並べて比べると、なんとなく色分けできると思うんですよ。「サンデーは少し難しい、考えさせられるマンガも載ってるのかな」みたいな。あとけっこうマイルドかな。いろんな人がマンガを描いている中で元気のある作家さんもいるけど、ほかの雑誌に比べたらそれでも品がよかったりとか優しかったりするかもしれない。
椎名 週刊少年誌は掲載ペースが非常に過酷だし売り上げに対して厳しい要求もされますけど、4誌ある週刊少年誌の中でサンデーが一番作家が好き勝手できるというか。マンガ好きが考えるバランスの取れたものを載せる余地がある感じはします。
高橋 すごく作家を大切にしてくれているかなとは感じています。私はそういう雰囲気がいいなと思って投稿したから、やっぱりサンデーが合ってたんでしょうね。
プロフィール
高橋留美子(タカハシルミコ)
1957年10月10日生まれ、新潟県出身。大学在学中の1978年に「勝手なやつら」で第2回小学館新人コミック大賞少年部門佳作を受賞し、同作が週刊少年サンデー(小学館)に掲載されデビュー。同年に同誌で連載を開始した「うる星やつら」は、1981年に第26回小学館漫画賞、1987年には第18回星雲賞コミック部門を受賞し、のちにTVアニメ化もされ大ヒットとなった。以降も「めぞん一刻」「らんま1/2」など歴史に残る人気作を数多く生み出し、2002年には「犬夜叉」にて第47回小学館漫画賞少年部門を受賞。代表作のほとんどが映像化され、いずれも不動のヒットを記録した。「境界のRINNE」の完結後、2019年5月より週刊少年サンデーにて最新作「MAO」を連載。「犬夜叉」に登場する殺生丸と犬夜叉の娘たちを中心としたTVアニメ「半妖の夜叉姫」ではメインキャラクターデザインを手がけている。
高橋留美子情報 (@rumicworld1010) | Twitter
椎名高志(シイナタカシ)
1965年6月24日大阪府生まれ。1989年、週刊少年サンデー(小学館)にて「Dr.椎名の教育的指導!!」でデビュー。1991年に同誌で連載を開始した「GS(ゴーストスイーパー)美神 極楽大作戦」は1992年に第38回小学館漫画賞を受賞、翌年にアニメ化された。2003年には週刊少年サンデー増刊・少年サンデー超(小学館)で「絶対可憐チルドレン」を発表。2004年、週刊少年サンデーに短期集中連載した後、2005年に同誌で正式に連載がスタートし、2008年にアニメ化を果たした。2013年には「絶対可憐チルドレン」のスピンオフ「THE UNLIMITED 兵部京介」がTVアニメ化。2021年には約17年におよび発表してきた「絶対可憐チルドレン」が完結し、同年よりTVアニメ「半妖の夜叉姫」のコミカライズ「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」を少年サンデーSで連載している。