コミックシーモアなどで発表されている「ヤンデレ魔法使いは石像の乙女しか愛せない 魔女は愛弟子の熱い口づけでとける」は、国家魔術師のララと、彼女の弟子である少年・アリステアのラブストーリー。ある事件によって石化し、20年という長き眠りから目覚めたララは、美青年に成長したアリステアと再会する。幼い頃からララに思いを寄せていたアリステアは、長年温め続けた恋心を爆発させ……。大人になった愛弟子からの熱い愛情を受け、ララが次第に彼に惹かれてくさまを描くラブストーリーだ。
クライマックスを迎えますます盛り上がりを見せるこの作品の魅力に迫るべく、コミックナタリーでは原作者である作家・クレインとコミカライズ版の作画を担当したセキモリの対談をセッティングした。もともとセキモリはクレイン作品のファンであり、クレインもコミカライズ版に太鼓判。お互いをリスペクトし合う2人に、物語の魅力と終盤の見どころなどを語ってもらった。なお第1話の試し読みページもあるため、インタビューとあわせてチェックしてみよう。
取材・文 / 青柳美帆子
「ヤンデレ魔法使いは石像の乙女しか愛せない 魔女は愛弟子の熱い口づけでとける」
24歳の国家魔術師・ララは、ことあるごとに求婚してくる弟子の美少年・アリステアを伴い、危険度の低い魔物討伐に向かう。しかしそこにいたのは、世界一危険な魔物とされるドラゴン。逃げ切るのは困難だと判断したララは、アリステアを逃し、自身は特別な魔法で石像となって窮地を凌ぐ。
それから20年が経ち、ある城で目を覚ましたララは、32歳になったアリステアと再会。20年間変わらぬ思いを抱いていたアリステアは、改めてララに求婚する。昔は彼が少年であることを理由に求婚を本気にしていなかったララ。年齢が逆転した今、自分よりも年上になったアリステアからの熱い思いを受け、ララの心は揺らぎ始める。コミカライズ版はコミックシーモアなどで配信中だ。
「年齢逆転」ラブストーリーが生まれるまで
──「ヤンデレ魔法使いは石像の乙女しか愛せない 魔女は愛弟子の熱い口づけでとける」(以下、「ヤンデレ魔法使い」)は、ドラゴンに襲われヒロインが石化し、目覚めるまでの20年間で、ヒロインと恋人の年齢が逆転するラブストーリーです。アリステアの少年時代と大人時代を楽しめるこの作品は、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
クレイン きっかけになったのは、X(旧Twitter)のハッシュタグ「魔女集会で会いましょう」というものです。いろんな作家さんが、魔女と弟子の創作を投稿していたものなのですが、そのハッシュタグから一気にイメージが広がって。たぶんこれまでで一番早くプロットが書けたんじゃないかな。キャラクター、お話の展開、ラストまで全部決まって、すぐに当時の担当編集さんに「このお話を書かせてもらえませんか?」と相談しました。その答えは「子供時代パートが50ページ以内ならいいですよ」……!
──なかなか厳しい制約ですね!
クレイン いえいえ、乙女系というジャンル柄、恋愛部分を多くしてほしいというリクエストは理解できました。「はいわかりました!」と書き始めたら、気づくと子ども時代のエピソードだけで100ページになっていて……。一生懸命削った記憶があります。
セキモリ 物語のスタート時は、ララが24歳、アリステアが12歳。ところがララが石像になってしまったことで時が止まり、20年後にはララは24歳のままなのに、アリステアは32歳と年上になっていた……。この年齢逆転、読んだときに「新しいな!」と思ったのを覚えています。ファンタジー世界ならではというか、設定の活かし方がすごく上手だなと。
クレイン うれしいです。ララが石化してしまうのは、「年齢を逆転させるにはどうしたらいいか?」というところからスタートしています。ヒロインの時間を止めるために石化の魔法が必要、ではヒロインはどうしてそんな魔法が使えるのか……というふうに、ストーリーとキャラがつながっていきました。
──そんな作品のコミカライズは、どのような経緯で実現したのでしょうか?
セキモリ 竹書房さんの蜜猫文庫の作品をコミカライズする、華猫レーベルが立ち上がるタイミングで、編集者さんに声をかけていただきました。コミカライズ予定の作家さんのリストに、クレイン先生の名前があったんですね。もともと私、クレイン先生のファンだったんです。趣味で小説投稿サイトの作品を読んでいて、クレイン先生の作品と出会ってボロ泣きしていました。「よければクレイン先生の作品を担当したいです」と話したところ、OKをいただけました。
──コミカライズ企画が決まったときの、思いを伺いたいです。
セキモリ ドキドキするシーンに力を入れて描きたい、特に女の子をかわいく描きたいという気持ちは強かったです。それから、ララとアリステアの「この人じゃなきゃダメ」という個人的にも大好きな関係性をうまく表現したいという思いがありました。
クレイン 原作小説を出版してからそんなに間が空くこともなくコミカライズの話を進めていただいたので、とてもうれしかったです! でもこの作品、のっけからドラゴンが出てきたりするので、セキモリ先生は困ってないだろうか……と正直ドギマギしていました(笑)。
セキモリ 「アリスとララ、早くドラゴンを倒してくれー!」と思いながら描きました(笑)。でも、実は私は少年マンガ育ちなので、こうしたドラゴンやファンタジーバトルを描くことができるのはすごく楽しいです。
クレイン 1話が完成したとき、本当に感動しました。セキモリ先生って、すごく描き込みが丁寧なんですよね。シーンの1つひとつを大事に描いていただいているなあと感動しました。
セキモリ もともと、背景の描き込みで世界観を表すのが好きなんです。世界がまずあって、その中に2人がいることに燃えるし萌える……! この世界あってこそのこの2人だからよりいい、という感じでしょうか。
クレイン ああ、それは私も共感です! 作品を作るときは、まず世界から作りたい。魔法使いのキャラを書くなら、魔法の仕組みを考えたいし、魔法が生まれる世界の歴史も考えたい。そしてそれがキャラとストーリーにつながっていくような書き方をしています。気分は創造主です(笑)。
──セキモリ先生が描きやすいキャラ、描いていて楽しいキャラは誰でしょうか?
セキモリ ララの師匠的な存在、ルトフェル様は楽しいですね! 同時に、実は描きづらくもあるんです。作中で、「ララの過去(アリステア12歳未満)」「アリステアの子供時代(12歳)」「アリステアの成長後(32歳)」のシーンがそれぞれあるのですが、ルトフェル様は若かりし頃からアラフォーまで年齢が変化します。でもキャラクター性からあんまり老けたようには描きたくないので、理想のおじさまを目指してがんばって描いています。
クレイン セキモリ先生の描くルトフェル様、読んでいてとても好きです! 常になにか企んでそうなんだけど、よく他人のことを考えていて優しくて、なのに恋のライバルだと思われてアリステアには嫌われている(笑)。しかも嫌われていることも本人はちゃんとわかっていて、あえて怒らせて楽しんでいるところがある……。
セキモリ 絶対痛い目に合うってわかっているのに(笑)。ルトフェルの妻であるニコルさんは、原作でデザインがないキャラクターなのでこちらでイメージを絵にしてみたのですが、描いていて楽しいキャラです。あとは、編集さんからもクレイン先生からも「アリステアの読者人気がすごい」と聞いていたので、アリステアの表情やデザインには特に気持ちが入ります。そんなアリステアを夢中にさせるララという女性の、ふんわりとしたやわらかな雰囲気が絵から伝わるといいなとも思いますね。
クレイン 私の作品全部の中でも、アリステアとララはすごく人気なので、セキモリさんが魅力的に描いてくださってうれしいです。これまでいろいろな作品を描いてきましたが、ここまで深堀りできたキャラはそこまでいないという感じがするんです。思い入れのあるキャラが、みんなに愛されているのは本当に幸せなことだと思っています。
「ファン心理」で深化するコミカライズ
──クレイン先生はコミカライズではどういった関わり方をしていますか?
クレイン 毎話、ネームの段階で監修という形で見せていただくのですが、「このキャラのこのシーン、最高です!」とメールを返しています。原作者って最高の仕事です(笑)。あとは、うっかり回収しそこねた伏線をセキモリ先生に回収してもらったり……。
──どういうことでしょう?
クレイン 私の小説の書き方って、まず世界観を作って、そこに紐づいたキャラクターとプロットができたうえで、まず書きたいシーンを書くというものなんですね。だから書く順番だと、プロローグを書いたあとにいきなりエピローグを書いたりすることがあるんです。そういう書き方をしているためか、のちに回収するために仕込んだエピソードやネタを、回収しそこねてしまっているときがありまして……(笑)。それをXでそっと白状していたら、セキモリ先生がコミカライズのほうで拾ってくれました。
セキモリ 1話でアリステアが「国家魔術師で30過ぎても独身って、絶対にワケあり物件」と言うシーンが、石像から戻ったララと再会したアリステア自身が30過ぎても独身なので、ブーメラン発言になっているというところですね(笑)。
クレイン すごく自然なところに入れてくださったので、めちゃめちゃ笑いました!
──原作にはないオリジナルのシーンが自然に入っているのも印象的です。22話では、2人の結婚式が描かれていて、幸せオーラにドキドキしました。
セキモリ ちょっと付け足しのエピソードは、基本的にはファン心理から提案させてもらっています。読者として「もっとここを見たい!」みたいな気持ちがあふれまして……。
クレイン ララとアリステアの結婚式は、セキモリ先生が1話かけて描いてくださいましたね。原作では数行くらいの展開なんですよ。そこはページ数と格闘していた事情があり……(目をそらしながら)。
セキモリ 細かいファン心理でついつい提案してしまうので、実は最初想定していた連載のボリュームより大きくなっています(笑)。
クレイン ララが石像になってしまったあとにルトフェルとアリステアが2人でいるシーン、修業をするシーンも補ってくださっていて、ルトフェルがより魅力的に見えるなあと。アリステアにとってルトフェルはある意味、ライバル意識を持つ相手でもあり、師匠でもあり、父親代わりでもあり、実は尊敬しているところもあって恩も感じているんだけど、やっぱり反発や苦手だと感じる相手でもある。さらに「ララの初恋相手である」というオプションまでついてきて、アリステアのイライラを加速させている(笑)。セキモリ先生が描く2人のやり取りが毎回楽しみです。
──クレイン先生のネーム監修で、印象的だったフィードバックはあるでしょうか?
セキモリ 編集さんと、改めて「ああ、アリステアってこういう人物だったんだね」とうなずきあったフィードバックがありました。アリステアが女性に手を上げるシーンのネームに対して、修正依頼が入ったんです。「ララのことは大事だけど、ララ以外はどうでもいい」というキャラだと思っていたところがあったんですが、違ったんだなと。
クレイン アリステアもですが、私の書く男性キャラは、基本的に女性に手を上げないんです。そこまで気にしなくていいのかなと思いつつ、ちょっと嫌な気持ちになるんですね。男性と女性には身体的な差もあるので、そのどうしようもない違いに対するキャラクターの行動原理の部分は守りたいなと思って、修正のお伺いをしたところですね。
──初期代表作の「黄金と鍍金」もそうですが、クレイン先生の作品は子供と大人の恋愛を描かないですよね。「ヤンデレ魔法使い」も、恋愛が始まるのはアリステアが大人になってからです。
クレイン 大人が子供を搾取するような真似をしてはいけない、それはもう絶対だと思うんですね。だから、出会ったタイミングで片方が子供で、もう片方が保護者ポジションにいるという作品だと、必ず子供が大人に思いを寄せているだけで、大人は恋愛感情を抱かないようにするのは自分の中で守りたいところの1つです。本作と男女逆の構図でも同じで、作中の基準で成人するまでは年上は相手にしないのを一貫しています。
セキモリ アリステアの子供時代は、アリステアはララのことを恋愛的に好きですが、ララのほうはまったく対象外なんですよね。
クレイン そうなんです。保護すべき子であって、恋愛の対象にはならない。だからアリステアの恋の成就は、そのままだったら相当難しかったはず。そこを逆転するのが「ララが石になってしまう」というところです。年齢が逆転して、お互いが成人していても、やっぱり子供の頃のアリスが頭の中に残っているので、ララには抵抗感がある。そこを打破するために、アリスはがんばるしかなかったわけです。
セキモリ よかったね、アリス……。
絶望と愛情の振れ幅
──おふたりが気に入っているシーン、読者に楽しんでもらいたいシーンはどこでしょうか?
セキモリ アリステアの魅力は感情の振れ幅だと思っていて。絶望の深さや愛情の深さを作画や表現として読者に伝えたいと思っているので、子供アリステアの怒りが爆発する7話は力が入りました。
クレイン そのエピソード、何度も読み返しました! 幼いアリステアが「強ければ何も奪われない」と激昂するシーン。アリステアの言っていることは、決して間違いではない。でもララはそれを「悲しい」と思うんです。原作でもその感情を書いてはいるのですが、マンガとして読んだときに、改めてララの悲しい感情がひしひしと伝わってきて……涙が出ました。
──ここでララがアリステアに向ける感情が、ある意味では世界を救ったことになった、という物語にとっても重要なシーンです。
クレイン このエピソードでアリステアが抱いた感情は、ララが石像になってしまっている20年間を描いた16話の出来事にもつながっています。世界は自分が思っていたよりもマシだった、それでもララが恋しい……と泣くシーン。原作者なんですけど、「私、本当にこのくだりを書いたんだっけ!?」と思ってしまうくらい感動して、担当編集さんにメールしました(笑)。
セキモリ 原作で私自身がウルッときたシーンは、やっぱり力が入りますし、クレイン先生はもちろん、読者からもコメントがつくとうれしいです。私は原作で、ララが子供のアリステアに「大好き」をいっぱい伝えるところが好きで。それもあって子供時代を描くのは楽しいですね。
クレイン アリステアは、つらい育ち方をした子供。スタートは自己肯定感がめいっぱい低いんです。そういう子に効くのは、「大好き」と言い続けてあげること。だからララは、アリステアにどれだけ冷めたリアクションをされても、毎日「大好き」「かわいい」と言い続ける。そうしたら今度は自己愛が育っちゃって、アリステアから「かわいいですけど?」と言われ、「育てすぎちゃったかな……」とララは内心思っている(笑)。原作では、乙女系小説ということもあって少年期をコンパクトにした経緯があるので、セキモリ先生の絵で丁寧に描いてもらえるのはうれしいです。
セキモリ ララの「保護者としての子供アリステアへの思い」と、「異性として意識している大人アリステアへの思い」は、うまく読者の方に伝わってほしいなと思いながら描いています。特にララは、大人になったアリステアからの思いに対して、流されているようにも見える。そうすると主体性が見えづらいヒロインになってしまうかな、というところも気になって。でも、実は強い信念のもとに、ある意味主体性をもって流されている女性なんですよ。そしてアリステアに対しても、ララの中に確かに新しく芽生えた思いがある……。そうしたところをちゃんと見せたいです。
2人の「試練」を見守って
──コミカライズによって、原作小説も続編が刊行されました。聞いたところによると、さらに続刊も予定されているとか……?
クレイン 私の悪い癖の1つなのですが(笑)、1つ世界を作るとその世界でもっと遊びたくなってしまい、割とスピンオフ作品が生まれやすいタイプなんです。コミカライズのお話があったことで、構想していた続編(アリステアとララの子ども世代の物語、「炎の魔法使いは氷壁の乙女しか愛せない 魔女は初恋に熱く溶ける」)を出すことができました。また、まだ鋭意制作中ですが、シリーズ第3弾も書かせていただけそうです。
セキモリ 第3弾! 後でこっそりプロット拝見したいです(笑)。そういえば読者の方から、単行本化についてもよく質問をいただきます(※)。こちらについても予定はありますので、ぜひ楽しみにしていただければと思っています!
※本作は各電子ストアで単話配信中。
──連載もクライマックスに近づいています。読者のみなさんにメッセージをお願いします。
セキモリ まだ連載中なので具体的には言えないんですが、アリステアとララの2人には、もう1つ乗り越える“試練”が待っています。私が原作を初めて読んだとき、「こんな絶望ってないよ」というボロ泣きと、「きっとハッピーエンドに違いない、でもどうやってハッピーエンドになるの!?」というドキドキを感じました。その両方を演出に落とし込めたらいいなと、あれこれ考えているところです。あのときの気持ちを読者さんにも味わってもらいたいですね。
クレイン ヒーローは絶望させてなんぼですし、がんばって乗り越えてハッピーエンドに向かってもらってなんぼです! 最後までララとアリステアにお付き合いください。私も、いち読者としてセキモリ先生の絵で読むのをとても楽しみにしています。
プロフィール
クレイン
10月8日生まれ、東京都出身。2016年「絶滅危惧種の婚活」にてデビュー。主な作品に「ヤンデレ魔法使いは石像の乙女しか愛せない 魔女は愛弟子の熱い口づけでとける」と、その続編となる「炎の魔法使いは氷壁の乙女しか愛せない 魔女は初恋に熱く溶ける」のほか、「冷徹公爵は見知らぬ妻が可愛くて仕方がない 偽りの妻ですが旦那様に溺愛されています」「私の推しは当て馬です! 転生して義弟を可愛がったらめちゃくちゃ執着されました」など。3月27日には新作「はねっかえり女帝は転生して後宮に舞い戻る ~皇帝陛下、前世の私を引きずるのはやめてください!~」を発表した。
セキモリ
9月8日生まれ、東京都県出身。2011年に「サエズリルール」にてデビュー。主な作品に「前から知ってる君のこと」「恋路オーバーラン問題」「ぼっちのお作法」「恋心の果てない理屈」「本日、東京日和」がある。