「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」|WOWOWご乱心!? 連載終了から7年の時を経てまさかのドラマ化!コラムで深堀りする“説得力のある画面の中で見せるバカバカしさ”

磯部磯兵衛(杉野遥亮)

週刊少年ジャンプ(集英社)で連載された仲間りょう「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」のドラマ化が発表されたのは今年3月。連載終了から7年の時を経てのドラマ化に驚きを覚えた人も多いだろう。連載時、浮世絵テイストの絵柄で描かれるギャグで人気を博した「磯部磯兵衛物語」だが、ドラマでは磯兵衛役を杉野遥亮が務め、脚本・監督をドラマ「小河ドラマ徳川☆家康」などを手がけた細川徹が担当する。

コミックナタリーではそんなドラマ版「磯部磯兵衛物語」の魅力を深堀りすべく、ライターのナカニシキュウによるコラムを展開。当時週刊少年ジャンプで「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」を楽しんでいた読者はもちろん、今回のドラマ化で初めて作品を知った人もこの特集を通してドラマ版に触れてみてはいかがだろう。

文 / ナカニシキュウ

中島襄(鈴木福)

ドラマ「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」本予告映像

原作は数奇な運命をたどった浮世絵ギャグマンガ

原作のマンガ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」は、週刊少年ジャンプ(集英社)にて2013年から2017年にかけて発表された仲間りょうの連載デビュー作。浮世絵テイストの絵柄でとぼけたギャグを描くというユニークなコンセプトがインパクトをもって迎えられ、後述のマルチメディア展開に加え劇中に登場するセリフ「処す? 処す?」がネットミーム化するなど人気を博した。

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「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」1巻 ©仲間りょう/集英社

「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」1巻 ©仲間りょう/集英社

もともとは仲間がジャンプ編集部に持ち込んだ読み切り作品が尾田栄一郎「ONE PIECE」の代原として本誌掲載された際に反響を呼び、あれよあれよと連載にまで登り詰めたのが本作。また、連載開始と時を同じくしてFLASHアニメ化やVジャンプ(集英社)への出張掲載も実現するなど、何かと異例づくしの作品なのだ。「FLASHアニメ」というワードに時代を感じるが、それもそのはず、11年前の話である。

「磯部磯兵衛」を語るうえで外せないのがメディア展開についてだが、FLASHアニメ化のほか連載中にはほかにもWebアニメ化や舞台化、MEN'S NON-NO(集英社)での約2年間にわたるスピンオフ連載なども行われてきた。作風から受けるとぼけた印象に反して、実際はけっこうな影響力を誇るビッグタイトルなのである。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。なんとか母上に隠れて春画を読もうとする磯兵衛。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。なんとか母上に隠れて春画を読もうとする磯兵衛。

本作の主人公は、“浮世絵にありがちな顔”をモチーフにしたキャラクター造形の少年・磯部磯兵衛。彼は江戸の街に生まれ育ち、立派な武士になることを夢見て武士道学校(通称「武士校」)なる寺子屋に通っている。しかし極度の怠け者かつ小心者で劣等生という、言ってみれば「サザエさん」の磯野カツオや「ドラえもん」の野比のび太などに類するギャグマンガに登場する少年キャラクターのお手本のような人物だ。作中ではそんな磯兵衛の自堕落でほがらかな日常がのほほんとしたタッチで描かれ、彼を筆頭に多数の魅力的なキャラクターたちが次々に登場してはさまざまな騒動を巻き起こしていく。

マンガ作品としての特徴的なポイントは、やはり浮世絵テイストの絵柄に尽きると言えよう。トラディショナルかつアカデミックな印象を与える浮世絵風味のキャラクターたちが王道ギャグマンガ展開を繰り出すことで生じるギャップの笑いこそが本作の肝である。そういう意味では、現代語を“和風変換”して王道しゃべくり漫才を披露するお笑いコンビ・すゑひろがりずの芸風に近い味わいを感じ取る人も多いのではなかろうか。よって、すゑひろがりずファンには特にオススメしたい作品だ。また、一部界隈で「名作ギャグマンガには必ず含まれる」とまことしやかに囁かれている“なんの脈絡もない野球回”(単行本第10巻に収録)がしっかり存在するのも見逃せないポイントの1つである。

志賀大八(マキタスポーツ)

まさかの実写ドラマ化にネット騒然

そんな「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」が、このたびWOWOWの「連続ドラマW-30」枠で実写ドラマ化された。その第一報が報じられるや、驚きと戸惑いの声がSNSを埋め尽くし、Yahoo!トップに取り上げられるほどの大きな反響を呼んだことは記憶に新しい。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。磯兵衛と中島と看板娘。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。磯兵衛と中島と看板娘。

主人公の磯兵衛を演じるのは、TVドラマ「ばらかもん」や映画「羊とオオカミの恋と殺人」などで主演を務めたほか、NHK大河ドラマ「どうする家康」や映画「東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編」への出演でも話題となった注目の若手俳優・杉野遥亮。WOWOWドラマ初主演となる彼に加え、鈴木福、長濱ねる、マキタスポーツ、津田寛治、綾田俊樹、三宅弘城、檀れいといった個性的な面々が脇を固める。

左がドラマで脚本と監督を務める細川徹。

左がドラマで脚本と監督を務める細川徹。

監督を務めるのは、コメディ界の鬼才・細川徹だ。コントユニット・男子はだまってなさいよ!の主宰であり、シティボーイズやラバーガールのコント作演出なども手がけるほか、映像の分野でも映画「ぱいかじ南海作戦」やTVドラマ「小河ドラマ徳川☆家康」、TVアニメ「深夜!天才バカボン」などの監督作品で知られる。勘所を押さえた独特のギャグ表現に定評があり、本作でも常識にとらわれない型破りな発想力とそれを具現化する手腕を遺憾なく発揮してみせた。

平賀源内(津田寛治)

説得力のある画面の中で見せるバカバカしさ

先にも述べた通り、原作における最大のポイントは“浮世絵キャラがしょうもないギャグをやるギャップ”にあった。しかしながら、実写ドラマにおいて浮世絵テイストの画作りを再現することは不可能である(もしかしたらCGなどを駆使することでやろうと思えばできるのかもしれないが、それは根本的に違う映像化企画の話になってしまうため考慮しないものとする)。そこでドラマ制作陣は、浮世絵表現に代わるものとして“本格的な時代劇に比肩するフォーマルな画作り”という手法を採用した。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第3話より。東映京都撮影所で撮影が行われており、江戸の町並みを説得力ある形で再現している。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第3話より。東映京都撮影所で撮影が行われており、江戸の町並みを説得力ある形で再現している。

撮影は、なんと時代劇の聖地として知られる京都・太秦の東映京都撮影所で行われた。伝統と格式ある“本場”で撮影することによって視覚的な説得力に溢れるオーセンティックな画面を実現し、そこで展開されるバカバカしい芝居によってギャップを生み出そうという算段だ。すでに予告編などで映像を確認している読者には既知の通り、その目論見は見事に成功している。

そのように画的な正統性が担保された以上、内容的にはくだらなければくだらないほどその対比が際立つことになるのは言うまでもない。本作が遊び心や出来心をふんだんに内包するエキセントリックな映像作品として結実したのは、細川監督をはじめとする制作陣が「この状況下でどれだけふざけた要素を盛り込めるか」を真摯に追求した結果であろうことは想像に難くないところだ。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。ドラマの制作発表会見シーンがメタ的に差し込まれている。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第1話より。ドラマの制作発表会見シーンがメタ的に差し込まれている。

それが特に顕著なのが、第1話の冒頭に差し込まれる記者会見シーンに代表されるメタ構造パートだろう。物語の中に生きるはずの磯兵衛とその親友・中島(鈴木福)がリアル世界のドラマ制作発表に登壇するという設定で、記者団に対して制作意図などを語るシーンである。ちなみに原作でもWebアニメ化および舞台化に際して磯兵衛たちが瓦版記者らを集めた記者会見に臨むシーン(単行本第10巻に収録)があったが、これはそのオマージュと考えていい。さらに第5話では、ドラマの演出方針にメタ視点で不服を唱える磯兵衛が中島とともに改善案を模索するブリッジパートが唐突に挟まれる。

また、各話の終わりに設けられた平泉成のナレーションによる次回予告においても毎回趣向を凝らしたひねりのある表現が試みられており、放送終了まで決して目が離せない。ほかにも全10話を通じて「そう来たか!」と虚を突かれるギミックが満載であるため、1週たりとも漏らさずに全話を視聴して本作を余すことなく味わいつくしてほしい。ただ無論、そうしたドラマ版ならではの仕掛けは数あれど、本編はあくまでも原作に忠実な映像化が丁寧になされている。原作ファンにも安心してオススメできる仕上がりになっていることはくれぐれも申し添えておきたい。

宮本武蔵(三宅弘城)
ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第2話より。春画を隠すのに宮本武蔵が記した五輪書を使おうとする磯兵衛の前に、武蔵の幽霊が現れる。

ドラマ「磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~」第2話より。春画を隠すのに宮本武蔵が記した五輪書を使おうとする磯兵衛の前に、武蔵の幽霊が現れる。

総じて本作は何も考えずに観られるタイプの能天気なコメディ作品であり、小難しい要素は皆無である。しかも1話につき3本ないし4本立てのオムニバス形式という、言うなれば「サザエさん」スタイル。どの話も1話完結を基本としており前後関係をさほど気にする必要がないため、たとえ途中から観てもまったく問題なく楽しめるのは原作と同様だ。ぜひ楽な気持ちで、構えることなく不用意に鑑賞してもらいたい。

WOWOWオンデマンドに加え、TVer / FODでも「磯部磯兵衛物語」が無料で観られる!

左から細川徹監督、磯兵衛役の杉野遥亮、中島役の鈴木福。

左から細川徹監督、磯兵衛役の杉野遥亮、中島役の鈴木福。

WOWOW製作の「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」だが、TVer / FODでも見逃し配信が行われることが決定。WOWOWでの各話の放送終了後に、最新話が見逃し配信されていく。また、WOWOWオンデマンドでは、7月12日23時からの第1話放送終了後に、全10話の一挙配信を行う。

さらにWOWOWオンデマンドおよびWOWOW公式YouTubeチャンネルでは本放送・配信に先がけて第1話を無料で配信中。誰でもいち早く無料で視聴できるこの機会に、「磯部磯兵衛物語 ~浮世はつらいよ~」の魅力に触れてみよう。

WOWOWオンデマンドでの視聴はこちら!

母上(檀れい)